act.02
駆け込み寺
「は??」
『オジサンを助けると思ってウチに来てくれないか?』
見知らぬおじさんが言ってきた言葉の意図が読みこめず「は?」としか言葉がでなかった。
正直その言葉の意味を飲みこみたくはないが、この時間に甚平を着た怪しいおじさんが私≠自分の家へ連れこもうとしている。と。
しまっていたスマホを取りだして『110』を押し、すぐ通話できるように通話ボタンの位置をキープしながら耳に傾ける。
「警察呼びますね?」
「待て待て待て。気持ちは分かる。分かるがオジサンの話を聞いてくれ」
平静を保つようにおじさんは手で『待ってくれ』と制す。
自分は携帯の通話ボタンを押そうとする体勢はそのままに、目線で『さっさと話せ』とおじさんを促した。
しばらくおじさんは「あー」だの「うー」だのうなり声をあげて挙動不審だったが、話がそれなりにまとまったのかぽつりと話しだした。
「えーとだな、今日知り合いの子供をウチで預かる予定だったんだが、ドタキャンされてな。家内がそいつが来るの楽しみに待ってたんでウチに帰るに帰れなくてなあ」
「それでなんで私なんですか?」
「その預かる予定だったのが女の子だったんで……な?」
なにが「な?」だ。
同意を求めるように首を傾けるおじさんに苛立ちを覚えた。
茶目っ気をだせばなぁなぁで連れこめると思っているのだろうか。
それに今の自分におあつらえたかのような都合の良いお話だ。
嘘で塗り固めたような話を真に受けられるほど、頭の中にお花畑は広がっていなかった。
頭の中が冷えきっている自分を知ってか知らずか、おじさんは取り繕うように笑顔を浮かべている。
自分とおじさんとの温度差にため息をはいて、拒むようにそっぽを向いた。
「信じられないので無理です」
「悪いわけじゃあないんだが、ガードかてぇなあ……どうすれば信じてくれるんだ?」
「顔写真付きの現住所が記載された身分証明書のご提示をお願いします」
「役所の職員かなんかかよ……ほい」
身分証の提示を提案してみると、おじさんはあっさりと財布から運転免許証を出すと、ポイッと投げ渡してきた。
正直渋ると思っていたので一瞬呆気にとられてしまった。
とりあえず、顔写真と本人の顔が違わないかを確認して、片手の携帯で免許証の表と裏を撮影する。
そして、現住所を地図のストリートビューで検索してみる。
検索してみるとその住所は現在位置の近くにあり、小高い丘の上に建っているお寺が近くに表示されていた。
ストリートビューの検索結果のスクショをとっていると、おじさんの方から着信音が聞こえてくる。
おじさんはスマホを取りだすと着信主が表示されているであろう画面を見ると「ゲッ」とバツの悪そうな顔をした。
それからこちらを見やると、着信画面を見せながら遠慮がちに聞いてくる。
着信元の名前は『母さん』になっていた。
「家内なんだが……出ていいか?」
「スピーカーでお願いします」
「……強盗かなんかに襲われてる気分だぜ……」
聞こえてもいいのだろう、この一連のやりとりにおじさんは愚痴を小さくこぼす。
確かに通話のスピーカー化は少々やりすぎかもしれない。
でも、やりすぎなくらいじゃないと見ず知らずのおじさんにホイホイついて行く気にはならなかったのだ。
その間におじさんは通話をスピーカーにしたのか、少しノイズ混じりの女性の声が聞こえてきた。
『ちょっと、アナタどこぶらついてるの?用意してるご飯全部冷めきっちゃうじゃない』
「ああ〜、悪い!ちょっとトラブルがあってな!もうすぐ帰るから!」
電話先で見えてもいないのにおじさんは謝るとともに手もそんな形をとる。
自分の父親も電話しながら話と連動して頭を下げたりしていたなあとぼんやりと思いだす。
そしてこの会話から、おじさんは気の強めな奥さんの尻に敷かれているだろうことがなんとなく想像できた。
電話口の奥さんは不満がたまっているのか、矢継ぎ早に一人で喋りだす。
