※注意
・バドエン気味
・白蘭×男主がメイン
・獄寺×男主っぽい描写あり
・キャラの死が含まれます
長めです。何でも大丈夫な方向け
俺がこの世で一等好きなのは、怒った顔をした獄寺隼人だ。
「お前、何してんの」
つかつか。白い廊下をまっすぐに、獄寺が歩いてくる。腕を組み、玄関ロビーの柱にもたれかかった俺めがけて。
俺はちょっと笑った。何も親の仇を見るようなけわしい目で、こちらへ早歩きしてくる必要はない。確かに俺は高校生で、獄寺は大学生で、ここはその獄寺の大学だけど、別に犯罪を起こしているワケじゃないのだ。
「なにってー……隼人の、お迎え?」
「チッ」
ハートマークで首をこてん。全力でかわいこぶってやったのに、返って来たのは舌打ちだった。ディスコミュニケーション。
「来るな、目立つな、声出すな。帰るぞ」
「そんな、火事の時の三原則みたいな口ぶりで」
ぐいっ。獄寺がいらだたしげに俺の腕を掴む。途端、ざわっと周囲がさざめき出した。
獄寺は顔が良い。だけじゃなく、頭も良いし腕も早い。つまり、頭脳明晰なヤンキーなのだ。連日、何かしら騒ぎを起こしてたら、そりゃウワサもされるだろう。
「ちょ、はやい、足が速い。おい、獄寺!」
「テメーの足が短けぇだけだ。オラついて来い」
こけそうになりながら、通ったばっかの正門を抜ける。相変わらず、思いやりのない男だ。グイグイと前へ引っ張る手の力が、他人と触れ合った経験が少ない事を教えてくれる。
前をゆく獄寺の私服が、日光に照らされて黒く光っていた。俺を咎めるみたいに。
「……で、何で来た」
「歩き? あと電車。まさか、タクシー使ったとでも思った?」
「果たすぞ。『なんで』来た?」
茶化せばすごまれた。肩をすくめる。
日射しが温かな並木道だ。人もまばらなこの穏やかさの中で、なんて剣呑さ。
「……別に。言ったろ、迎えに来たかっただけだって」
俺の少し上、獄寺の目が細くなった。現状把握ができてない猫みたいに見える。実際、この男が持つ匣兵器はネコ型だ。
「半分ホントで、半分ウソだな」
しばしの沈黙。のちに、獄寺が低い声で言った。
ちょっとの間、俺は迷った。肯定するか、否定するか。でも、この男はヘンなところで鋭いからな。
「まあ、そんなところ」
「何やらかした?」
なんで、俺が事件起こした前提なんだ。実際、そうだけど。
「人、殺しちゃった」
ざあっ。秋風が、不意に街路樹を揺らしていく。
影が落ちたり引いたりする獄寺の表情は、読めない。俺はかまわず続けた。
「もう、ボンゴレにはいられない」
「……誰をやった?」
獄寺の声が震えている。俺の肩を触る指先が、かぎ針みたいにギュッと曲がった。
「びゃくらん」
白蘭。俺の、元恋人。
獄寺がハンドルを大きく切った。途端、ぐわんっと景色が急回転する。
「ちょっ、待っ、揺れ、揺れた!」
「わかってるっつーの」
「わかってんならもうちょっとゆっくり運転できない?!」
「じゃあお前が運転すっか?」
「俺、高校生! 無免許運転!」
「オレもだ」
フロントガラスに顔を突っ込むかと思った。
「……は?」
嘘だろ。信じられない思いで、運転席を見る。獄寺は平然とした顔で、まっすぐ前を向いていた。もう何百回と国道を駆け抜けてきました、みたいな悠々とした態度だ。
「実技試験は来週だった」
自動車学校には通ってた、と付け加えられる。全然、安心材料にできない。
「……つまり」
「無免許運転だな」
「うっそぉ」
「ホントだ」
ギュイィィィッ。おおよそ無免許の人間が出す音じゃない高音で、車体が大きく傾いた。とっさにシートベルトにしがみつく。
「それでよく、レンタカー借りられたね?!」
「借りてない」
「は?」
「盗った」
本日、二度目のガン見。相手はどこ吹く風だ。家路を急ぐサラリーマンみたいなハンドルさばきで、思いっきり山道を駆けあがっていく。
「……なんで」
「なんで?」
ガクン。車が転ぶように止まった。座席のクッションが、落ちるみたく下へ沈む。
タイヤがうなっている。舗装されていないガタガタの山道だ。どこか引っかかったらしい。
「お前が、白蘭殺したって言うから」
静かな声だった。人を抱きしめる瞬間のように、静かな。
俺は、とっさに息を詰めていた。助手席に回った獄寺がドアを開けてくれるまで、ずっと。
高いところは気持ちが良い。
