籠 り   main diary mail reply  
#03 消される空
side:主人公3


緑に生い茂った場所をひたすら進む。
周りは木・木・木・木・木……奇声を発したくなるくらいに木ばかり。
幸いなのはこういう場所によくいる蚊やハエなどの虫がいないことだ。
だが、いつなにが起きてもおかしくはなさそうな雰囲気であるため周囲を注意深く見渡す。
すると幹からのびていた小枝が顔面に衝突する。
それは積もりに積もった怒りを弾けさせるには十分であり、力に任せて枝を勢いよく叩き落とした。


「うっとうしい!!」


案の定枝は折れて足元の草むらへ沈む。
一時間以上こんな場所を歩き続けているのに水すら口にしていないため、ストレスは相当溜まっていた。
遂に感情を抑えきれなくなり、頭を掻きながら地団駄をふむ。


「あーもう!ここはどこなんだっつーの!!」


この場所より前の記憶は昨日の夜。
いつものように自分の家の自分の部屋の自分のベットの上でうとうととしていただけ。

たったそれだけ。
なのに今は見たこともない鬱蒼とした森の中。
夢遊病でもないはずなのに目を開ければこの深い緑が広がっていたのだ。

目が覚めた時、身体は大きな切り株の上で横たわっていた。
どこぞのアニメ映画の夢かと思いながら素足を地面につけたら、腐葉土の少し湿ったいや〜な感触がした。
その上、なんとなく息を吸い込んでみたら森特有の匂いが鼻いっぱいに広がる。


(無駄に細かいリアルめな夢だな)


なんてその時は能天気に思っていた。
だが辺りを探検していくと次第に空腹や喉の渇き、足の疲れがでてきたのだ。
空腹を感じはじめるとそろそろ目が覚めるかと思っていたのに一向にこの夢は覚めない。

それにただ森を歩いているだけでなにも起きない。
夢のくせに楽しくない。
水を飲みたいのに綺麗な川を望んでも見つからない。
思い通りにならない。
嫌な夢だと悪態をつきながらそれでも歩き続け、今に至る。

それまでに目が覚める予兆や変化がなにひとつないことに焦りを感じ、冷や汗が流れた。
とりあえず冷静になろうと近くにあった岩に座り込む。
視線を落とせば足とパジャマの裾はすっかり土で汚れていた。


(まだこの夢は続くのか……)


疲れたとばかりに盛大にため息を吐くと、それに呼応するように咆哮が森に響く。
人でもなく獣でもない、聞いたことのない声。
やっと起きた変化に喜ばなければならないのに身体はひどく強張った。


「なん、だ」


正体不明の雄叫びに鳥や動物、森の囁きが一斉に失せる。
静寂が訪れると空気が余計に重く感じられた。
次いで大砲のようなドンと低い音が地面をゆらすと、木に留まっていた鳥たちは一斉に空へと飛びたつ。
だが、音はそれだけにとどまらず、大きな物体をひきずるような音が聞こえてきた。

それは段々近くなり、地面の振動も大きくなる。
ナニカがこちらの方向へ来ているのは明らかだった。
理解した瞬間全身からは脂汗がにじみ、指先の感覚が薄くなる。
あの速さだと逃げられない。
どこか隠れられそうな場所はないのか。
頭と目を巡らせている間もソレはすぐそこまで来ており、焦りながらも目ぼしい場所を見つけて走り出した時にはもう遅かった。

木陰よりも暗い影に覆われ、反射でソレを見上げる。
薄い皮に柔らかい肉が包まれているであろう胴体。触手のような小さくいくつも連なった手。
芋虫を連想させるがそれとは違う、はるかに巨大な生物がそこにいた。

ぬるりと光る粘膜が見える。
とがった牙が等間隔で生えているその穴の奥はとても暗く、地獄の入り口のように思えた。
草を刈った後のような生臭い匂いが鼻を刺激し、止まっていた思考が働く。
───飲み込まれる!


「く、来るなぁっ!」


どこからそんな力が湧き出たのか、先程まで座っていた岩を持ち上げると巨大生物へと投げつける。
かなり大きかった岩を投げて力を出し尽くしたのか足から力が抜け、地面にへたり込んだ。

息が上がり、自分の呼吸と鼓動しか音が聞こえない。
視界も確かに目の前を見ているはずなのになにも見えない。
手を動かそうとしても動かしているのかすら分からない。


(なんだ、これ?)


初めての感覚に戸惑う。
荒い息と身体にこもった熱しか認識できず、呆然と無意識を漂うしかなかった。






繁る草をかきわけながら男が森の中を進む。
しばらく歩くと探していた巨体を見つけ、音を出さないよう注意深く歩み寄る。
その間、巨体はピクリとも動かず横たわっていた。
生態としては土を掘った寝床で寝るはずだと訝しみ、眉を寄せる。
だが、その疑問は近付くとともに解消された。
ターゲットは頭から緑の体液を大量に流しており、ピクピクと小さい痙攣を繰り返していた。


(死んでいる)


痙攣の間隔が長いことから死んでからそれなりに時間は経っているのだろう。
死因は主要器官を潰されたため。
潰したのは近くに転がっている岩だろう。
人間の子供ほどの岩には、地面に広がっている緑の体液が全体にべったりとついていた。

そしてその近くで一人、横たわっている人間を見つける。
その人物は森の中ではありえない軽装をしており、服には土と緑の液体がついていた。
服にかかっている液体の向きと状況からするとこの人物がモンスターを倒したのだろう。
そう思い至ると自然と口角が上がった。


「きみ」


声をかけてみるが、規則的な呼吸音だけが返ってくる。
顔を覗き込んでみると目はしっかりと閉じており、まだ乾ききっていないモンスターの体液が少量垂れていた。
持ち合わせていた綺麗な布でそれを拭きとると、青臭い匂いが鼻をつく。
あまり害はないが洗い流した方がいいだろう。
ここから近い水場へのルートを頭に思い描き、横たわる身体を抱き起こした。


「少々失礼するよ」


聞いている訳ではないだろうが断りを入れ、意識のない身体を抱き抱える。
その身体は思ったよりも柔らかく、重かった。





消される空
葉の隙間から見えた空は風によって消されてしまった。

090730:181015
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