籠 り   main diary mail reply  
act.28
ールデンペア

青学の学区から離れた河川敷。
そこにいくつか設けられたクレーのテニスコート。
本来ならば大石は学校で部活動に勤しんでいるはずなのだが、今日はこのコートの片側にいた。
彼はシングルコートのエリア内の左・中央・右と水を入れた2Lのペットボトルを等間隔にひとつずつ置いていく。
私はジャージ姿で反対側のコートからその様子を眺めていた。
しばらくして、持ってきたペットボトルをすべて置き終わった大石がこちらに歩み寄ってくる。


「とりあえず今日は打球のコントロールができるように感覚をつかんでもらおうと思うんだ」
「よろしくお願いします」
「えーと、それでなんだけど……」


言葉を紡ごうとしてなにやらモゴモゴとしている。
恥ずかしそうであり、なにかが歯に挟まったような心地の悪さにも見える。
そんな大石の言葉を黙って待つことにすると、ようやくと言ってしまうくらいの時間が過ぎた頃、歯切れが悪そうにおずおずと話しだす。


「その、俺たちにはそんなに時間は残っていないんだ。だからその……俺が君の腕を動かしてボールを打つことでコントロールの感覚をつかんでもらう感じ……で、いいかな?」
「あっ、はい、全然大丈夫です」


真面目な大石のことだ。
きっと体の接触やらを気にしているのだろう。
思春期らしい悩みというか気遣いのしかたに、なんだか心が親目線になってしまった。
たしかにボディタッチが多いと流石に気にはしてしまうが、大石は邪な感情でそんなことはしないはずだ。
ただ真剣に考え抜いて効率的に思えたものがその方法しかなかったのだろう。
コントロールが良い大石ならではの提案を、こちらは二つ返事で受け入れた。

そして、ぎこちないながらも練習は始まった。
地面に置いたラケットのガット部分にボールを落として跳ねたところをうしろの大石が動かすままに打つ。
シンプルな手順ではあるが、二人羽織状態ではそれが中々に難しいようで、大石のコントロールの良さがあまり発揮できずにいた。
あちこちにボールが転がっているが、並べていたペットボトルにはまだ一球も命中してはいない。
あまり想定をしていなかっただろう壁に、大石は眉をひそめる。


「うーん、あんまりうまくいかないな」
「……すみません」
「あ、いや!苗字さんが悪いんじゃないんだ!思ったよりボールをバウンドさせてから打たせるまでの時間が短くてコントロールが難しいというか……」


ブツブツとなにかを呟きながら「うーん」と悩みはじめる大石。
身長も腕の長さもラケットの種類も違う。なにもかもが違いすぎる状態なのだから早々に完遂することはできないだろう。
練習の反芻か、大石がラケットを素振りする。そしてまた悩み込む。それを繰り返す。
その様子を見守りながらコートに散らばったボールを拾っていると、ふと硬式のテニスボールが上から一個降ってきて、大石の頭頂部に当たって跳ねる。
ボールが飛んできたであろう位置を目で追ってみると、堤防の高いところに誰かが一人立っていた。
くるりんと外側に跳ねた活発そうな髪型のシュルエットの人物は、横に設けられている階段も使わずに堤防からまっすぐこちらへ降りてきた。
大石もその存在を認めたのか、声を上げる。


「え?英二?!」
「球出しに困ってるんしょ?なら俺がやっちゃうよん♪」


学校で部活動に勤しんでいるはずの菊丸がそこにはいた。
彼は得意げにピースをしながら大石に笑顔を向ける。
と思ったらすぐに不機嫌そうな表情へコロリと変わり、大石とこちらを恨めしそうに見るなり人差し指でさしてくる。


「っていうか、なーんか最近コソコソしてるなと思ってたらやっぱりコソ練か!しかも苗字と!」


関東大会も近い大事なはずの時期。
そんな日の部活動にダブルスのパートナーである大石が休んだので追ってきたのだろう。
練習するとなった本日、待ち合わせの場所に彼の相棒であるはずの菊丸の姿が見えないことでなんとなくそんな気がしていた。
自分をテニス部に戻らせようとする一連の行動は、すべて大石の独断で行なっていたのだと。
菊丸は自身に相談もなくそれを行っていたことに腹をたてているのだろう。
まるで浮気現場を押さえられた男のように大石は苦い笑顔を浮かべ、ムッとしている菊丸をなだめようとしてか近づいて声をかける。


