私のヒーロー

風の噂で聞いた。○年の懲役を終えて父が出所したらしい。それを聞いてからというもの、またあの夢を見ることが多くなった。出所した父の姿を実際に見たわけではない。けれど、父はまだどこかで生きているという事実が私を不安にさせた。いつか私の前に現れるかもしれないし、一生一人でなんとかやっていくのかもしれない。出来れば後者であってほしい。というか、父は私がどこにいるのか知らない筈だから、そんなことを考えること自体不毛だというのに。忘れないと。意識の端に追いやらなければ。こんなどうしようもない不安を抱えて生きるのは、もう沢山だ。

と、そんな風に父のことを考えてしまっていたのがいけなかったのかもしれない。ある日、事は起こった。

◆◇◆

一通りの情報収集を終えて事務所に戻ると、入り口の前に一人の男が立っているのが見えた。その風貌に見覚えはなく、不審に思う。こんな時間になんの用だというのだ。時刻はもう19時を回っていてとうに事務所の営業は終わっているというのに。男は扉の前で、何か考える素振りをしている。

「何してるんですか?そこに居られると中に入れないんですけど。あと、事務所に用ならまたの機会に。この時間帯は営業時間外なのでお引き取りください。」
「あ、ああ、すまない」
「いえ」

驚いた様子で振り返ったそいつは謝罪とともに扉の前から退いた。私は特に意識することなく鍵を開けて中に入り、内鍵を閉めた。今日収集した情報を整理するために作業部屋に足を向ける。その時ふと、振り返った拍子に見えたそいつの顔がよぎった。あの顔、どこかで。そう思って、思い当たる人物が浮かんでゾッとした。先ほどの男は確かに、記憶にある私の父の姿をしていた。最悪だ。まさか本当に遭遇するだなんて。自分の居場所は知られていないだなんてのは、甘い考えだったことを思い知る。私があらゆる手段を使って沢山の情報を集める様に、父だってきっと情報を収集していたに違いない。集めた情報の真偽を確かめるため、実際に訪れてみたというところか。それとも偶然ここに辿りついただけで、私のことは知らなかったとでもいうのか。何にせよ、お引き取り願ったのだから、奴が今日のところは帰っていることを祈ろう。冷や汗が出る。いつかの記憶が蘇りそうだ。そう思ってしまえば、仕事に集中なんてできるわけがなく、これからの事を考える余裕もなかった。

そんな時。 ピンポーン ドンドンドン
インターホンとノック音。まさか…。と思って無視することにした。電気は最低限、作業部屋でしかつけてない。その明かりが外から見えることはないから、ここに人がいるとは基本的には気づかない筈だ。さっきすれ違った男が帰って、この音が別人によるものであったとしても、今日はもう誰にも会いたくない気分だった。居留守を決め込む事にして、誰だか知らないが帰ってくれ、そう願うばかりだった。

暫くするとまた音がした。私の名を呼ぶ声がする。案の定それは父のものだった。お願いだから、その声で気安く私の名を呼ばないでくれ。さて、どうするか。夢の記憶が蘇りそうになるのを必死に振り払って考える。このまま無視を決め込むか、出るか。或いは窓から逃げるという手もあるけど、扉や鍵をこじ開けられて事務所内を勝手に物色されたときに困る。無視を決め込みたいのは山々だが、父が帰る気配はない。このまま居座られても困るし、何かされそうになったら個性を使って制圧すればいい。そう、あの時とはもう違うのだ。大丈夫。取り敢えず、扉越しで応じて帰るように言ってみよう。

「うるさいです。今は営業時間外なんで、用があるなら」
「凪!ずっと会いたかったんだ。お願いだから話を聞いてくれ!」

本当に。ここに私がいると、どこで知ったんだ。

「聞く話などないです。帰ってください」
「お前に謝りたくて、だから。な?家族だろう?」

癪に触った。家族、だと?どの口が言うんだ。私を私として見たことなんてないくせに。いや、それは違うか。父は母が死ぬまでは優しかった。母が死んでから変わってしまった。でも、今なら思う。あれは変わったのではなく、元の性格に戻っただけなのだ。だから母も、父と距離を置いていたのだろう。

