19.5
酷暑日
本日は6月にも関わらず猛暑日。
下手をすれば酷暑日になっていると思う。
家を出る前まで冷やしていたはずのスポーツドリンクはこの異常な高温であたためられ、とてもぬるくなっていた。
お湯と言われても不思議ではない程度にはドリンクにもこの気温が伝わっているのだろう。
そんな厳しい環境で軽く走っている体の底から急に寒気がほとばしる。
それに危険を感じとり、隣を涼しい顔で走り続ける男に申し訳なさそうに声をかける。
「あの、手塚部長」
「なんだ?休憩か?」
「はい。何度もすみません……」
「気にするな。無理をされたほうが大変だからな」
そして近場の座れる場所まで歩き、そこに並んで座る。
今日はいつもより鋭利な日射や地面から沸き上がる熱気で常時削られていくのもあって、休んでも休んでもあまり体力が長く保つことはなかった。
走っては休んで。また走っては休む。
ちょくちょく挟む休憩で、経過した時間の割にはいつも走っている距離の半分にも満たないでいた。
4月に倒れた頃から地味にクセになってしまった熱中症。
これまでも暑いのに寒気を感じる瞬間はあった。
しかし今日はこれで四度目だ。
このままだとまた倒れるほどの熱中症になるのだろう。
ぬるま湯のスポーツドリンクを飲み干し、用意していた塩飴も舐めてみるが、寒気は一向におさまらない。
いつもはこのくらいで大方おさまっていたのに寒気は変わらずある。
こんなにも暑いと感じているはずなのに寒気を覚える異常さは、危機感を持つには十分だった。
できうる限りの対策をしても変わらない現状に、その惨状を同行者へ申告するほかなかった。
「手塚部長、ごめんなさい。今やれることはすべてやったんですが、暑いはずなのに寒気がおさまらないです……」
「そうか……少し待っていてくれ」
手塚はそう告げるなりスマホをバッグから取りだす。
救急車を呼ぶ……訳ではないと思う。
彼の様子を眺めていると、スマホの画面をなにやらスイスイと操作していた。
救急車を呼ぶ様子ではなさそうなことに安堵し、空気を深く吸いこんで肺を満たしてゆっくりと吐きだす。
まだ6月なのに吸う空気までもが熱く感じられるのはやはりおかしい。
まるで自然のサウナだ。これは流石に異常気象としてニュースになっていることだろう。
うつむいて気象に悪態をついていたら、バッグのジッパーを開閉する音がしたので手塚の方向を見てみると、手を目の前に差しだされた。
「しばらく歩けるか?」
「はい。なんとか……」
返事とともに差しだされた手をとると、強い力で引っ張られることでなんとか立ち上がれた。
それから重たい足どりで先行する手塚についていくと、チェーン店であるファミリーレストランの入口までくる。
ここで涼をとろうということなのだろう。
お店の扉が開けられると、クーラーにこれでもかというほど冷やされた風が手塚越しにあてられる。
涼しくて気持ちがいい。
吹きつける冷たい風のおかげで熱を逃せない部分だけではなく、頭部や顔までもが熱をもっていたことに気付かされた。
どうりで寒気がなくならないはずだ。これで熱中症じゃないはずがない。
店内に入ると店員に席を案内され、手塚の対面に座る。
この異常気象だからなのか、店内のお客さんの入りは思ったよりも少なかった。
自分は体を内側から冷やせる氷菓を選び、それぞれの注文を備えつけのタブレットで済ませてしばらくした頃、手塚が口を開く。
その眉間にはシワが寄り、険しい顔つきになっていた。
「今日は流石に中止しておいたほうがよかったな。すまない」
「いえ、こちらこそお手間をとらせてしまい、すみませんでした」
「いや、俺が悪かった。また4月と同じことをしてしまうところだった」
「4月の……あれはその、体操着を持っていなかった私も悪かったので……」
「いや、あの時はまずお前の行動に気づくべきだった」
「いえ、あの時は体操服を持ってきていないことを先に自己申告するべきで……」
唐突にはじまった、言うなれば大人版の売り言葉に買い言葉。
どちらが悪かったかの詫び合戦がはじまってしまった。
自責の念が強いがために手塚も手塚で譲らない。
こちらも自身が悪いと思っているがために譲ることはできなかった。
そうして「いやいや」「いえいえ」と延々と続けていると……
「あーもー!せっかくの休日なのに肩がこりそう!」
隣のついたての向こうから誰かが猛り、飛びだしてきた。
立ったまま両手で頭をガシガシと掻きむしる人物の正体は、共通の知り合いだった。
「菊丸?」「菊丸先輩?!」
「このままじゃどうせ話は平行線っしょ?だから今日だろうが4月だろうがどっちも悪かった!イーブンイーブン!はい終わりー!!」
菊丸はこちらに体を向けると挨拶もなしに勢いのまま、まくしたてる。
そして同時に行っていたボディランゲージで、こちらにたまっていた空気を取り払うように両手を動かす。
一連の動作を終えると、菊丸はついたてに手をつき肩で息をする。
「放っておいたらずっとどっちが悪いだのの話してたっしょ!もう聞いてらんないよ!日曜日の午後が台無し!」
怒りのあまりか、ついたての縁をバンバンと叩く。
言われた通り、それは確かにそうだった。
菊丸が割って入らなかったらずっと詫びあっていたに違いない。
周りにそれが聞こえているのは、他人の優雅な日曜日の午後を嫌な感じにしてしまっていたことだろう。
流石に手塚も反省したのか、同時に謝罪が口をついてでた。
「……すまなかった」「すみませんでした……」
「仲裁のお代と迷惑料として俺の会計、二人で支払ってよね!」
「はい……」「わかった」
このあと届いた注文の品をいただき終えると、個々の支払いは個々で。
菊丸の会計は二人で折半して払った。
彼はオゴリと決まったあと、ちゃっかり追加注文をしていました。
しかし後で気づいた。
仲裁のお代と迷惑料≠ニ言ったが、この件を内緒にするとまでは言っていなかったことに。
そのためこのあと、とある噂が男子テニス部内で広まった。
私が『あの手塚部長に真っ向から意見する1年』だと。
しばらくの間、部員たちからは期待を含んだであろう尊敬するような眼差しを向けられることとなった。
少々鬱陶しかったが、毎週日曜日に手塚と二人でジョギングをしていることを知られた訳ではないので、この程度ならまだマシかと思うことにした。
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