act.26
七夕の願い
青春学園中等部の校門前。
俺はそこで数人の女子生徒に囲まれていた。
元々はサプライズとして最近知り合った子の下校を待っていただけなのだが、なぜだかこうなった。
周りを囲む少女たちは好奇心旺盛といったキラキラとした瞳でこちらを見上げてくる。
そんな瞳の少女たちを邪険にできるわけもなく、無邪気な彼女たちの質問のつぶてに応えられる分だけ応えていた。
待っていたのは苗字名前という女性だ。
現在、日本の俺の実家に居候として住んでいる血の繋がりがない人間。
暇ができたので日本の実家に行こうとしていたところ、夕立にあって雨宿りしていた時に助けてもらったのが出会いだ。
それから同じ屋根の下で暮らしてはいるものの、彼女の晴れた顔を見ることは今までひとつもなかった。
彼女はどこか影を背負っていた。
それが気にかかっていた。
父さんは彼女についてのことを聞いてもはぐらかすだけで、ただ『放っておけ』とのそうだ。
弟であるチビ助は彼女を話題にだすだけで機嫌が悪くなり、どこかへ逃げていってしまうくらいの避けようだった。
大方、チビ助とケンカあたりでもしたのだろう。
一度、仲直りをさせてみようとしたが、労力も虚しく空回りするだけで進展はなにもなかった。
とりあえず今日で期末テストが終わるらしいという話を母さんから聞いたので、その打ち上げとして彼女に今回サプライズをすることに決めたのだ。
俺を囲んでいる少女たちの相手ももう十分行っただろうと踏み、今度は俺が聞き返す。
「1年生の苗字名前って女子、知ってる?」
「知ってます知ってます!」
聞くなり一人の女子が手を上げて前のめりになる。
フルネームを聞くだけで知られているということは結構な知名度があるらしい。
それもそうか、周りの子たちに比べて彼女は外見以外に内面としても発達しすぎている。
日本の学校で目立つのもしかたがないことか。
彼女のことを知っているこの子にお願いをしようと体をかがめると、少女たちの口から文字にしがたい声が各々から漏れる。
そんな頬も赤い彼女たちのことを受け流すように笑顔で対応する。
「んじゃあ呼びだしてきてもらってもいいか?」
「え、でもあの子、今、たしか……」
「?」
意味深になにかを言いよどむ女子に首を傾げる。
なんとなく、この時点で悪いことが起こっているだろうことが伝わった。
***
期末テストが終わる本日。
朝、いつものように下駄箱に入れてある上靴へと履きかえようとする際にそれは置いてあった。
真っ白の封筒。
表に書かれた『苗字さんへ』という少し雑な文字。
この時点でなんとなく嫌な予感はしていた。
自席でホームルームまでの間に中の便せんに目を通すと、本日の放課後に校舎裏へ来て欲しいというだけの旨が書いてあった。
こちらのことを承知しているのに匿名で送られてきた上、呼びだしの内容も明かさないそれに軽い寒気を覚える。
ここまであからさまなものを書いて送る時間と勇気があるのならば、学生らしく期末テストに全力を注いで欲しいものだ。
その際に吐きだしたため息は、我ながらとても重いものだったように思う。
放課後、指定されていた校舎裏へ行く。
期末テストの解放感からか校舎からは人気が感じられず、そこはとても静かだった。
そんな中、ひとりの男子生徒がぽつんと立っている。
多分、呼びだしてきたのは彼で間違いないだろう。
立ち姿からして手持ち無沙汰で注意力を欠いており挙動不審だった。
彼はこちらの存在を見つけると少しほっとした表情を見せて駆け寄ってくる。
見た目はどこにでもいるような普通の男子生徒だ。
そんな彼は前置きもなく、大きく息を吸いこむと右手をこちらに伸ばしながら頭を上半身ごと折って下げる。
「好きです!付き合ってください!!」
やはり、といったセリフが飛びだす。
こめかみのあたりが痛くなる。
緊張している男子が立っている時点でこの言葉がでてくることに大体察しはついていた。
これが罰ゲームからのものだとしても結論が決まっている以上、ここでちゃんと返答をしておかなければいけない。
念のためにと頭の中で用意していた返答を思いだしながら、ゆっくり頭を下げる。
「ごめんなさい、やりたいことがあるのでお付き合いすることはできません」
「……それならせめて触ってもいいよね……?」
「?!」
断った途端、目の前の男子の様子がおかしくなった。
伸ばされていたはずの手はなにかを囲いこむように広げられており、口元は薄ら笑いを浮かべてジリジリとにじり寄ってくる。
その目は獲物を見つけた獣のように爛々としており、それには背筋が凍った。
彼の構えからすると、もしかしなくとも私を抱きしめようとしている?
