籠 り   main diary mail reply  
act.01
たれた帰路

ギキィーッ!

悲鳴のようにブレーキがあたりに鳴り響き、急停止する。
坂を下っていたが、下り終わっていたのか自転車は平地で止まっていた。
急停止した反動でサドルが股に強打して痛いが、ケガもなく無事であることを友人に告げようと後ろを向く。
しかし、そこに見えるであろう友の姿はなかった。
友の姿以前に坂がなかった=B


「は?」


流石におかしいと思い、カバンからスマホを取りだす。
慣れた手つきでさっきまで見えていたはずの友人の電話番号を連絡先から選択して通話ボタンを押す。
呼び出し音が何度か流れた後、無機質な声が返ってきた。


『おかけになった電話番号は、現在、使われておりません。』


おかしい。
昨日はこの番号にかけて普通に談笑していたはずなのに。
不可解な出来事続きでパニックになりそうな自分を律し、説教とかさばる通話料を覚悟で自宅の固定電話にかけることにした。
自宅にかけるとしばらく呼び出し音が鳴った後に、受話器を取るような音が聞こえる。
こっちは通じた。
それだけなのになぜか嬉しくて小さくガッツポーズをしていると、受話器の向こうからさきほどの無機質なものとは違う声が聞こえてくる。


『もしもし?』
「あの、もしもし?母さん?名前だけど」
『……どなたですか?』
「え?あの……苗字のお宅では……」
『ウチはそんな名字じゃないよ。番号間違えてるんじゃないかい?』
「あ、はい、すみません……確認してみます」


背中と声がしぼんでいくのを自覚しながら、受話器の向こう側にいる母親とは違う声の女性に謝罪を入れる。
最後に「失礼しました」と付け加え、終話ボタンを押す。
しかし、携帯のディスプレイに表示されている名前は紛れもなく『自宅』である。
背筋が凍る思いとはこういうことなのだろう。
涼しいはずの夜なのに、嫌な汗が背中からにじんできた。
いや、もしかしたらこのスマホがダメになったのかもしれない。
そう思い、電話ボックスを探すため、また自転車を走らせることにした。

自転車を走らせながら、街灯に照らされる町並みを眺める。
全体的に暗いため判断はつきにくいが、横道や曲がり角の構成からして、馴染みのない場所であることは理解できた。
勘と街灯を頼り、なるべく広い道を選んで走り続ける。
どこを曲がって進んでも、見覚えなんてない景色だ。
焦る自分を無視するように、電話ボックスは思ったより遅く、大通りの道の端で発見した。
はやる気持ちを抑えながら電話ボックスの側に自転車をとめ、駆け込む。

深呼吸をし、市外局番から間違いのないよう自宅の電話番号を思い返しながら、ひとつひとつ押していく。
ディスプレイに表示される番号でも間違いがないことを確認する。
慎重に全ての番号を押した後、呼び出し音が流れるのを確認して、10円玉を入れる。
しばらくすると、向こうで受話器を取る音がした。
一呼吸おいて、かかった先が自宅であることを願い、問いかける。


「あの、もしもし、母さん……?」
『なに?アンタさっきの子かい?何度も言うけどウチは苗字って名字じゃないよ!』


違った。
受話器から聞こえたのは無情にも、さっきも聞いたおばさんの声だった。
おばさんは二度目のイタズラと思い苛立ちを覚えているのか、語気が強く、声もでかくなっている。


『ウチはこの電話番号にして30年は経ってるんだ。子供も40の息子一人で結婚して子供もこさえてる。悪いことは言わないから、こんな夜遅くに他所様に迷惑をかけることはおよし!』
「でも、あの……ちゃんと番号確認してかけたんです……」


知らないおばさんにまくしたてられ、鼻の奥がツンと痛くなっていくのを感じながら、ちゃんと番号を確認してかけた旨を伝える。
すると「はあ〜」とでかいため息が受話器の向こうから聞こえた。


『全く、相手にしてらんないよ。とにかく!二度とウチに電話をかけてくるんじゃないよ!!』


ガチャン!!
受話器越しでも電話ボックス内にまで響く大音量で怒られ、電話を切られる。
鼓膜が麻痺している間に鼻の奥の痛みは涙へ変わり、目から一筋流れた。
受話器を戻した電話機に頭からもたれかかるようにして、流れる涙を上着の袖で拭う。


