声の代償は何だったのか


 『崖緑工業高校』そう書かれた趣のある門の前、ぽつんと佇むぴょこ毛が跳ねる。
 
 霧谷楓は指揮官補佐になることが決まった数日後、彼女は崖緑に足を運んでいた。
 声のでなくなった彼女は、今や筆談しか意思疎通ができないからと、頼城と神ヶ原の提案でうまくバケッシュとリンクすれば筆談よりスピーディーに、より円滑に意思疎通ができるのではというアドバイスをもとに、すぐ様学校を早退すれば、西エリアよりも少し上、北に足を進めたのだ。
 「君が頼城の言っていた子か?」
 落ち着いたテノールに楓は振り向く。短髪のそれなりにガタイの良い男性がそこにはいた。その姿はどこか落ち着いていて、"お兄さん"より"父親"味がある。
 そんなことを思いながら楓は無表情のまま、一度抱いているバケッシュに視線を向けるとコクリと頷く。
「俺は戸上宗一郎。三年で崖縁のリーダーをしている。」
 なるほど、この人が。と楓は戸上と目を合わせるために顔を上げると、戸上は微笑んだ。
 それを見るとすぐ視線を下に移してポッケからメモ帳とペンを出すといそいそとペンを動かしてそれを戸上に見せる。と、戸上は目を丸くした。
『霧谷楓です。ラクロワ学苑の一年生。声が出ません。』
「そうか。」
 目を細めた戸上が先ほどとは打って変わって一瞬肌が凍りつく雰囲気に楓は一歩、身を引くが、それは少し遅くて彼の腕が自身の前へと降りてくる。怖くて反射的にギュッと目を瞑るが、楓は少しも痛みを感じず、頭に優しい温もりが伝わる。
 気がつけばわしゃわしゃと頭を撫でられていて目を開けて戸上の方を見た。微笑む彼を見て、楓は不思議そうにじっと見つめるも、そのまま訳の分からないまま、撫でられていた。

「それじゃあ、行くか」
 撫で終えたのか満足したのか、戸上は門の方を見て歩き始めた。
 しばらく撫でられてることを理解できずに大人しく固まっていた楓は数秒後、駆け足でその後ろをついて行った。

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 校庭を真っ直ぐ進んだところの部室棟に戸上と楓は向かって居たが、突如としてドッカーンという爆発音に肩を揺らし足を止めた。
楓は驚いて後退りしたが、戸上は慣れたようにじっと煙の上がる部室等を眺めれば「浅桐か…」と小さく呟く。
 また早くなる足に、着いていくことしかできず、思わず戸上のブレザーの裾を掴んだが、戸上は全く動じずそのまま、とある部室棟の一部屋のドアを開ける。と、そこにはひっくり返った男性、周りの機械からは煙が黙々と上がっていて、思わず煙たくて楓は2、3回咳払いをして口元をブレザーの袖で覆う。

「また失敗したのか、浅桐。」
「天才は失敗なんかしねぇよ、成功への一歩目だ。」
 起き上がった男性は長い髪を揺らしながら目を細めて楓のことをじっと見る。楓は目の鋭さに驚いて、びゃっと肩を揺らした。
「それより浅桐、この子が頼城の言っていた子だ。」
「あァ?!この、ちまいのがか?」
 ギロリとサメのような目力の瞳に見つめられて、楓はら思わず戸上の後ろに隠れ、顔だけ覗かすと、戸上が「あんまり怖らがせるな。」と男に注意した。「ヘイヘイ。」とやる気のない声で鼻で笑った。
「大丈夫だ。浅桐は別に取って食ったりはしない。」
 前に出るようにと背中を軽く押されれば、男の真正面に立たされた楓。楓は怖くて下を向きながら口をギュッとつぐんでバケッシュを強く抱きしめる。
「お前、一年坊の癖に一人で大型に立ち向かったみたいじゃねェの。オレはそのせいか知らねェけど、声を失ったって聴いた…違うか?」
 その言葉に楓は肩を揺らして、首を横に振る。
 楓が声を失ったのはそれこそイーターのせいではないが"一人で大型に立ち向かった"それは事実だ。
「すげぇんじゃねェの?ウチの一年坊楓でもできないこった。」
 楓は思え掛けない言葉に顔を上げ、彼の顔を初めてじっと見つめた。男はハッと笑うとの持っているバケッシュを指差す。
「安心しろ。オレがそいつを改造してお前の"声"をなんとかしてやる。ちまいの、お前の為に人魚姫の魔女になってやるよ。」
 その言葉に楓の光の宿って居ない瞳はどこと無く輝いた。