籠 り   main diary mail reply  
nocturne:25
中の君

嫌な予感は当たってしまった。
朝になると前日ちょうど掃除をしていた牢屋に一人、囚われていた。
それだけならまだよかったのだが、問題はその人物にある。

十三番隊隊士の朽木ルキア。

苗字の通り、朽木家の者で、朽木隊長の妹。
現世の駐在任務の最中に行方不明になって二月ほど過ぎていたらしい。
それが最近見つかり、ちょうど昨日捕まった。という話だ。
非番であったにも関わらず隊舎の廊下で会った阿散井副隊長のオフレコという名の一人ごちでは、彼女は死神の力を人間に譲渡していたとのことだ。
きっと昨夜、地獄蝶を連れて行った阿散井副隊長と朽木隊長が見つけて捕縛してきたのだろう。
わざわざ朽木隊長が出向いたのは親族の尻拭いのためだろうか。

答えが得られるはずのないことに思いを巡らせながら手を動かす。
阿散井副隊長に言われて用意しているご飯。
我ながら簡素なものだが味噌汁とおにぎりとたくあんを用意した。
それらをお盆にのせて隊舎牢の中へと入る。
目的の牢の端に置かれていた、昨日用意されていたであろうお盆の上の御膳が目につく。
それには手がひとつもつけられている様子はなかった。
この様子だと私の用意したものなど投げ飛ばされるのではないかと思い、ヒヤヒヤとした気持ちで牢の中の人へと声をかける。


「ご飯をお持ちしました」
「お主は……」


牢の中には凛とした佇まいの女性が椅子に座っていた。
朽木隊長の妹さんとだけあってか、振り返るだけの所作ですら品があるように見えた。
座っている椅子はこちら側を拒否するように正反対の格子窓へと向けられていたが、そこから女性は立ち上がる。
そして、目の前までくるとこちらの目線に合わせるようにひざまづく。
その短めの凛々しいはずの眉はなぜだか泣きそうなように垂れ下がっていた。


「その、以前と言うには昔すぎるかもしれぬが、あの時は兄様のために怒ってくれてありがとう」
「え……」


突然のことに思考が一瞬止まる。
頭の中を探ると、瀞霊廷で怒ったことは一度しかない。
朽木隊長と前々副隊長がどこかの男性隊士に馬鹿にされ、刃傷沙汰寸前になった時。
あの時は確か怪我をして、すこし古風な喋り方をした女性隊士に上質そうなハンカチを渡されかけて断ったはず。
あの女性隊士が朽木ルキア≠セったのか。
それなら上質そうなハンカチを持っているのにも頷けた。
しかし、あの時の行動は人様に褒められるようなものではないのは自覚している。


「あの……あれは私のせいで朽木隊長たちが悪く言われたのが許せなくて……それに、お礼を言われるような立場じゃないんです。ごめんなさい」
「ああ、謝らないでくれ。それでも私はあの時、たしかにお主に救われたのだ」


頭を下げるとルキアは優しい声色でそう言う。
『救われた』とはどういうことなのだろう。
朽木家の評判に泥がついた原因は私のはずだろうに。
彼女の顔を見てみると泣きそうな、苦笑いをしているような、そんな複雑そうな顔をしていた。
話の詳細を聞こうかと彼女のことを呼ぼうとする。


「その、朽木さ……」
「ルキアだ。ルキアと呼んでくれ」
「えっと、ルキアさん」
「では私も名前と呼ばせてもらうな」


食い気味に呼び方を矯正させられてしまった。
そして、流れるようにこちらの呼び方も決められてしまう。
名乗ってもいないのに名前を知られていたことについても問いたいが、あまりの勢いに頷きで返事をするしかなかった。
それにルキアは満足そうな顔をすると、横に置いていたお盆のものに目を向ける。


「これは名前が作ったのか?」
「えっ、あのっ、はい。簡単なものですが、お口に合えば……」
「ならば食べぬ訳にはいかんな」
「あの、無理に食べられなくても……」
「無理ではないぞ。どれも美味しそうではないか」


私の作ったご飯を褒めてくれるルキア。
求められるがままにご飯用の入り口に置いてあった前のお盆を回収し、持ってきたものと交換する。
彼女は戸惑う様子もなくおにぎりを手にとって食べる。
「美味いぞ」と感想を伝えてくれる横で、御膳の方に目がいく。
時間が経っているからかご飯はカピカピに乾燥しているようだった。
こっちの方が私のものより彩りもあって、ずっと手をかけているのに彼女は私のものを選んだ。
いけないことと感じながらも、どこか心地いいと感じる自分がたしかにいた。




