籠 り   main diary mail reply  
nocturne:23
と下

星が瞬く真夜中の空を好きなように歩く。
空に浮かぶ逆さ三日月の明かりは、下に広がる街の様子をぼんやりと照らしていた。
しかし街はぽつぽつと設置された街灯が照らしており、そこまで月光の恩恵というものが感じられない。
街にいる人たちはきっと夜でも照らす街灯のおかげでこの淡い月の光も、星の瞬きも、電気の明かりに隠されてきっと目に入らないのだろう。
たまに歩いてる人も上を見ず、私みたいに下ばかり向いて歩いている。

そんな街の様子を観察している私は、前の副隊長とともに行っていた時の作業を別の区画で行うために一人で現世へと来ていた。
だが此度は大量の虚などの出現もなく、つつがなく終わることができた。
だから、今は帰還予定時刻までの自由時間である。
隊ごとに管轄する区画が分かれているが、現在自由なこの身は問題を起こさなければ越境のお咎めなどはないだろう。

気ままにどこかの街の上を歩いていると、住宅街らしき場所で一際明るい色が目につく。
オレンジ色のなにかがぽつりと浮いて一段と映えている。
ゆっくりとそれに近づいてみると、多分5才くらいの男の子が膝を抱えて家の門前に座りこんでいた。
彼の髪は染めているのか地毛なのか、根元までとても鮮やかなオレンジだった。

霊体が見える人がいるかもしれないため、見つからないよう彼が座っている門前の家の中を軽く見回る。
中は誰一人おらず電気は消されていたが、玄関の鍵は開けっぱなしだった。
家から追い出された訳でもなく、鍵を落としたわけでもなさそうなその状況に首を傾げる。
だが、こんな時間まで小さな子供が外に一人でいることが危険なことに変わりはない。
とりあえずそこから離れ、見えないだろう曲がり角で所持していた携帯用義骸を出してそれに入る。
怪しく見えないよう義骸の髪や着用している現世の服などの体裁を整える。
そして、たまたま通りかかった人を装ってさっきの男の子に近づいて話しかけた。


「ボク、こんな時間にお外に出てると危ないよ?お家に入ったほうがいいよ?」
「……ここで待ってるだけだから、いい……」
「待つのはお家の中でもできるから入らない?もしかしてそれも嫌?」
「…………」


うずくまる彼の目線に合わせようと屈むと顔だけそっぽを向かれる。
テコでも動きそうにない彼の態度に頭を悩ませながらも、その小さな抵抗に思わず苦笑いがこぼれる。
これは口だけでの説得は無理そうだ。
最悪、時間もあることだし彼に付き合ってなにかを待つことも視野に入れていると唐突に「ぐう」とお腹が鳴った。
自らの義骸に突然起こった異変に体が跳ねる。
もしや義骸の故障かと焦っていると、さっきまで逸らされていたブラウンの瞳が不思議そうにこちらを覗く。


「……腹、減ってるのか?」
「いや、その、えっと……」


空腹と言われれば空腹なのかもしれない。
返答に迷いながら、しかし自分がそんなまさか、と戸惑う。
尸魂界に送られた時以来、ちょっとだけの食事でも結構もっていたのに。
義骸を動かすにも義骸用のエネルギーとして食物が別途必要だったりしただろうかと、音を鳴らした臓腑のあたりをさする。
すると、体育座りをしていた男の子がスッと立ち上がり目の前の家を背中越しに親指でさす。


「夜ご飯カレーなんだ。まだ食べてないし食べてく?」
「そこまでしてくれなくても大丈……」


彼の誘いでを断ろうとすると、それを止めるかのように「ぐうう〜」とさっきよりもデカい音が辺りに響く。
とっさにお腹を両手で押さえて更に小さく屈みこむ。
子どもの前で二度も意地汚いお腹の音をだしてしまった。しかも今度は大音量で。
さっきまで偉そうに『良いお姉さん』をしていたところなのに、これには目の前の少年に恥ずかしくて合わせる顔がない。
頭上から男の子からであろう視線を感じていると、今の自分にとっての会心の一撃を叩きこまれた。


「そんなにデカい腹の音鳴らしてるのに?」
「うっ…………」


何十歳も年下な子に呆れられた声色で言われ、私には発言権すらももうないようなものだった。


「入っていいよ」
「お、お邪魔します……」


男の子はあんなに動きたくなかった門前からはすんなりと離れ、今は家の玄関の扉を開けて私をその中へと招いている。
『知らない人をそんな簡単に家に上げちゃダメ!』と叱りたかったが、そんな立派な資格は今の私にはない。
玄関の電気も点き、廊下の電気も点き、寂しかった家の中が一気に明るくなる。
そして導かれるままリビングに入ると、食卓の席に案内された。
私が席に座るのを見るなり少年は慣れた手つきでキッチンのコンロを操作し、その間にお皿を用意して炊飯器から白ご飯をよそっていく。
しばらくして鍋の中身が温まったのか、中身をご飯にかけたものが目の前に提供された。