豆粒みたいに見えるのが、獄寺が通う大学だ。俺の乗った電車の赤が、よちよちと線路を動いている。小豆みたい。
「昔、高いところは神の居場所だった」
「へ」
雨が降るように唐突な物言いだった。横を見れば、同じく眼下を見つめる獄寺が、唇だけ動かしている。
「高層タワーの建築は、神を侵犯するはじまりだったんだ」
「シンパン?」
「お前、高校で何してんだ?」
呆れた目でため息をつかれた。お、良い顔。
俺はろくな教育を受けちゃいないが、イケメンは憂い顔がまた格別だってことは知っている。
「おかす、踏み入れる、ってことだ。神と同じ、高い目線で物を眺める。立派な侵犯だ」
「ふうん」
「興味ね〜〜って顔すんな、オイ」
はたかれた。痛い。
強い風と冷たい空気が、体を浄化するように気持ちいい。それ以外に、大切な事なんてあるか?いや、無いだろ。それなのに、獄寺はよくわからない事を言う。
俺は獄寺の顔と立ち振る舞いが好きだけど、頭が良いところは苦手だ。頭が良いヤツは、すぐ理詰めで物事を進めようとする。
俺は感覚で生きるタイプだ。合理的にとか冷静にとか言われると、鼻で笑ってしまう。
「なんで、山に連れて来たんだ?」
「電波が届かねぇから」
鼻をつままれる思いとは、まさにこれだ。
俺の顔を見て、獄寺は悟ったらしい。再び、深いため息を吐かれた。
「お前はケータイ持ってねぇだろうけど、」
「うん。捨ててきた」
「オレは持ってんだよ。電話きたら困るだろ」
「捨てれば?」
「簡単に言うな。できるか!」
「じゃあ電源切ればいーじゃん」
なんでコイツ何もわかんないんだ?という顔で見られた。馬鹿を見る目だ。
慣れてるけど、獄寺じゃなかったら殴っていたかもしれない。俺は、あからさまに下に見られるのがあんまり好きじゃないから。
馬鹿だから見下していい、とは限らないじゃん?だって、馬鹿にも他に秀でたところがあるかもしれないし。例えば俺だったら、料理の腕前とか、セックスの仕方とか、人の殺し方とか。
「電源切ったら、自分でわざと切ったなってバレるだろーが」
「充電無いのかなって思ってくれるかも」
「ボンゴレメンバーが全員お前だったら、それで終わりだけどよ」
十代目はともかく、ヒバリやムクロの野郎がそれで見逃してくれるか、とか何とか、獄寺はぶつぶつ呟いている。俺のせいで、ずいぶん危ない橋を渡らせてしまっているらしい。人の車を盗んだり、こんな山奥まで運転させたり。
「ありがとね、獄寺」
「はぁ?」
眉をひそめて、獄寺が俺を見る。いきなりデコピンされたみたいな反応だ。
「俺のために、色々させちゃって」
「そこはごめんじゃねぇのかよ」
「だって、悪いと思ってないし」
「テッメェ」
げんこつが降ってきた。普通に痛い。
「少しは罪悪感とかねぇのかよ?!」
「獄寺が車盗んだって言った時は、ちょっとヒュッってした。心臓が」
「てめ、人の罪悪感をジェットコースターみたいに片付けやがって……」
「でも、おかげで獄寺はさまざまなハジメテを経験できたじゃん?」
「何がじゃん? だ、果たすぞ!」
俺は笑っていた。獄寺は悪意なく噛み付いてくるから、一緒にいて気分がいい。
俺が人を選ぶ判断基準は、単純だ。一緒にいて楽しいか、楽しくないか。楽しいならどのくらい楽しいのか。
一番楽しかったのは白蘭だった。その次に、獄寺。
「とりあえず、国外に逃げろ」
耳を打つ声だった。
水をかけられたように、ひんやりする。昂ぶっていた気持ちが、急速に冷めていくのを感じた。
「白蘭は、ボンゴレにとって微妙な立ち位置だった。お前がすぐにころ、……狙われることはねぇと思うけど、時間は稼いだ方がいい」
獄寺は真剣そのものだった。本当に、大真面目に、俺を生かす方法を考えて、口にしている。同時に、「俺が殺される」って言葉を言いよどむくらい、理性もある。
頭が良い人間だ。本当に、厄介だ。
「俺、パスポート無いけど」
「馬鹿、ツテを頼れ。オレがつないでやる」
「金も無いし」
「何だって稼げるだろ。お前は愛想良いんだから、それを武器にしろ」
親戚のお兄さんみたいな口ぶりだ。俺に親戚がいた事は無いから、本当にただの例えだけど。
「ええ、顔が好みじゃないヤツに愛想振り巻くのはイヤだ」
「んなこと言ってられっか、生きるか死ぬかだぞ」
「じゃあ、今ここで、獄寺が俺のこと殺してよ」
ごうっと、風がうなりを上げて通り過ぎていった。