「英二、これはその……」
「経緯とかはこの際どうでもいいから早くやるぞ!さっ、練習練習!」
「英二……」
「菊丸先輩……」
「ほら!ボサっとしてたら暗くなっちゃうだろ!まずはボール拾いからな!」
「は、はい……!」


ジト目から一変し、カラッとした笑顔になる菊丸。
彼のあまりの切り替えの速さに大石はこめかみを掻いて困ったように笑った。

大石のワンオペじゃなくなったからか、そのあとの練習は順調になってきたように思う。
菊丸はこちらがボールを捉えやすいようにゆっくりとした速さのボールを出してくれるので、大石のコントロールも効きやすくなったように感じられる。
ずっと一定の場所にボールをだせる菊丸もすごいが、環境が違うはずなのに段々とこちらの感覚に慣れはじめている大石もすごい。流石、青学のレギュラー陣だ。
それから初めて連続でボールをペットボトルに当てた時、感極まったのか菊丸は腕をつきあげて声高に叫ぶ。


「ヨッシ!俺たちがつかみとるのは友情!努力!勝利だー!!」
「まったく、少年漫画みたいなこと言って……」
「ふ、ふふっ……」


『また調子にのって』と呆れる大石。
自分は少年漫画のセオリーを掲げた菊丸に思わず笑いが漏れてしまった。
少年漫画の中のキャラが少年漫画のセオリーを口にするなんて、なんてメタなのだろうか。
そのあとの練習も菊丸のおかげで失敗しても和やかな雰囲気で続けられた。


「そんじゃ、きゅうけーい!おっ、ケーキあるじゃんケーキ!」
「コラ英二!勝手に開けるな!」
「いっただっきまーす!」


菊丸が『疲れた』とでも言うように荷物を置いた場所で座りこむ。
すると大石の荷物に混ざっていた白いケーキ箱を見つけるなり手にとって中を物色しはじめた。
中からショートケーキを1個取りだすとフィルムを剥がし、手づかみのまま嬉しそうに大きく開けた口の中へと入れる。
勢いよくかぶりついたためか、その鼻頭には白い生クリームがちょこんと乗っかっていた。
このあまりにもなわんぱくさに笑いをこらえながら、そのことを指摘する。


「くっ、ふふふ……っ!菊丸先輩、はなっ、鼻のてっぺんに生クリームついてますよ」


きょとんとした顔でこちらを見上げてくる菊丸。
そのままの状態で菊丸はペロリ、と舌だけを動かして鼻頭のそれを拭きとっていった。
その奇抜ともいえる追撃にはたまらず、沸いてくる笑いを抑えられずに思いきりお腹の底から笑った。
こらえきれずに大笑いしたのはいつぶりだろうか。
息が苦しくなって生理的にあふれてくる涙をぬぐうも、笑いがしばらく止むことはなかった。

ゴールデンペアの二人はそんな彼女のことを見るなり顔を見合わせ、にこやかに笑い合うのだった。




越前家に帰宅したのは空が完全に暗くなった頃。
まだ倫子さんにもバイトをやめたことを伝えていないため、この時間に帰ってきたことに対して疑問をもたれることはなかった。
バイトで帰りが遅くなるので自分に構わず皆さんで夜ご飯を食べてくれ、と以前に伝えていたので今日もみんな既に食べ終わっているようだ。
再びリョーマに避けられているため、食卓を一緒にしないことに少々寂しさを覚えながらも、どこか安心している自分がいた。
避けているのはリョーマだけではなく自分もなのだろう。
どんな顔をして彼と顔を合わせればいいのかわからない。

荷物を自室に置いてから倫子さんが温めなおしてくれた夜ご飯をいただく。
越前親子の姿が家の中になかったので、きっと境内でテニスでもしているのだろう。
ご飯を食べ終わり、食器などの洗いものを済ませると、自室でお風呂の順番待ちの間に学校の宿題をする。