「ドーゾ」
「うう、ありがとうございます……」


スプーンも手渡され、情けないながらも礼を伝える。
一緒にカレーライスが置かれた目の前の席に少年が座るのを待ってから、手を合わせて「いただきます」を言った。
まずはカレールーがかかったところをすくって口に入れると、野菜の優しい甘さとスパイスのきいたルーが口の中で混じり合う。
そしてそれを包みこむような白米がまた良い塩梅である。
食べているのに次々と口に入れてしまいたいと思うほど、それはとても美味しかった。


「美味しい……」
「だろ?」


こぼした感想に自慢げに笑う目の前の少年。
その笑い方には既視感があった。
慕っているお兄さんのことを褒められた時の幼馴染だった彼と近しい。
きっとこのカレーは少年自身か、または家族のだれかが作ったものなのだろう。
本当に空腹だったのか、スパイスで刺激され食欲というものが目を覚ましたからなのか、口に運ぶスプーンの手は止まりそうになかった。
気づけばよそってくれた分を食べ終わっており、その早さには我ながらビックリした。
カレーライス、恐るべし。

再び手を合わせて「ごちそうさまでした」と言うと、少年は「おそまつさまでした」と返してくる。
ようやく余裕ができたので部屋の中を見渡す。
部屋には品の良さそうな調度品が多く、これらを選んだ人物のセンスのよさが見るだけで伝わってくる。
ふと壁に飾られた時計の時刻を見ると夜の0時を回ろうとしていた。
こんな時間まで小さな子供を置いて両親ともに不在なのはどう考えてもおかしい。
カレーをまだ食べている少年に対し、少し遠慮気味に質問を投げかけてみる。


「あの、ちなみにお父さんとお母さんは……?」
「母さんは入院してる。父さんは病院に呼ばれて出かけてった」
「そうなんだ。だからあそこで待ってたんだね」


返ってきた答えで彼の行動に合点がいった。
だからこんな時間まで夜ご飯も食べずに門前で帰らぬ父親を待っていたのか。
もし私が気づかずにいたら彼はまだ肌寒い夜空の下で座ったままだったかもしれない。
たまたまとはいえ気づいてよかったと思っていると、少年はスプーンを動かしていた手を止め、ポツリとこぼす。


「……妹が生まれるんだってさ」
「じゃあ、お兄さんになるんだね」
「……うん」
「妹さん大事にしてあげてね?」
「…………」
「…………ボク?」


返ってきていたあいづちや返事すらもない。
少年の方を見てみると、スプーンを握ったまま顔面から机に突っ伏した。
突然のそれに驚きながら席を立ち、近づいてみると規則的に息をしているのがわかる。
試しに肩を指先でつついてみても反応がない。
これは……完全に寝ている。
ただし、カレーライスは見事に完食していた。
多分お腹いっぱいになって、こんな時間まで抑えていた眠気に襲われたのだろう。
もう遠くなってしまった昔、ずっと遊んでいたら突然糸が切れたように眠りだした少女のことを唐突に思いだし、嬉しいやら寂しいやらの気持ちがあふれる。

感傷はとりあえず置いておいて、今寝ている目の前の少年を抱きあげる。
横抱きのまま移動し、リビングのソファへとそっと寝かせる。
それからソファの背にかけてあったブランケットを少年の体にかけ、少し汚れていた口元をティッシュでぬぐう。
一食分のお礼くらいはキチンとしないと。
食器におたま、スプーンを洗ってシンク横にある食器乾燥機の中へと並べていく。
ただし、一人分の食器とスプーンは『食器拭き用』と書かれたふきんで拭いて食器棚へと戻しておいた。
理由は私がいたという証拠を消すためである。

お次は完璧な密室を作りだすことだ。
まずは指紋が残らないよう家中の鍵を閉め、玄関先の電灯とリビング以外の電気は消していく。
そうして靴をはいて義骸を脱ぐと義骸を元のコンパクトな形に戻して懐に忍ばせた。
証拠らしい証拠は消し終え、ここから霊体で家をすり抜ければ、中にはカレーライスを食べ終わって寝ている少年が一人だけの施錠された家の完成だ。


「バイバイ、ボク、ありがとね」


寝ている彼にお礼を言って家の壁を抜けていく。
もう会うことはないだろうけど、いいお兄ちゃんになれるといいね。
少しスッキリした気持ちでふと上を見てみたら、星はひとつも見えなかった。
上にいた時はあんなにも見えていたのに。





past and present.
(もう会えないだろう幼馴染の彼は今なにをしているのだろうか)

240929
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