朝に覚えた嫌な予感はこれのことだったのかもしれない。
なるべく穏便に断ったつもりだったが、それが身体に触れてもいいチャンスがあると思わせてしまったか。
ああ、少しでも優しくすると本当にロクなことにならない。
逃げようと後ずさりしていたら背中に校舎の壁の存在を認識し、足もうまく動かせなくてこれ以上避けられないことを悟ると目をつむり体を縮こまらせた。
今日は最悪な日だ。
「お前なにしてんの?」
告白してきた男子のものではない低い声が降ってきたと思ったら片方の肩を抱かれ、正面ではなく横方向に引き寄せられる。
目を開くとそこは制服のシャツではない胸板があり、とっさに顔ごと見上げた。
そこにはここにいないはずの人物の顔があった。
***
胸の中にいる彼女はこちらを見上げるなり目を丸くする。
この学校に関係ないはずの俺がココにいるということに驚いているのだろう。
言葉を濁す女子生徒から詳細を引きだし、そんなプライバシーなことまで筒抜けであることにも驚いたのだが、裏で女子に迫っては身体を触ろうとしてくるという当該の男子生徒の情報は聞き逃せなかった。
次いで呼びだされただろう場所を聞きだすと周りの少女たちの制止を振りきり、その場所へと走りだしていた。
教えられた校舎裏に着くと女子生徒に迫る男子生徒の姿を見つけ、気づけば身をすくめる彼女の肩を思いきり抱き寄せていた。
間一髪で間に合ったことに安堵していると、胸の中の彼女がためらうように口を開く。
「リョーガ、さん……」
聞こえた声は微かだが震えていた。
力を入れすぎたかと思い手を離して「大丈夫か?」と聞くと、彼女はコクリとうなずいて応える。
しかし、握られていた両手は小刻みに震えていた。
あまり普段と変わらないようにしているが、突然男子生徒に迫られて怖かったのだろう。
俺は彼女と男子生徒との間に割って入り、かばうようにして彼女を背中で匿う。
彼女がこちらの顔を見られない位置であることを視認して、目の前にいる悪い虫≠思う存分に睨みつける。
それに気づかれないよう、声はなるべく明るく取りつくろう。
「嫌がってる女に抱きつこうとするなんて男のすることじゃねーな?そういうの、なんていうか知ってるか?痴漢≠チていうんだぜ?」
「……っ!」
男子生徒は俺の睨みを見るなり顔を真っ青にして走り去っていく。
これでも食い下がらなかったら、若き男子生徒といえど実力行使にでるところだった。
今回は未遂であろうと痴漢にはそれなりの制裁を、だ。
男子生徒が逃げ帰るのを見てか、うしろからホッと息が漏れでるのを聞く。
背中に隠れている彼女の恐怖心をなるべく取り払ってやろうと、もう大丈夫なのだと笑い飛ばしながら茶化すことにした。
チビ助にするかのようにその頭を手のひらでグリグリとかき混ぜる。
「カカカ!相手は悪かったが告られるなんてモテモテじゃんか!」
「茶化すのやめてください……」
無抵抗に頭をかき混ぜられているが、チビ助よりも嫌そうな顔をしていたのでそれもまた笑い飛ばす。
二重以上の意味で嫌なのか、彼女はげんなりとしている。
それでもなお撫で続けていると流石にぐちゃぐちゃになっている髪のことを気にしてか、動かしていた手をやめるように制されたので手をおさめた。
手グシで髪を整えながらこちらに向けられる目は茶化した効果もあってか、いつもより砕けた感情だった。
それに嬉しさを感じ、つい笑みがこぼれる。
彼女はその笑みに訝しげな顔をすると、質問を投げかけてくる。
「学校にまで来て暇なんですか?」
「いや、実は今日行きたいところがあってよ。付き合ってくれねーか?」
「……いいですけど」
そのまま目的地へ直行!