それから数日後。
今日もルキアのご飯を用意して運んでいると、廊下で阿散井副隊長に道を塞がれる。
避けようとするもその体躯で仁王立ちされていると通れる余地がない。
流石に『邪魔だ』と言いそうになってしまう衝動をおさえながら、無言で目の前に立ちはだかる彼に話しかける。


「あの、阿散井副隊長、どいてもらえませんか」
「いや、今日は俺がかわりにメシ持ってってやるよ。お前が作ったやつしかアイツ食いやがらねぇからな」
「副隊長自らですか?それは流石に申し訳ないですよ」
「あー、そのだな、ルキア……アイツと話したいことがあるんだよ」


なにやら言い淀む阿散井副隊長。
もしかしたら捕まえた際になにかあって、彼女と話があるのかもしれない。
視線もこちらには合わせないように床に落とされていて、後頭部を乱暴にガシガシと掻いている。
詮索を拒む雰囲気がありありと感じられる。
きっと、あまり他人には聞かれたくない話なのだろう。


「……わかりました。それではよろしくお願いします」
「おう、サンキューな!」


お盆を渡すと笑顔になる阿散井副隊長。
副隊長になって二月くらいではあるが、副隊長がこんなにもわかりやすい性格でこの先、大丈夫なのだろうか。
一種の美徳でもあるが、それには少々危うさを感じた。
いつか誰かに悪用されたりされないといいが。


「あの、ルキアさんは阿散井副隊長とどういった関係なんですか……?」


結局、お盆などの回収は私だった。
そのついでにルキアに二人の関係を聞いてみる。
この数日間、彼女が口にしたのは私の作ったものだけで、一日に一回は私の作ったご飯を提供することになっていた。
そのおかげで配膳する際にルキアと話す機会が幾度かあり、彼女の謎の積極性からの話の流れも加わり、軽い身の上話もできる仲になった。
今日、持っていったのは阿散井副隊長だが、今日もちゃんと完食しているようだ。
ルキアは私がいれたあたたかいお茶を飲み干すと、涼しい顔で言う。


「まだ言っていなかったか。恋次とは流魂街からの腐れ縁……コホン、いわゆる幼馴染というものだ」
「幼馴染、ですか。いいですね」


幼馴染。
岩鷲くんの顔がうっすらと浮かぶ。
まだ幼かった彼も今はもう立派になっていて、自分の仲間を守ったりしているのだろうか。
昔はあんなにも思い出していたのに、今はもう頭の中にあるはずの面影も薄れてきてしまっている。
それだけの時間が、私たちの間には流れてしまっていた。
ぼうっと時の流れを無常に感じていると、ルキアは首をかしげる。


「名前にはそういった者はいないのか?流魂街出身とは聞いていたが」
「えーと、そうですね……はっきりとそう言っていいのかは分かりませんけど、いましたね」
「……そうか」


岩鷲くんと別れてから何年経っただろう。
彼からは『幼馴染』とは認識されていないかもしれないので、ぼかして伝える。
流魂街では死が日常茶飯事だ。
ぼかしたことでルキアに間違えて伝わってしまったか、その表情を曇らせてしまった。
ちゃんと訂正しても結局は詳細を話すことになり、彼女の気を今以上に沈めてしまうことが予想できたので、これ以上語ることはやめておくことにした。
ちょうど次の業務の時間でもあるので、その場をやんわりと切り上げる。


「そろそろ巡回する時間ですね。すみませんルキアさん話の途中で。それでは、いってきます」
「ああ、気をつけてな」


その後、ルキアは第一級重禍罪として殛囚きょくしゅう……いわゆる死刑囚になると阿散井副隊長から伝えられた。
刑の執行までには約一月の猶予期間をとるとのことだ。
このことを私に伝える彼の顔は平常を保とうとしながらも、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
幼馴染である人物が処刑されるところを見なければいけないなんて、なんて残酷なんだろう。
彼と同じ立場だとしたら、きっと自分も同じ顔をしていたに違いない。
だが、この日のルキアはそれを知ってか、いつも以上に気丈に振る舞っているように見えた。


「もう知っているかもしれないが、約一月後、私は処刑されるようだ」
「……ルキアさん……」
「今の内に言っておくが、短い間ながらお主には特に世話になった。色々と話すことができてよかったよ、名前」
「私も……私も、ルキアさんと話せて、よかったです」
「フッ、罪人の身には余るほどの重畳だな」


彼女は笑っていた。
それに私はちゃんと笑顔で応えられていただろうか。
でも、牢にいた時から分かっていたじゃないか。
この人はいずれいなくなるのだと。





hand at that time.
(ようやく触れられるであろう頃にはすでに遅かった)

251208
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