『皆でご飯食べたかったのに、あの子もう限界だから先に食べさせて寝させちゃったわ。こんな遅い時間まで女の子を連れ回さないで早く帰ってきなさいよ』
「はいはーい」
『"はい"は一回!』
「はーい」
まだまだ続きそうだった愚痴と説教が含まれた奥さんの話を、おじさんは適当な相づちをうって中断させる。
愚痴のアクセルが全力で踏まれていたであろう暴走寸前の奥さんの口を、眼前に新しい粗をだすことで論点をずらして止めるとは。
怒った女性に対して、手練すぎるおじさんの対応に舌を巻く。
自分だったら口をはさむ隙なんてなく言われるがままだっただろう。
直近であった、自宅と同じ電話番号だったおばさんのことが頭をかすめ、また気分が落ちる。
そうこうしている間に話をまとめたのか、スピーカーからブツッと音を出して通話が終了した。
「……というわけだ」
「…………怪しいと思った瞬間帰りますからね」
「うーん、もうそれでいい!とりあえずついて来てくれ!」
半ばやけくそ気味に返すと、おじさんは公園の外に向かって歩きはじめた。
とりあえず行くだけ行ってみよう。
前を歩くおじさんを追い越さないよう、自転車を押して後を付いて行くことにした。
やはり街灯に照らされる道々は見覚えもなく、時々通りすぎる街区表示板に記されている地名にも覚えがなかった。
ただ、都内の住宅街だからか灯される生活の光はとても多い。
もしここでなにかあっても大丈夫そうだ。
そんなことを考えながら歩いていくと、住宅の裏手側に林が差しかかりはじめる。
ストリートビュー通りだとこのてっぺんくらいにお寺があるはずだ。
山の半ばくらいまで進むと、裏手から山への階段が伸びている二階建ての家屋が見えてきた。
少し和風な門前に着くと、玄関灯がつけられた玄関先にエプロンをつけた女性が立っていた。
女性はこちらに気がついたのか、手を振って小走りで近寄ってくる。
すぐ近くになっても女性はスピードを落とすことはなく、そのまま勢いよくその腕に抱き寄せられた。
突然のことに驚いて自転車のハンドルを手放してしまったが、倒れる前におじさんがなんとかキャッチしてくれていた。
「いらっしゃ〜い!男所帯だから女の子が来てくれておばさんHappyよ〜!」
女性は硬直している自分をそのままに、頬擦りやキス、ハグを熱烈に繰りかえす。
これほど猛烈な愛情表現を体現されたことが一度もなかった我が身のキャパシティはとうに越えており、すぐに考えることをやめた。
隣にいたおじさんはやれやれといった様子で、女性を制止するでもなくこちらをただ眺めているだけだ。
やりたいことを気が済むまでやったのか、女性は抱きついたまま隣にいたおじさんの方にやっと意識を向ける。
自転車と肩に提げているカバンしか荷物らしいものが見当たらないことに気づいたか、首をかしげた。
「あら?荷物はこれだけ?」
「いやあ〜、コイツこのカバンとチャリ以外置き引きに遭っちまってな。公園で泣きベソかいてたんだよ」
「まあ!それは大変だったわね!これからはココを自分の家だと思ってゆっくりしてちょうだいね」
「え、あ、え……はい……」
半ば引きずられるようにして家の中に引きこまれる。
女性は小柄めな体からは想像できないようなパワーをしており、自分は腕をひかれるがままついて行くことしかできなかった。
靴を脱いで和風な玄関を上がると、たくさんのおかずが並べられた食卓に通されて座らされる。
そして流れるような動作でお茶碗にご飯を盛りながら、女性は満面の笑みで話しだした。
「今日、息子はもう寝ちゃったのよ。ごめんなさいね。明日挨拶させるわ。あ、ご飯はこれくらいでいいかしら?」
「あ、はい……ありがとうございます……」
「なにが好きなのか分からなかったからおばさんおかず作りすぎちゃったわ。あ、そうそう、このからあげね、二度揚げしてるから美味しいわよ!あとこれは──────」
ザリ……ザリ……
目の横がなにかで研がれている感覚がする。