と、窓の方向からカツンとなにか小さいものが当たった音がする。
窓へ向かい外の様子を伺ってみると、下の庭の方でラケットケースを担いだリョーガがこちらを見上げていた。
リョーガと目が合うと彼は人差し指をチョイチョイと招くように動かす。
どうやら『こっちへこい』と呼んでいるようだ。
別にこんなコソコソしなくてもいいのに、と思いながらも庭先にでる。


「こんな時間になんの用ですか?」
「今日、河川敷のコートで楽しそうに練習してたの見たぜ」


唐突な目撃証言。
日中なにをしているのか分からないしあまり話さない彼。
どこにいたって不思議ではないが、なんともピンポイントなところを見られてしまったようだ。
これでリョーガがなにをしようとしているのか検討がつくはずもなく、腹を探ろうと聞き返してみることにした。


「……だったらなんですか?」
「いんやなにも?がんばってる妹分にイイコト教えてやろうかと思ってよ」
「イイコト?」


腹になにもないようなケロリとした顔で答えられる。
勝手にリョーガの『妹分』にされたことによる衝撃もあったが、気になったことをオウム返しする。
リョーガは返事のかわりにお寺の方に目配せをすると、その方向からテニスのラリーをしているであろうインパクト音の応酬が聞こえてきた。
きっとじゃなくても南次郎とリョーマのものだ。
ふと顔が見合わせられると、リョーガがウィンクを飛ばす。


「ま、百聞はなんとやらだ。境内のテニスコートは父さんたちがいて使えないだろうし、とりあえず公園へ行こうぜ」


先を行くリョーガのうしろを追うように歩く。
テニスコートが必要なナニカをしたいことは理解したが、こんな時間になんだろうかと考えを巡らす。
やはり手に持っているラケットケースの中身が関係しているのだろうか。
テニスの指導かなにかだろうか、と考えていると公園に着く。
おもむろに公園のベンチに座ったと思うと、持っていたラケットケースからラケットを取りだしてソレを手渡される。
渡されたソレを見るなり、その奇妙さに思わず低い声がでた。


「え、なんですか、このラケット……」
「カカカ!まあ、はじめはそう思うよな!」


思いきり笑い飛ばすリョーガ。
だが、このラケットは笑い飛ばすだけでは済まないほどのアレンジがなされていた。
ラケットは縦横それぞれ中央のガット1本だけが張られており、キレイな十文字になっている。
もう他に変なところがないかと確認していると、リョーガはポケットからテニスボールを取りだしてくる。
ラケットとボール。それでやることはひとつしかない。


「ほら、それでボール打ってみな」
「え、これで打つんですか……?」
「そうだぜー。がんばれがんばれー」


目でも『正気か?』と伝えてみるが、リョーガは面白そうにニヤニヤとするだけである。
「ホレ」と軽い調子でテニスボールをこちらに向かって放り投げてくる。
下投げとはいえ、ガットの切れたボロボロの古いラケットのほうが何億倍もマシな状態のソレで打ち返すなんて普通無理な話である。
フレームで当てるのを狙った方がまだマシなレベルだ。
だが、わざわざこのガットだけ残しているのだから、きっとそれが狙いではないことは理解したくないがわかってしまう。

勿論、盛大なほどに空振りした。

それでもリョーガはこの無茶ぶりをやめないようで、ボールを次々と投げてくる。
言わずとも全部が空振りだ。
しかし手持ちのボールがなくなってもなお、拾い集めてまた投げてくる始末である。
まるで虚無と思えるような時間に心が死にそうになる。
リョーガの気が済んだのか、この無茶ぶりな練習?は1時間後にようやく終わったのであった。
不吉な一言を残して。


「じゃ、これから毎晩がんばろうな」


その晩は、普通のラケットでも空振りになってしまう悪夢を見た。
本当にあの練習はイイコト≠ネのだろうか。





2本のガット
(それはゴールデンペアの彼らみたいに強固に結ばれていた)
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