雪は冷たいかまくらは暖かい


 深々と降り積もる雪、ガラスの外には、みんなの年相応の楽しげな声が聞こえる。雪にはしゃぐ姿を見ていると、施設にいる子供たちみたいで、出ない声でふふ、と笑いそうになる。
 「楓は来ないの?」とお兄ちゃんが窓の外から訪ねてきたけど、私は小さく首を縦に振る。お兄ちゃんの隣にいた慎くんの「楓ちゃん、雪、嫌いなのかな?」という風な心配げな声が聞こえてきて、良くんの「そうじゃ無いと思うぜ。」と優しい慎くんを宥める声が聞こえた。
 別に私は雪が嫌いなわけじゃ無い。これでも施設にいた時はお兄ちゃんや良くん敬ちゃんと雪が積もれば一緒に走り回っていた。
 雪はつめたい。そして寒い。食べるとキーンっとする。なんだか今の私には不釣り合いな気がして雪を遠ざけたい。そん気分なんだ。
 私は雪を踏んで公園へ向かおうとしているお兄ちゃんたちを窓から見れば、1人、食堂で一眠りについた。

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 目が覚めると、みんな帰ってきていた。お兄ちゃんも、巡くんも、みんな。でも、何か物足りなくて、寝ぼけた頭で当たりをじっと見回すと、電話をしている巡くんが目に入ってきて、どうやら焦っている。
 聞き耳を立てた感じだと、どうやら電話の相手は紫暮で、みんなで作った鎌倉の中で今日は過ごすという。
(風邪引かないかな、大丈夫かな?)
 頭に浮かんだ言葉に私はとっさに頭を振る。私は一体なんであの人の心配をしてるんだろう。別に好きでも無いのに、嫌いでも無いのに、私は何を心配してるんだろう。
 自身の無意識な反応に百面相をしていればお兄ちゃんがやってきて、「どうしたの?」っと首を傾げるけど、私はそのまま何も言えないまま、合宿所の自室に走り戻ったけど、私の顔は異様に熱かった。

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 みんなが合宿所のリビングからいなくなった頃、そろーりそろーりと靴を持って、あったかい白いコートを着て出窓を開ける。
 出窓からは冷たい風が頬を撫でてマフラーをしていないから、思わず身を竦める。
 雪の上に降り立てば、ぽすんっと音がして、歩けばサクサクと音が鳴って雪の上にいるのが楽しくなってくる。
 サクサクとリズムを奏でたまま向かったのは公園。及びみんなの作ったであろう、かまくら。別に紫暮のことが心配…という事では断じてないが、外に出る前、断熱式の水筒にココアを入れてしまった。それも二本分。これはもう彼に渡すしか消費方法がない。しょうがない事だ。
 公園の前、光の漏れるかまくらが一つ。
 そっと忍足で近づいて鎌倉を触ってみたが、時間が経った雪の為、ふわふわしていなくて、多分これだと察した私は勇気を出して鎌倉の入り口からそっと顔を出すと、そこには紫暮がいた。
 じっとみていると、オッドアイの瞳と目が合って、「楓?!どうしてここに?」と目が丸くなる。
 「とりあえず入りなさい。寒いだろう。」
 そう言われて私は屈んでかまくらの中に入る。
 ほんのり暖かくて気持ちいい。かまくらの中で地べたに座るわけにもいかなくて、そのまま炬燵に座り込んで、持っていた断熱式の水筒を片方紫暮のほうに置く。
「これは…?楓が俺のために用意してくれたのか?!」
「…っ?!」
 その言葉に息が詰まる。だってその通り…その通りなんだけど多分少し違うから。きっと今私が私の分のココアを飲んでいたらむせていたと思う。
 とりあえずゆっくりと頷くと、紫暮は目を輝かせて「では、ありがたくいただこう!」と、水筒を開けて飲み始めた。
(ほんと、心臓に良くない…)
 かまくらの中、炬燵の中、お雑煮を食べながらの2人っきりの空間は無言が多くて思ったより静かだった。
「普段の生活なら味わえない事づくしで、今日は大変な一日だったよ…」
 静かだったのだが、突如として開かれた紫暮の口から出た言葉に思わず胸が高鳴る…だってこれ…
(これ、なんか新婚が今日の出来事話してるみたいな感じじゃない?!)
 そう感じたら最後、私の頭は新婚…新婚…とぐるぐる回り始めて話を聞くどころではなくて、お雑煮のお餅を食べる手ですら動かない。
「このかまくらにいると、雪合戦などをして遊んだ時のことを思い出すんだ。」
「楽しい時間だった。機会があれば、また雪遊びをしたいものだ。」
 今度は楓も一緒にな。と最後に付け足された言葉は新婚という開店を一時停止させて、エコーがかかり、おまけに紫暮はいつも見せる微笑みじゃなくて、くしゃっと年相応に笑っている。
 思わず声の出ないはずの私の喉は、誤作動か何かで「え…。」と確かにそう言った。
 何を言っているのか、まったく私は理解できなかったが、紫暮といると、冷たい雪でも暖かく感じた。謎に火照った頬は熱くて、食べたお雑煮は熱々で舌を火傷した。
 きっと今はそれだけで十分だ。