という訳にもいかず、名前は校内に置いてきたカバンを取りに戻る必要があった。
また校門で待っている間に女子生徒たちに捕まるといけないので、学校すぐの曲がり角で待ち合わせをすることにした。
だが、指定したその場所は立地と時間帯もあって日陰もなく、時間を刻むごとに照りつける日光が肌と体力を削っていく感覚が伝わってくる。
日本の夏は湿気があってキツイとは聞いていたが、これほどとは。
このままだとゆでダコになるかもと思っていると、名前が律儀にも走ってきてくれたのですぐに目的地へと向かうことになった。
目的地へ向かう間は、先を歩きながらも軽い世間話をして暇をつぶす。
そして着いた目的地である通りでは、色とりどりののれんを垂らしたたくさんの屋台が手ぐすねをひいていた。
「七夕祭り。一人だと寂しいだろ?」
「はあ……」
説明をして返ってきたのは気のない返事。
そんな声なのに名前は屋台の列を興味深そうに見渡していた。
俺もそれに負けじと周りを見渡していると、書いた短冊を笹にかけられるであろうスペースを見つけた。
さっきのこともあるので、なるべくそっと彼女の手に触れる。
触れたことでこちらに気づいた目とかち合う。
むこうの目の奥に潜んだ恐怖の感情を見つけるが、愛嬌をふりまくようにウィンクを飛ばし、まるで社交ダンスでもするかのように優しく手を引く。
「なっ、せっかくだし短冊になんか書いていこうぜ!」
「別にいいですけど、書いたの見ないでくださいね?」
「ああ、オッケーオッケー。……はい、着きましたよ、お嬢様」
なんて、軽く返事をしながら誘導していく。
スペースである机の前に着いたので引いていた手をそっと離すと、わざとうやうやしくお辞儀をした。
すると、頭上からフッと漏れでたであろう息の音が聞こえてくる。
顔を上げてみると、名前の顔は笑顔ではないものの口元が普段より緩くなっていたことに気づく。
そのままなんともいえない達成感を覚えながら、机の上に置かれている無地の色とりどりの短冊の中からオレンジ色の短冊を選ぶ。
手にとったそれに自分の願いごとを日本語以外の言語で綴るなり、笹にくくりつけてそこから離れた。
名前の短冊を見ない約束だったのでそうしたのだが、それが災いしてか様子を見守る際に見えた。
見てしまった。
『家に帰れますように』
くくりつけられた短冊にはそう書いてあった。
彼女は家に帰りたいらしい。
きっと居候している
家ではなく、
実家に。
だから彼女は家で暮らしながらも影で郷愁にかられていたのだろう。
時々、夜にフッと外に出かけたかと思えば帰ってきた際に暗い雰囲気をまとっているのも、ソレが関係しているような気がした。
見てはいけないものを見てしまった己の視力のよさが、この時ばかりは恨めしい。
父さんに聞いても「知り合いの子供を預かってるだけ」の一点張りで、実際の事情は知らないが、郷愁にかられる思いくらいは俺でも少しは理解できたからだ。
「短冊も飾ったし、みんなに焼きそばとかりんご飴買って帰るか」
「焼きそば、ひとつ700円みたいですよ」
「げっ、思ったより高いな……」
星にかけた彼女の願いが、どうか叶いますように。
郷愁
240831
mainページへ