nocturne:2
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クリームあんみつ
十一番隊へ書類を持っていった時だ。
書類を渡すために隊舎内を恐る恐る歩いていると、すれ違いざまの男性死神に腕をつかまれた。
これだけを伝えると暴力沙汰になりそうな展開だが、それとはちょっと違っていた。
私の腕をつかんだまま少し険しい顔をした人物は十一番隊とは思えない装いで、簡単に言えばお洒落で綺麗な男性死神だった。
お洒落の仕方が変わってはいるものの、そんな彼とは以前会った記憶がある。
草鹿副隊長に連れられてココに来た時だ。
「ちょっと、キミ」
「なん、でしょうか?」
あの時は言葉こそ交わさなかったが、その時耳にした声と一致した。
しかし今現在、彼が不機嫌そうな理由も、腕をつかまれてまで呼び止められた理由も、なにも思い浮かばない。
ここが十一番隊隊舎でなくともこの不可解な状況には恐怖を感じていることだろう。
そうして彼の返答を恐々と待っていると、ため息を吐かれる。
そのため息は疲労というよりは呆れといったものの方が近いのかもしれない。
ため息を吐き終わった彼の顔が居心地の悪そうなものになったかと思えば、ためらいがちに口を開いた。
「昔、真夜中に瀞霊廷抜けだしてひょろひょろな白雷撃ってた院生だろ?」
「!……なんのことでしょうか」
「……はぁ。そういうつもりなら別にいいけどさ」
突然、昔の話をだされて体が強ばる。
『ひょろひょろな白雷』と言われればひとつしか思い浮かばない。
霊術院の院生時代に現世へと実習に行った夜のことだ。
確かに言われてみると、容姿の整い具合やお洒落をしていることを考えればその時に会った男性死神と彼の特徴は似通っていた。
それならば以前出会った時に覚えた既視感にも納得がいく。
だが、あまり知られたくないことでもあるのでとぼけていると本日何度目かのため息が降る。
なんとか誤魔化すことに気を割いていると、片腕で抱えていた書類が瞬きの間になくなる。
目で探すと腕の中からすっぽ抜けた書類は眼前の彼の手中にあった。
それを取り返そうと手を伸ばすがどれも優雅にかわされていき、弄ばれる。
かわしている間に彼は流れるようにそこらにあった大きめの石を拾い、それを取り上げていた書類の上に文鎮がわりとして隊舎の廊下へと置いた。
この一連の行動からすべてを馬鹿にされた気分になり、つい声が大きくなる。
「なにするんですか!」
「いいから黙ってついてきなよ」
そう言うなり腕をまたつかまれて引っぱられる。
床に置かれた書類の行方を案じて抵抗するも彼の力に敵うわけもなく、十一番隊隊舎から連れだされることとなった。
もう戻ることを諦めて連れられるがまま歩いていく。
場所は護廷十三隊の敷地からは外れていき、瀞霊廷の大通りへとでていた。
この大通りは沢山のお店が並んで建っており、人通りも多い。
そんな中でも行き先はすでに決まっているのか、腕をつかむ彼の足は止まることなく前をまっすぐに見すえている。
しばらくして歩みが止まったと思ったら、とあるお店の中へと進んでいった。
お店の空いていた席に座らされ、対面に彼が当たり前のように座る。
私たちが入ったお店は甘味処だった。
淡い色をした内装に、甘味の甘い匂いが漂う店内は女性客がほとんどを占めていた。
このなんとも言えない居心地の悪さを感じながら、目の前でメニューを眺める彼に純粋な疑問をぶつけてみる。
「あの、どうして甘味処へ?」
「……辛気臭い顔してたから」
「?」
「だーかーらー!見るにたえない顔してたからだよ!」
「ごっ、ごめんなさいっ!」
聞いてみたのはいいが、目線を逸らされ不機嫌そうにぽつりと小さくなにかをつぶやかれる。
賑わっている店内の喧騒にそれはかき消され、私の耳には届かなかった。
聞こえなかったことに首をかしげると、机をダン!と叩いたあとに顔を指さされながら怒られてしまった。
和気あいあいだった店内にその怒声はよく響き、店内の視線を集めてしまう。
居心地の悪さがさらに増し、肩をすぼめる。
時間が経って彼の機嫌がなおることを祈っていると、明るい女性の声が後ろから聞こえてきた。
「あれ?弓親じゃーん」
「……乱菊さんか、またサボり?」
「サボりじゃなくて小休憩!甘いものチャージは大事なんだから!」
仲良さそうに喋りあう、お似合いな二人に目を奪われる。
彼と彼女のビジュアルが整っていて目の保養的な意味でも目を惹かれていた。
しかし『乱菊さん』ということは彼女は十番隊の副隊長、松本乱菊さんなのだろう。
他の隊の副隊長の名前を気軽に呼ぶということは、この二人はそれくらいの仲だということだ。
目の前の男性死神の地位について考えあぐねいていると、松本副隊長はこちらの存在に気づいたのかまじまじと見てくる。
そして、意地悪そうな笑みをして目の前の彼に話しかける。
「そういうアンタは勤務時間中にデート?」
「こんなしけた面してるやつと僕が?」
「えー?あー、うーん……まあ、ここのあんみつ美味しいから元気だして!ね!」
「は、はぁ……」
松本副隊長は彼と私の顔を見比べると、笑顔を浮かべながら肩をポンポンと叩いてくる。
なにも始まってすらいないのになぜか慰められてしまった。
そして彼女はこちらに少しもたれかかりながら私の隣にスペースをちゃっかりと作ってそこに座ってきた。
至近距離なのもあって、彼女からいい匂いがほのかに香ってくる。
体形しかり彼女との諸々の差を感じて少し凹んでいることを知ってか知らずか、彼女は女性給仕さんに「クリームあんみつ三つね!」と注文を入れていた。
「十番隊もそろそろ落ち着いてきた?」
「そうねー、まだなんやかんや小事が残ってるけど、ようやくって感じかしら」
届いたクリームあんみつをつつきながら二人の話を聞く。
現在、十番隊は大変なことになっている。
ある日、隊長である志波一心隊長がポッと消えてしまったのだ。
最初は小旅行に出かけたなどと噂が立っていたが、連絡もなく半月が経ってからようやく大事になった感じだ。
今は空席になるであろう隊長の席に誰が座るのか?そんな話が隊士の中ではもっぱら流行っていた。
その話から亡くなったであろう前副隊長のことを思いだし、きっと美味しいはずのクリームあんみつの味をあまり感じることができず、お腹の中におさまってしまった。
松本副隊長とは先に別れ、男性死神と二人きりで隊舎への道を歩く。
あのあとも二人が話しているのを聞くしかなく、時間はすでに夕方へと差しかかっていた。
話し通しで発散したのか彼の不機嫌そうな雰囲気はなくなっており、今なら話しかけやすそうである。
甘味処の支払いも彼がしてくれたこともあり、礼を伝えることにした。
「……あの、今日はありがとうございました。結局おごってもらって……」
「僕が僕の行きたいところに行っただけだから礼なんていらないよ」
彼は「じゃあね」と軽い別れの挨拶をして去っていく。
仕事を放って甘味処で甘味を食べる。
そんなこと、今までしたことがなかった。
不謹慎ではあるが、そんな時間少しだけ、楽しかった。
彼、彼は─────
「あぁ、そういえばちゃんと名前、聞いてなかったな……」
He without a name.
(彼はなんのために怒っていたのだろう)
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