「謝れば済むとでも?」
「とにかく、話を聞いてくれ!それまで、俺は帰らないぞ」
「じゃあ話してください。ここで聞いてますから」
「直接言いたいんだ!お前の目を見て」

いっても聞く気配はない。これはガチで面倒くさいやつだ。個性で無力化して帰らせても、私の居場所が割れている以上、またやってくるのは目に見えている。仕方ない。全く気は進まないが、私も向き合わねばならないことだ。盛大にため息をついてから意を決して言葉を発する。

「わかりました。じゃあ場所を変えましょう」

仕事に使う荷物を置いて、必要最低限の荷物を持って扉を開ける。目の前の男をできるだけ視界に入れないように歩いて、そこらへんのお店に入る。店員に席を案内され向かい合って座る。

「ご注文は?」
「烏龍茶一つ。お前は?」
「お構いなく」
「そうか。じゃあ、以上で」
「かしこまりました。」

私の明らかに不機嫌な態度を感じ取った店員は肩身が狭そうに去っていった。ごめんなさい。こんな気まずいとこに巻き込んで。本当に申し訳ないと思ってる。だから早々に済ませたかった。

「で?話とは?手短にお願いしますね」
「俺、お前に酷いことしただろう、だからその、謝ろうと思って。本当にすまない。痛い、辛い思いさせたよな。本当にすまなかった。ごめん。もうあんなことしないと誓う。本当だ。だからもう一度、一緒に暮らそう。」
「はぁ?」
「お待たせいたしました。烏龍茶です」

父はそれを受け取り、店員が去るのを確認すると話を続けた。

「父さん、働き口は見つかっても、どうも生活が厳しくてな。お前結構稼いでるんだろう?だったら、親孝行する気持ちで、なんてな。……ダメか?」
「話はそれだけですか?」
「え、ああ」
「では話は聞いたので帰りますね」

足早に席を立とうとすると、引き止められる。

「頼むよ。お前だけが頼りなんだ」

ハァ。一度座って、父だったものを見据える。怒りと哀れみとが募る。

「言っておきますけど、そんな胸糞悪いことは出来かねます。第一、親孝行だ?それならもうしたさ。あんたを殺さずにムショに送ってやった。それでもういいだろうが。わかったらもう二度と私の前に現れるな」
「そんなこと言わずに、なぁ頼むよ。もうあんなことしないから、信じてくれ」

性の玩具として弄んで、反省してると言いつつも今度は金づるとしてこき使うつもりなのかこいつは。身勝手にも程がある。ものすごく腹が立った。

「いい加減にしろよ‼お前は私をなんだと思ってんだよ!?」
「ど、どうしたんだよ急に。そんなのもちろん大事な娘に」
「頭トんでんのか!?その大事な娘に、お前は何をした!?」
「それは……、さっき謝っただろう?悪かったって。」
「そんな言葉だけの謝罪聞いたって、許せるわけねぇだろ」
「そんなこと言わずに、な?俺たちまだやり直せるだろう?」
「私のことを道具としか考えてない癖に、よくそんなことが言えるよな!結局何も変わってねぇじゃねぇか。……帰るっ」

苛立ちのあまりテーブルをガンッと叩き、声を荒げる。店内の視線を集めているのがわかる。嫌だ。早くこの場から去りたい。

「あ、おい待て!」
「離せよ!気安く触るな気持ち悪い!次私の前に現れたら、五体満足でいられないようにしてやる。」

精一杯のドスを効かせて言ってやった。静止なんて振り払って、私は店を出た。

「チッ。めんどくせえ」

私が去ったのを理解した父はむしゃくしゃした様子で頭を掻きむしる。そして携帯を取り出し、誰かに電話をかけ、一言。

「………ーー頼んだぞ」

この時、残された父が何を企てているのかなんて私は知る由もなかった。



◆◇◆

ふざけるな。結局のところ何も変わってなんかいない。あんな口先だけの謝罪で何を信じられるというのか。挙句に私をただの金づるとしか考えてない。向き合うどころじゃなかった。もうあんな奴は父親でも何でもない。ったく。二度とあの店には行けないな。父に場所を知られてしまった以上、事務所の場所を移すことも考えなければ。ああ、やることが増えた。走りながら、そんな事を考える。

