nocturne:2
4
憧れの人
仕事三昧の日常に慣れきっていた頃、副隊長がまた変わった。
理由は銀副隊長の副業であった眼鏡屋が繁盛しすぎて死神業にまで手が回らなくなったためである。
そのため、副隊長の座を辞した。
そうして次の六番隊の副隊長の席に座ったのは、この私でも見知った人物だった。
高い位置でひとつにまとめられた鮮やかな赤髪に、眉毛や額、首から上半身に刺青を入れた大柄の男性。
「おいコラ後輩。まーた休みの日に勝手に仕事してやがんな?俺の目が黒い内はそうホイホイと見逃してやんねーぞ」
阿散井恋次。
元は十一番隊の隊士で、新人だった頃に北流魂街で助けてくれた彼だった。
彼は休日でもずっと働く私のことを前副隊長から聞いていたのか、自身が休日であろうが私を目ざとく見つけてくる。
そしてそのまま身柄を確保されてしまえば強めのデコピンを毎回お見舞いされてしまう。
一応力を抜いてくれているとはいえ、弾いて繰りだされるそれはやはり痛い。
デコピンの追撃をされないようにジンジンとする額を両手で防御して間合いをとると、話題を逸らすためにこの場に合わない彼の身なりを指摘する。
「阿散井副隊長!寝巻きで隊舎までこないで下さいよ!」
そう、彼は寝巻きのまま隊舎へ来ていた。
しかも胸元はかっぴらいたまま、太ももまでもがあらわになるほどの乱れようである。
私が休日であることを把握しながらそれでも働いているのを確信し、起床直後ままの姿で隊舎まで探しにくるほどの彼の猪突猛進ぶりにはいささか恐怖を覚える。
だが、こうやっていつも注意されているのにも関わらず休日でも働いている私も私ではある。
しかし、休日なんてどう過ごせばいいのか分からなくなってしまった私に残されたものといえば仕事か寝るくらいなもので、どうしようもない。
唐突に部下から身なりを指摘された阿散井副隊長は自身の格好を一瞥すると、子供のように不服そうな顔で不平をもらす。
「チッ、いいじゃねーかこんくらい」
「よくないです!目線に困ります!」
「んだよ、困るなら顔でも見ときゃいいじゃねーか」
「そうだとしても風紀的によろしくないですし、もし他の隊の方に見られたらどうするんですか?」
「あー、ハイハイ」
副隊長であるはずの彼と子供とするような応酬を重ねる。
阿散井副隊長はその間、寝巻きの合わせを直しながら面倒臭そうに受け流していく。
もう副隊長なのだから少しくらいは副隊長としての品格というものを身につけて欲しいものである。
朽木隊長とまでは言わずとも、ちょっとくらいは見習ってもいいのではないだろうか。
なんて考えていると、寝巻きの乱れを直し終えた彼が「これでいいだろ?」と、これみよがしに全身を見せつけてきた。
とりあえず乱れたままの寝巻きで外を出歩く癖がなければいいのにと思っていると、おもむろに肩に手を置かれる。
「今度、お前に教育任せたいヤツ連れてくからよろしくな」
「はあ、そうですか……って、えっ?!」
「ソイツ地獄蝶の扱いが特に下手でよ。色々得意なお前がコツとか教えてやってくれ」
突然のことに疑問符が頭の中を飛び交う。
『私が誰かを教育する』?