「こっちだってウチ以外にかけたくないよ……」


電話先のおばさんに悪態をつきながら、最後の一滴を拭い顔を上げる。
その瞬間、たまたま外を歩いていたであろうおじさんとガラス越しに目が合う。
おじさんは受話器越しのおばさんの怒号が聞こえていたのか、いきなり泣きそうな顔になっていた自分を見たからなのか、目を丸くしてこっちを見ていた。
泣き顔を見られたかもしれない。不審者だと思われたかもしれない。
どちらにしろそんな恥ずかしさには耐えきれず、急いで電話ボックスから出て自転車に乗り、その場を去った。
目的地はないが、どこか落ち着ける場所が欲しかった。

あてずっぽうに角を曲がったりしながら道を進んでいくと、辺りは段々と閑静な住宅街に変わっていく。
足がようやく疲れてきた頃、住宅街の中に少し開けた空間があることに気づく。
そこに近づいてみると、小じんまりとした公園が設けられていた。

速度を落として中に入ってみると、やはりこんな時間に人がいる訳はなく、辺りは静まり返っている。
端の街灯近くにベンチがあったのでそばに自転車をとめ、疲労感のままベンチにどっかりと座ると、長い息が漏れた。
しばらくなにもしたくなくて、ボーッと星の見えない空を眺めていたが、夜風の寒さが身に染みたのか、長めの身震いをひとつ起こす。
陰鬱な気分はいっこうに晴れないが、やるしかない、とカバンからスマホを取り出した。

いつもはOFFにしているGPSをONにし、現在位置を検索する。
現在位置のピンは、自分や友達が住んでいる場所とは似通ってすらいない東京都の位置に立っていた。


「やっぱりこのスマホ、壊れたのかな……」


あとはダメ元で友人や家族にSMSやメール、登録しているSNSのアプリでメッセージを送ってみる。
メールは全て宛先不明として返ってきてしまい、SNSはいつまで経っても既読のマークがつかなかった。
それに、皆SNSのアイコンが一様に黒へと変わっており、個人のステータスは『存在しないアカウントです』と記されていた。

次は地図のストリートビューで自宅や友人の家を検索してみる。
自宅の住所には見た目が全然違う一軒家が建っており、さっきまでいた友人の家は公園が表示されていた。
その上、周りの景観も、自分が知る道の構造も、全てが異なっていた。

ああ、本当に手づまりだ。
あとは最終手段としてお巡りさんに助けを求めるだけだろう。
しかし、こんな状況で助けを求めても狂言扱いされる未来しか思い浮かばない。
最悪、鉄格子のついた精神病院入りになる。

どうあがいても暗い未来に絶望し、頭を抱える。
カプセルホテルやネカフェに泊まって問題を先のばしにすることはできる。
が、財布の中身も言うほど潤沢ではない。
ぐるぐると頭が回りそうになりながら、今後の行動を決めあぐねいていると、カランコロンと軽快な音が響いてきた。

カランコロン
コロンカラン

きっとこの音は舗装された道を下駄で歩く音だろう。
そしてその音に、夏祭りの帰り道、下駄の音を無駄に鳴らして歩いた思い出がふとよみがえる。


(最後に、夏祭りで浴衣を着たのはいつだったっけ)


戻れない郷愁にかられ、また鼻の奥がツンとしてくる。
行儀が悪いのを理解しながら、熱くなってきた目頭をひざで抑えるようにベンチの上でうずくまる。
その間も下駄の音は軽快に、調子良く夜の公園に響く。
こっちに下駄の主が近づいてきていることはなんとなく予想できた。
だが、ベンチの上で丸まる人物に目をひかれるこそすれ、こんな時間に自分の世界にひきこもる人間へ話しかける物好きはいないだろう。
そうたかをくくっていたが、下駄の音は間近でピタリと止まる。
ひざとひざの合間から上を盗み見てみると、電話ボックスで目があったおじさんが立っていた。
しばらく経っても歩きだしそうにない様子に、喉から思ったよりも低い声がでた。


「…………なんですか」
「家出か?それとも親子喧嘩か?」


その後も的外れなことを聞かれるが、声を出すのもいやでただ頭を横に振る。
質問が尽きたのか、会話の糸口も掴めないことを悩んでいるのか、うなり声と頭を掻く音が聞こえる。
正直今は一人になりたいのに、まだここから去りそうにないおじさんにため息が漏れた。


「もう、帰ってくれませんか……」
「あー、そのだな……オジサンを助けると思ってウチに来てくれないか?」
「は?」





午後10時15分
(帰宅しないことを叱ってくれる人はもういない)
191103:230628
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