思えば、こうやって動揺して冷静さを欠いていたことがよくなかったんだろう。警戒心も狂って、普段なら簡単に躱せる攻撃も避けられないくらいには、この時の私は油断していた。

息も切れてきたところで立ち止まって振り返る。追っては来てないみたいだ。息を整えつつ歩きに切り替える。こういうどうしようもない感情を抱えている時は、無性に彼の声が聴きたくなる。電話、かけてみようかな。掛けるだけ。どうせ出ないから、こんな夜中じゃ。通話ボタンを押す。3コールしても出ない。やっぱり寝てるか何かしら仕事してるよね。しょうがない、と電話を切ろうとした時。

「おい、お嬢ちゃん」

見知らぬ誰かに声をかけられて驚いたが、なんとはなしに振り返る。視界の先では男が笑って立っていた。ここで、怪しんで警戒しておくべきだったのに。

「なあ、暇なら俺と遊ぼうぜ」
「暇じゃないんで遠慮しておきます」

男に向けていた視線を戻し、前を向く。

「まあまあ、楽しいからよ」

いつのまにか私の隣に立っていたその男は、私の首に慣れた手つきで素早く腕を回す。反応が遅れて抵抗するも虚しく。男は私の首を締め上げた。あ、これは、やばいやつ。個性を使おうにも、気づいた時にはもう遅く。

「な、いいだろ?」

不敵な笑みを浮かべた男のその言葉を最後に私は意識を手放した。通話を切るのを忘れた携帯は、手から滑り落ちて地面に転がった。

◆◇◆

目が覚めるとそこはどこかの路地裏だった。人気がないし薄暗い。月明かりの薄い光が差しているだけ。ここに来るまでの経緯を思い出し、すぐに体が動くか確認する。しかしいくら動かそうとしても首から下の体に力が入らない。薬でも当てられたか、それともあの男の個性か。ご丁寧に猿轡までつけられている。声は出せてもこれじゃ大声で助けを呼ぶのは不可能。体に力が入らないこと、意識を集中させても空気の流れを感じることもできないということから察するに、今の私は個性も使えない。さっきの男の個性か。結構やばい状況だ。

私が目が覚めたことに気づいた影が近づいてくる。おかしい。さっきは私を襲ったのは一人だったはずなのに、一つ影が増えている。その正体がわかった瞬間、嫌な予感がした。怒りに顔を歪めた父が、私の前に立ったからだ。その少し後ろで、私を襲った男がうすら笑みを浮かべて立っていた。脂汗が滲み、心臓がドクドクと早鐘を打つ。

「動けないだろ。そいつは俺の個性、潜脳の能力。脳にハックキングしてヒト一人の体の自由を奪うんだ。つまり個性だって使えないようにできる。けけっ。……で、こいつどうすんだ」

父の隣に立っている男が、私に掛けられている個性についてご丁寧に教えてくれた。言われずとも何となく察しはついていたが、なるほど。口が軽い奴だと見た。警察に通報するときの足掛かりにんある情報をあっさり教えてくれるとは。男は私から視線を外し、父に私の扱いを尋ねた。

「決まってる。教えてやるんだ。俺をコケにしたら、従わなかったらどうなるかをな」

そう言って父は拳を振りかぶった。腹を、顔を殴られ蹴られ。その繰り返し。身体中に痛みが走る。私は今日の自分の浅はかな行動を呪いたくなった。今日は本当についてない。自分の未熟さにも腹が立った。だから私は、ダメなんだ。