毎年新たに入ってくる新人たちは、他の隊員たちみたいに遠回しに私を避けていた。
霊術院在学中の時にでも副隊長殺し≠ニ呼ばれるようになった事件が耳に入ったのかはわからない。
とりあえずこんな調子なので任せられることはないだろうと決めつけていた役目を突然任せると言い渡され、頭がフリーズする。
阿散井副隊長はそんな私の様子を面白そうにニンマリと笑うと、肩を更にポンポンと叩いて宿舎の方へと戻っていった。
「んじゃーな、今日はもう仕事やめて帰れよ。上官命令な」
『上官命令』とまで言われてしまってはもう仕事をすることはできない。
今日の仕事は諦め、すごすごと自室へ戻る。
なにをするでもなくただ部屋に座って中を眺める。
眺めるといっても、この部屋にあるのは押し入れにある布団一式と霊術院時代の教材類と筆記用具と窓だけだ。
インテリアというものもなく、我ながら殺風景なものだ。
体感ではあるが長い間、一緒に暮らしていた植木鉢の野菜はもうすでにない。
部屋から緑がなくなったのは、六番隊に入って初めての冬だった。
年末の仕事で忙しい合間を縫い、茎が黄色く枯れはじめた状態のそれを専門のお店に持ちこむと、寿命だとのことだった。
植木鉢の栽培としては長くもった方らしいが、その時ついでにと薦められた植物を新たに育てようとする気にはなれなかった。
年末進行で疲れていたのもあったし、ほぼ炭だった状態から実を何度か実らせるまでに復活した彼ほどまでに、もう育てられる気がしなかったから。
「はあ……」
本当のひとりきりを再自覚し、ため息が漏れる。
そのまま畳に寝転んでまぶたを閉じると、いつの間にか寝入ってしまっていたようで、明け方近くに目が覚めた。
布団も敷いていない状態で寝たので体はバキバキだ。
ああ、今日も今日が始まる。
でも阿散井副隊長が就任してからは、私に関わってくる彼の明朗快活さに、ただ過ぎるだけだった日々が明るくなったように思えた。
「コイツが前言ってたヤツだ。よろしく頼むな、苗字」
あれから数日後、本当に阿散井副隊長は一人の死神を連れてきた。
連れてこられたのは黒髪の左側に赤・黄・青のぶら下がる髪飾りをつけた、いたって普通に見える男性死神だ。
トレードマークは左眉毛から上に伸びるように入れた刺青といったところだろうか。
彼は目の前で「うーん」やら「えーと」やらと、なにやらモジモジとしている。
そんな様子に業を煮やしたのか、うしろの阿散井副隊長が彼の背中を力強くバンと叩くなり、彼は勢いよく頭を下げてきた。
「行木理吉です!よろしくお願いします!」
「苗字名前です。こちらこそよろしくお願いします」
自己紹介してきた彼に向き直ると、なるべく丁寧に頭を下げて挨拶をする。
そして双方どちらからともなく頭を上げ終わると、ぎこちないながらも笑みを交わした。
こうしてこの日から彼、『行木理吉くん』との仕事の日々が始まった。
彼は確かに阿散井副隊長が言ったように地獄蝶の世話が苦手だった。
苦手というより、壊滅的と言っていいほどだった。
私がいなければ六番隊の地獄蝶全部が外に逃げだしてしまっていただろう場面は記憶に新しい。
苦手なら苦手なりにと世話の方法を彼なりのものに変えることで、最近なんとか光明が見えてきたところである。
とりあえず彼が地獄蝶を使役できるようにと練習をさせる時、私が近くにいることで地獄蝶が逃げるような被害は抑えられていた。
これを見越しての采配だとしたら阿散井副隊長の慧眼には恐れ入るところだ。
しかし地獄蝶の一匹でさえ未だに誘導できないでいることに、むしろ彼のある種の才能なのではと最近思えてきていた。
まあ、それ以外の仕事も教えたりして日々を過ごしていた。
その間、最初はギクシャクしていた彼との関係は仕事に関係ない雑談を少しは交わすまでになった。
今現在、私は牢の掃除、行木くんは地獄蝶を誘導する練習を行っている。
