貴方はヒーローにはなれない

・高校生、男主は風紀委員


 ーー拝啓。
 天国のお父さんとお母さん、お元気ですか。
 天国にいる人に、体調を聞くのもおかしな話かもしれませんね。
 俺は無事、並盛高校に進学し、

 ――毎日、横暴な風紀委員長が暴れまわるのを止めてまわっています。



「委員長ッ!その人死ぬ寸前ですっ、放してあげてください!!」
「うるさいな。ちょっと殴っただけでしょ?」

 きゅう、と白目をむく男子高生の胸倉を掴み、何食わぬ顔で雲雀恭弥が即答する。
 目まいがした。今月に入って23件目だ。まだ日付はひとケタ代だというのに。

「そもそも廊下で騒ぎを起こすなと!アレほど俺がお願いしたのに!」
「廊下で群れを咬み殺す事に何か問題でも?」

 俺が正義だ、みたいな顔をして答えられるが大問題だ。今のところ問題しか見当たらない。

「ここは学校!暴力反対!」
「うるさい群れは統率しなきゃ」

 バサリ、と翼みたいに学ランをはためかし、委員長はナポレオン顔負けの堂々とした出で立ちで答えた。
 凄い。なんか自分が間違ってるような気すらする。

「とりあえずその人放してあげてください、死人が出ますよ!」
「大丈夫、あと3殴打なら昏睡範囲」
 診察でもするみたく、雲雀が掴んだ生徒の顔を覗き込んで断言した。委員長、あなたはお医者さんですか?
「イヤすっっっげぇアウトです!!しにますその人ッ!」

 叫んだ声が響き渡る。廊下の角から現れた生徒が、こっちを見てふいに押し黙った。目が合う。
 一瞬で感情がリンクするのを感じた。リアルシンクロシニティである。

 ――逃げてください。
 ――言われずとも。

 サッと立ち去る生徒達。殺人現場の目撃者みたいな早さだ。自分も逃げたい。
 足元にしたたる血の跡点々。銀の凶器を振りかざす委員長。阿鼻叫喚、ならぬ無声無音の地獄絵図だ。
 葵は頭を押さえ、無意識の内に天井を仰いだ。アーメン。


 小学生の頃から、リーダーものはひと通り経験した。学級委員長から生徒会長、バスケ部の部長に卒業式の合唱リーダーまで。
 その経験値をイチから抹消したいレベルで後悔することになるとは、まさか思っていなかったが。


「……だ、大丈夫ですか?」
「う、うう……だいじょうぶ、じゃねぇよ……」

 ですよねー!
 去り際、空き缶のようにポイッと雲雀に投げ捨てられた生徒を引っ張り上げる。胸倉を掴まれていた男子生徒だ。胸元、名札に付いた線の色で、3年の先輩だと気が付く。

「ゲッ、あの人礼儀知らずな……」
「うう、イテェ……は、何、お前も風紀委員?」
「アッ、えっと、ハイたぶん」
「多分?!」

 クラスの生贄でなったんデス、とは言えない。
 まさか入学早々、風紀委員がこんなデスロード・エブリディみたいなトンデモないとこだなんて知らないし。誰か1人なって下さいという担任の懇願に挙手した時、まさかその裏で担任が歓喜の舞を踊っていたとは誰がわかる。

「ていうか、何でフルボッコされてたんですか?」
「いや、廊下で肩が当たって、そしたら急に」

 ヤンキーかよ。古風な当たり屋じゃねーんだから。

「スミマセン、うちの風紀委員長は強いんですけどちょっとだいぶかなりけっこうイカれてて……」

 頭を下げた時、先輩の胸元で何かがチカッと光ったのが見えた。ん?

「ソレ、なんですか?ん?」
「アッちょい、お前どこに手ぇ突っ込んで……!」

 慌てる先輩をよそに、葵は胸ポケットから引っ張り出した物を見つめた。
 銀地のライター。百均とかじゃない、ちょっとお高そうなカンジの。

「…………待って待って待ってください、こんなモノを持っているってコトは」
「いや、そ、それは、その……ライター型のシャーペンで!」

 苦しい!すごく苦しい言い訳だ!