昨日はあれからどうしたんだっけ。
おばさんにすすめられるがままご飯を食べて、流れるがままあったかいお風呂に入って、用意されていたパジャマに着替えて、ふかふかの布団が敷かれた部屋に案内されて、それから……
「はっ?!」
「あ、起きた」
目を開けると知らない天井と、見覚えがある容姿の少年が目に入った。
流れるようなつややかな黒髪。
少しつり上がった涼やかな一重。
そしてクリクリとした大きな瞳。
色んな媒体で見たことのあるテニスの王子様≠ェ、珍獣を見るかのようにこちらを見下ろしていた。
「45Z?5Zap@yl))¥j3?!」
「なんだ。この世の終わりみたいな顔してたけど普通に元気じゃん」
奇声を発して異常な速さで距離をとってしまったものの、テニスの王子様は漫画の中と同じようにクールなままだった。
ああ、なんだ。これは夢か。夢だな。
どこからが夢なのか判別がつかないが、とりあえずもう一回寝ればいいかと布団の中に潜りこもうとする。
きっと本当に目が覚めればいつもの友達の部屋の景色が目に入ってくることだろう。
あとは上半身を倒せば完全に潜りこめるというところで、ほほをつね上げられた。
「なにまた寝ようとしてんの」
「いひゃい……」
夢だと思ったら痛覚があった。
痛覚がある夢は何度かみたことがあるので別段驚きはないが、このほほつねりは別格だった。
現実と同じように自重や重力も計算に入れられたような鮮明な痛さである。
どうやらこの小さい王子様は私をどうしても横にさせたくないようなので、上半身を起こしなおしたらやっと指を離してくれた。
(コイツ夢の中だろうが相手が女だろうが容赦ねーな!)
自ら登場させたであろう夢の登場人物に対して怒りを抱きながらほほをさする。
しかし当の加害者はそんなアピールを無の如くスルーし、なにやら床の方に視線を注いでいた。
視線を同じようにたどってみると、タヌキのような猫が布団の端でくつろいでいた。
目の横がザリザリしていた感覚の正体はコレだったのか。
と一人で原因に納得していると、階段の下から女性の声が響いてくる。
「リョーマ!名前ちゃん長旅で疲れてるんだから寝かせてあげなさい!あと、寝てる女の子の部屋に勝手に入るのもやめなさい!」
「カルピンが部屋に入ったから仕方ないし。それに、母さんだってコイツが起きてこないって言ってたじゃん」
「んもう、口の減らない子ね!まったく誰に似たんだか……」
一階と二階、少し張った声で会話しはじめた親子に『らしさ』を感じてしまう。
とりあえずリョーマの口の減らなさについては、両親共々の遺伝じゃないかと頭の中でツッコミを入れておいた。
しかし、私はいつおばさんに名前を教えたのだろうか。
夢だから当たり前かとも思いながら、昨日の流れるような話の中で答えたような気もした。
それにしても、この夢はいつまで見られるのだろうとぼんやり考えていたら、額に軽くデコピンを入れられた。
「いつまでそのマヌケ面でいるつもり?顔でも洗ってきたら?」
自分の膝の上で寝ようと移動してきていたヒマラヤンは、抱き上げてくるリョーマに若干の抵抗を見せながら『ほあら〜』と妙に間の抜けた声で鳴く。
抵抗虚しく、カルピンはリョーマに完全に抱き上げられると、そのまま部屋の外へ出ていった。
たしかに、言われた通り顔を洗ってスッキリした方がいいかもしれない。
この夢が覚めるのはどことなく残念だけど、現実に戻ろう。
「おー、やっと起きたか。おそようさん」
階段を降りると、居間で新聞を広げて読んでいたおじさんが話しかけてくる。
実は昨日話してる間中、やけにいい声してるおじさんだなって思ってたけど、日の下で見たら普通に越前南次郎だった。
……真水で顔洗ってこよ。
越前家
(顔を洗っても越前南次郎は越前南次郎のままだった)
191115
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