永遠の箱庭


『認めなよ、それが恋だよ』


「ねぇ、今日もアタシに"代わってよ"アザゼル。ヒマでしょ?」

 怖いぐらいそっくりな顔をした双子の兄が私に優しく、甘い声で囁いた。私の兄は私と二人で一人の天使。その姿は私よりずっと女の子らしくて、可愛らしい。代わりに私より低い声は、見かけとかけ離れすぎている。
 兄の言葉に拳を握りしめ、肩を震わせ小さく頷くと、満足げに彼は笑って「良い子」と私の頭を優しく撫でた。あぁ、気持ち悪い。なぜ、私はこんなにも無力なのだろう、双子なのに私は誰一人として私として見てもらえないのかとため息がでる。昔は兄は自分の仕事も、友との約束も、自分でこなしていたのに、なぜか今では私に押し付ける。そして私は断れぬまま、いつも頷いてしまう。受け入れてしまう。私はそんな自分が嫌いだし、兄が醜い。憎い。
 お姉ちゃんはその逆で、私のことを心配してくれてる。私が兄に代わりを押し付けられてることを知ってるわけではないが、気にかけてくれている。とても優しい、大好きなお姉ちゃん。私のたった一人の味方。
 でも、そんなお姉ちゃんにも苦手なものがある。それは私たち双子。私たち双子は知識を掌り、階級はお姉ちゃんより幾分か高い。そのせいで、お姉ちゃんは毎日の様に努力をしてる。私なんかより、ずーっとずっと、頑張ってる。そんなお姉ちゃんを見て、兄が一言、言った。その言葉は自分のことではないのに、呪いの様に私にこびりついている。
「あんなに努力しても、無駄なのにね」
 時が止まったのかと思った。私の目に映るのが、本当に兄なのか、パイモンなのか、疑った。でも、それは紛れもない、私の半身だ。

 気がつくと、兄は目の前にいなかった。あるのは肉の塊。赤いどろどろしたもの。

 肉の塊は今にも塵になって消失するだろう。呆然と見つめる私の後ろから、「きゃっ」という声が聞こえて振り向くと、大好きなお姉ちゃんがいた。紅目はどこか腫れていて、見開いて、震えて、私を見て怯えている。どうして怯えているのか、理解できなくて、目の前にいる姉が、本当に姉なのかも分からなくなってぐるぐると、思考が回る。
「アーちゃん…パイモンを? …なんで…」
 やだ、やだやだやだ、そんな目で私を見ないで。私はちがうの、ちがうの、と叫べば、お姉ちゃんに似たような何かは涙を流して首を横に振る。
「アーちゃん…あのね、私、アーちゃんの"?!」
 気がつくと、私は姉のようなものの肩を、押していた。彼女の後ろは“何も“ない。真っ逆さまに落ちて、死ぬだろう。だが、運良く雲の上に落ちた様で、ぼんやりとこちらを見る目は光を宿してはいない。口だけがパクパクと動いており、何かを伝えてる。

『わ、た、し、は、み、か、た、だ、か、ら』
 そう読み取れる口元は、私に言ってるのだろうか。でも、もう何も縛られたくないし、何も望まない、何もいらない。姉を殺しても、兄を殺しても何も感じない心に用はないと、私も彼女の最期に立った場所に立てば後ろからダイブした。

「さよなら、馬鹿げたゆめのせかい」

 この世界は、嘘つきだ。



 「あぁ、起きたんですかパイモンさん。おはようございます。随分魘されておりましたが…」

 朝一番、夢の中より眩しくなく、暗いこの世界で今一番聴きたく無い声を聞いて、私は体を伸ばすより前に顔を歪める。そしてやっと気がついた。私、この男と一夜を共にした。正確には添い寝、と言うものだ、昨日は一人になりたく無くて、この悪魔に一緒にいるよう頼んだ。
「チッ…嫌な夢を見た、オマエと寝ても、やっぱり良いことなんてありはしない」
「おや…寝る前に淹れたハーブティーが効きすぎたのでしょうか」
「でも。懐かしい人に会えた」
 夢の中の兄は、生きていた頃よりずっと、生々しかった。私にそっくりな顔で可愛らしく、気持ち悪かった。それでも、私にとっては兄に変わりは無い。自身の手で消失させたのに、今、こうして夢にまで出てきたのは、バルバトスのせいなのだろうか? 
 私は左目にある魔眼を抑える。私が姉にも無理矢理分け与えたものだが私の半身の“魂“は、何も答えない。
「それは、お兄様のことで?」
「オマエに言う必要はない」
 ため息をつけば、起きあがってベットから出ようとする。これ以上、この悪魔の隣にいては気が狂ってどうにかなってしまう。バルバトスは、私に"優しすぎる"。だからこうして突き放すのに、こいつはいつも私の隣にいるし、側にいる。時期魔王の執事と秘書なのだからしょうがないのかもしれないが、よく飽きないものだ。私は兄を殺し、姉を突き落とした女なのに。彼はどうかしてるのかと疑ってしまう。
 ふと、右手に温もりを感じて振り返ると、バルバトスの顔が間近にあって、驚いて退こうとするが、振り返っている私には前が見えておらず、バランスを崩して倒れそうになる…のを彼の反対の手で背中を抱きとめられる。先ほどより近い顔に熱が集まるのを感じる。
「アザゼルさん。私は貴方が好きですよ」
「オマエ、本当にそういうところだぞ」
 気づけば身体は自然と動いていた。重なる唇と唇が優しく触れる、優しいキスをした。自分から。私はその自分の行動に驚いて、近くにあった枕をバルバトスの顔に当てて、部屋を逃げる様に出た。私は取り残された彼が私より赤い顔をしてるだなんて知らないし、当分この胸の高鳴る気持ちは理解したくは無い。それでも認めよう。私は私という存在を認めてくれる、バルバトスが好きなんだと

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