「…………は?」
虚ろな声だった。獄寺が、感情を置き去りにした顔で俺を見ている。
虚無の顔だ。白蘭も、俺が撃った時、おんなじ顔をしていた。
「……おまえ、なにを」
酸欠になったように、獄寺の声はかすれていた。その目が落っこちそうなくらい、見開かれている。獄寺以外だったら、あんまり見てられなかっただろう。
頭が良いヤツは、これだからかわいそうだ。自分の知っている知識だけでしか、物事を判断できない。
ヒトはそれぞれ、別の事を考えて生きていて、全然違う思考で物事をとらえている、つまり、まったく別々の生き物なんだよ。という事を、なかなか呑み込めないのだ。
「俺、殺されるなら獄寺がいいな」
お菓子を選ぶように、軽く言う。
獄寺がわかっていないのはわかっていた。二つ年上のこの男は、俺が助けを求めてきたと思って、ここまで連れてきてくれたのだろう。それはそれで有難いが、俺の魂胆は違う。
一番好きだった人間は、この手で殺した。なら、次は二番目に好きな奴に殺されたい。
「……何で」
「獄寺の爆弾がいいなって思ってたんだけど。せっかく山に来たんだし、飛び降りかなぁ」
風を切るように胸倉を掴まれた。白い襟元が伸びる。
獄寺は今にも俺を食いちぎりそうな目付きをしていた。それを見上げる俺の目は、さぞ冷めていたことだろう。
「なんで……なんで、白蘭を殺したんだ。お前」
「白蘭に死のって言われたから」
獄寺の瞳孔が鋭くなった。殴る寸前みたいな緊張感をはらみながら、それでもこの男は理知的だ。ちょっと引くぐらいに。
殴りたいなら殴ればいい。理解できないなら離れればいいのに。今、この場から。
「だって、白蘭が心中しよって言うから」
ね、葵チャン。ボクと死のうよ。
感覚で生きる男が、思い付きで笑う。手を繋ぐのと変わらない唐突さで、白蘭は俺の首を触った。
別にいいよ。セックスに合意するように答えたのは、俺だ。
「でも、撃っちゃった」
ズバン、と。胸に悪い音がした。
煙と火薬くさい匂いと。その向こうで、白蘭が大きく目を開いているのが見えた。
「……うっちゃった、って。お前」
「あーあ、って思ったんだよね。その時に」
白蘭の体は簡単に傾いて、そのまま仰向けに倒れた。人形みたいに。
スローモーションのそれを見ながら、わかってしまったのだ。体中が空っぽになっていくみたいな、寒々しい感覚と一緒に。
「俺、死にたくないって思っちゃったんだな、って」
絶望的な瞬間だった。
こんな思いは久しぶりだった。親に捨てられた時も、路地裏で男に襲われた時も、初めて人を撃ち抜いた時も、おんなじような感覚は味わったけれども。
ああ、死ななきゃな。そうハッキリ思うほど、自分の存在理由を見失ったのは。
「ひどくない? 仮にも恋人に、心中しよって言われたのに」
「お前……」
「世界で一番好きだった。ホントだよ。いつか、結婚するんだって思ってた」
本当に、嘘じゃなかった。
こんなに全ての感覚が同じ人は初めてで、だからこそ感動したのだ。価値観も一緒だし考え方も大差ない。俺が右を選べば白蘭も右だったし、白蘭が左だという時は俺も揃って左だった。
それなのに。
「なんで、世界で一番好きなやつと死ぬより、生きたいって思っちゃったんだろう」
「……それが、普通だ」
獄寺が苦しげに言う。喉を絞められているみたいに、その口元が歪んでいた。
「生存本能だ。お前が、悪いワケじゃない」
「良い悪いの話じゃないよ」
俺は感覚で現実をはかる。だから、わかっていた。
獄寺に俺は殺せない。少なくとも、故意には。
「人間が高層タワーを作った時に、良い悪いの話なんて出た?」
神の領域を侵す行為にすら、善悪論は効果を持たない。
それと同じだ。俺は頭は良くないけれど、理屈なら多少は心得てる。
例えば、人間には染みついた反射がある、とか。
「だから、獄寺。今からする事も、獄寺が悪いんじゃないんだよ」
俺が袖の隠しナイフを抜くのと、目を見開いた獄寺が身構えるのはほぼ同時だった。俺が切りかかった瞬間に、その腕が反射でこっちを突き飛ばすのも。
安全対策も何もされていない高山の崖っぷちだった。神の領域に、人は柵など設けない。
俺の足は、実にあっさりと空に浮いた。
「……俺が、愚かなだけなんだよ」
風が耳を切る音。重力が体を一気に引きずり落とす感覚。最高に、気持ちいい。
俺の名を叫ぶ獄寺の声を遠くに、目を閉じた。