「ハイちょっと制服脱いで!ポケット全部ひっくり返して!スミマセンけど学校に煙草持ち込むような悪行犯してるヤツは、年上であろうと先輩とはみ・と・め・な・い!ハイ脱いで!脱げって!!わかった俺が脱がすっ!!」
「ワーーー待って脱ぐから!わぁった脱ぎます!!」

 廊下のど真ん中で悲鳴をあげる3年。その上着の襟に手を掛ける1年。
 その後、終わりだけを見ていた生徒何人かに、「アクロバティックホモだ」とザワザワされたのは言うまでもない。




「あれ。君」
「……こんなトコにいたんスか。雲雀先輩」

 はぁはぁぜぇぜぇしながら、屋上のフェンスにもたれる相手を睨む。
 疲れた。疲労感マックスだ。ついでに言うと階段長すぎ。

「何しに来たの。授業中だよ」

 無表情に問われた。ちょっと待て、じゃあお前はなんだ。

「疲れてそれどころではなく……というか、あの先輩、煙草持ってたんで取り上げてシメました」
「当然」

 あっさり返された。屋上を通り抜ける風に言ったんじゃないかと疑うような即答さだ。
 少し、ためらう。それから、思い切って声をかけた。

「……気付いてたんですか。あの先輩が、煙草持ってたの」

 雲雀は眉ひとつ動かさなかった。

「僕は透視能力なんて持ってないよ」
「持ってたら、俺は今この場で自殺してます」

 眉がちょっと動いた。奇異な物を見る目だ。

「何、君は超能力者にアレルギーとかあるの?」
 どんなアレルギーだよ。
「いえ、委員長に俺の下着の色とか見られたら死ねるな、と」
「僕が君の下着の色に興味あるような人間に見えたかい?」

 息継ぎナシで質問された。あ、ヤバイ。トンファー見えた。

「人の性癖なんてわからないじゃないですか!」
「少なくとも僕は、君の下着を知るくらいなら君をココから投げ落とす」

 ここから。つまり、地上3階のこのフェンスの上から?
 身の危険を感じた。全力で話題をねじ曲げる。

「そんなことより、俺は委員長が煙草に気付いてたか知りたかったんですけど」
「肩が当たった時、何か光るモノが見えた」

 カシャン。雲雀がフェンスにもたれかかった。
 横を向き、呟くように付け加える。

「それだけだよ」

 広がる大空に切れ目を探すかのように、相手はこちらに目もくれずそう答えた。



 ……やっぱり。
 空の端を眺める横顔を見つめ、葵は思う。
 この人は、見つけていたんだ。ポケットで光るライターにも、そこから導かれる煙草の存在にも。
 不器用な人だと思う。交流手段を持たない異民族のように、そこで暴力に走るのだから。


「……言えば良かったじゃないですか。ソレ何、って」
「なんでそんなこと」
 かったるそうに問われた。
「言葉が通じるからですよ。ソレ何、って聞けば大体の人は答えてくれます」

 言葉が通じるから人間は会話する。挨拶とか敬語とか、特有の意思疎通手段が浸透するのだ。
 動くものに反応する猫みたいに、見えたライターへ腕を振り下ろすんじゃ動物と同じだ。

「面倒だ。校則違反はどうせ咬み殺すんだから、結果なんて同じでしょ」

 疑わしきは罰せよ、と来た。大問題だ。
 この人が警官じゃなくて良かった。夜道で会ったらその場で咬み殺されかねない。

「暴力は、ダメですよ」

 保育園児に言い聞かせるように、繰り返した。雲雀は未だにこちらを見ない。
 他人と話す時に視線を合わせない。悪事を指摘する前に力でねじ伏せる。

『……いや、廊下で肩が当たって、そしたら急に』

 ほら、だから勘違いされるんだ。


「委員長は、正しいんですから」


 雲雀が、不意にこちらを向いた。風に押されたような自然さで。
 目が合う。

「……君は、ちょっとおかしいよね」
「え?」
「暴力はダメだと僕を否定するクセに、正しいだなんて断言する」
「正しいですよ、委員長は。ただやり方が間違っているだけで」

 学校のあらゆる行事や校則関連、持ち物検査から制服チェックまで。
 山ほどの書類を片付け校則違反を取り締まり、何人もの風紀委員を従える。それほど、カリスマ性と能力があるのだ。一見、横暴にしか見えない暴力にだって理由がある。
 それなのに、一部の風紀委員にしか理解されない。この人の中身は。

 コミュニケーション能力に欠落があるこの人は、いつか必ずひとりになる。

「短絡的すぎるんですよ。手段が」
「君みたいな小動物に諭されるのは不快だな」
 眉根を寄せられた。お?
「大体、弱いのがいけないんだよ。弱い群れに体をぶつけられるだなんて、ムカつく」
「ん?」
 アレ?
「もしかして……委員長、肩が当たったこと、純粋に腹立ててます?」
「はあ?」
 重力ってあると思います?みたいな質問をされたように、雲雀の眉がつりあがった。
「当たり前でしょ」
「ウッワァ理不尽!!」
「だから、君も咬み殺す」
「ウワッなんで?!エッまじなんでッ?!!」



 ――前略。天国のお父さんとお母さんへ。
 俺は無事、並盛高校に進学し、理不尽な委員長を止めきれずにいます。

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