牢の中の掃除をしながら、どう誘導するかと四苦八苦している彼の気を紛らわそうとして雑談を持ちかけてみる。
「ずっと聞いてみたかったんだけど、行木くんの眉の刺青、もしかして阿散井副隊長の刺青を意識してるの?」
「はい!恋次さんはオレの憧れで、十三隊に入ることにしたキッカケの人なんです!」
「憧れの人、かあ」
刺青のことを聞くなり振り返ってきた彼の顔はとても明るかった。
そして嬉しそうに阿散井副隊長のことを憧れだと話す彼の目は生き生きとしている。
真似とはいえ体に刺青を入れるほど憧れているということは、行木くんとの間でなにかがあったのだろう。
ただ、護廷十三隊に入隊する理由が人に憧れてという彼との間には溝があるような気がした。
そんな中、行木くんはなにやら興奮冷めやらぬ様子で前のめりで聞いてくる。
「苗字先輩は憧れの人っていますか?!」
「え?うーん……」
憧れの人────
ふと、魂葬された時のことがよみがえる。
黒の着物に、筋ばった首筋。
右手が溶けるほどに熱かった体温。
なだめようとする低いながらも優しい声。
彼が男性死神だということくらいはわかるが、それ以外の情報は得られていなかった。
未だにあれが誰だったかなんて判明せずにいる状態だ。
優しくかけられていた声すらも、年月とともにとっくの昔に忘れてしまっていた。
まあ覚えていてもそれだけで護廷十三隊の総員からただ一人を見つけだすことなんてできるはずもない。
しかし、憧れ……憧れ?
虚になる前に魂葬してくれたことに感謝しこそすれ、彼を憧れとするのはなんとなく違うと思った。
憧れと言うからには輝いて見えるような────
ふと、入隊面接の時、周りを一蹴した朽木隊長が浮かぶ。
あの瞬間は確かに彼が輝いて見えた。
だが輝いて見えたのはあの瞬間だけで、それ以降は輝いて見えてはいない。
だとしても彼がとても尊敬できる人物なことに変わりはない。
行木くんのような『彼になりたい』わけではなくても普段の佇まいといい、手本にしたいくらいには慕っている。
ならここでの答えは決まったようなものだ。
「やっぱり朽木隊長かな」
そう答えると行木くんは顔を更に輝かせた。
なぜかウンウンと何度かうなずいてくるほどの興奮ぶりである。
「そうだったんですね!憧れの人と一緒の隊に在籍できてるのって、その、なんていうか……最高ですよね!」
「ふふっ、そうだね」
いきなり語彙力がなくなった彼に思わず笑ってしまう。
確かに過程が逆ではあれ、憧れている人と同じ隊にいられることは幸せなのかもしれない。
一体何人の死神がそういった状態でいられるのかは未知数ではあるが。
行木くんと和やかに笑い合っていると、突然「ピッ」という機械音が出入り口から聞こえてくる。
それに二人とも笑うのをやめて出入り口である扉を注視する。
扉が開くと、外から誰かの人影がぬっと中に入ってきた。
「おっ、なんだ中にいたのか。すまねぇが地獄蝶を三匹用意してくれ」
「承知しました。少々お待ちください」
中に入ってきたのは阿散井副隊長だった。
珍しくその額にはお気に入りのゴーグルがつけられている。
なぜこんな時間にと、ただならぬ雰囲気を感じながら牢から出て、地獄蝶の籠から適当な三匹を連れていく。
そして阿散井副隊長に地獄蝶を引き継ぐと、彼はいつものように行木くんに彼なりの励ましの言葉を投げかけてから外へ出て行った。
扉が閉じる前、夜闇にまぎれた向こうで白い襟巻がたなびくのが見える。
隊長羽織を着ていなくてもわかる。あれは朽木隊長だ。
行木くんにも雲行きが怪しいことがなんとなく伝わったのか、少し不安そうな顔をしていた。
「こんな時間に隊長と副隊長が揃って地獄蝶を連れるなんて、なにかあったんですかね?」
「うん……とりあえず大事にならないといいんだけど」
before the storm.
(なんともいえない不安感は影のようについてきていた)
241230
mainページへ