「お前が、悪いんだっ……俺をっ、あんなとこに!、入れるから……!」

父は暴行するたびに私に何かを言っていた。責任を何もかも私になすりつける言葉をひたすらに吐き出していた。言い聞かせるように。一通りやり終え満足したのか、暴力の雨は止んだ。身体中が痛むし、頭はグラグラする。口内に鉄の味が広がる。

「これで終わりじゃないぞ。お前が大好きなアレをやろう。ずっと待ってたんだろう?なぁ」

父の口が弧を描く。だけど目は笑っていない。そうして父が私の服に手を伸ばしたのを認めた時、これからされる事を真に理解した。それだけは嫌だ。全身が粟立つのが分かった。昔の記憶と嫌悪感で胃の中にあるものがせり上がってきそうになる。涙が溢れそうになる。それでもここで流してしまうのは悔しくて、必死に耐える。

助けは呼べない。頼みの自分の個性も今は無力だ。これじゃあまた、あの時と同じだ。自分はただなされるがまま、感情を押し殺して耐えることしか許されない。そうやって地獄から解放されるのを待つしかない、ただの人形に成り下がるしかない。

服が引き裂かれる。それから下着越しに胸を揉まれる。体の自由は効かないのに、痛覚や感触だけが残っているのが嫌だ。気持ち悪くて反吐が出そうだ。いっそ全ての感覚を無くしてくれたらよかったのに。

「実の娘が親父に犯されてるなんて壮観だねぇ。」

ずっと傍観をつらぬいていた男が口を開いた。それで思い出したかのように父はその男に問いかけた。

「そうだ、お前はどうする。」
「お前の後でいいぜ。ただし、俺の個性も長くは持たないからな。早く済ませてズラかるぞ」
「ああ、分かった。」

そうしてまた続きが始まる。下着がずり下ろされ、胸があらわになる。直接揉まれたかと思うと、次は舌を出した顔が近づいて来た。いくら声をあげても、言葉にならない、誰に届くこともない。いやだ。汚い。気持ち悪い。恐怖と不快感と焦燥と共に、胃から迫り上がってくる何か。瞳から溢れそうになる何か。それでも、耐えなきゃ。だって、それ以外の選択肢を知らない。
いつもそうだった。助けてくれる人なんていないから。ヒーローも、近所の人でさえも。今回も同じだ。あの時のように耐えればいい、耐えるだけだ。そうすれば終わる。きっと。だから大丈夫。助けなんて来ないんだから。そうやって、諦めの覚悟を決めた時だった。

「なあ、こんな所で何してるんだぁ?俺も混ぜてくれよ」
「あ?誰だお前」

声のした方に視線を向けると、コツコツと靴を鳴らして、ゆっくり近づいてくる人影があった。闇に沈んではっきりしなかったが、月明かりに照らされればその風貌がわかる。

なんで、いるの。

その姿を認めた瞬間、堪えていた涙が溢れた。彼はそのままゆっくり私のもとへ歩みを進める。

「おい、邪魔すんな!こいつは俺と、うわ!」

私に馬乗りなっている父を片手で引き離して、彼は私の前にしゃがみ込む。床に投げ出された父は少し離れた場所で蹲り呻いている。しがらきは暫く私の顔を覗き込んで、それから。

「おい、ヘマはしないんじゃなかったのか」

そう言って猿轡に手を伸ばす。5指で触れて、崩壊させる。私の口は自由になった。

「しが、ら、き……なん、で」
「ほんと馬鹿だな、お前。そんなこと言ってる場合かよ。……どうしてほしい」

それに答えたら、君はその通りにしてくれるの。本当に?私は、君を頼ってもいいの。

「おい」

今更か。私はもう、何度も彼に救われている。

「っ……お願い、助けて」

かすれた声で言った。すると彼は、その目を歪めた。まるでその答えを待ち望んでいたかのように、笑ったように見えた。父たちの方へ向き直り、ゆっくりと近づいて行った。手始めに、私に個性を使った奴。そして、つぎに。

「なんなんだよお前。そいつの知り合いか?だとしても、俺はそいつの父親だ。娘に何をしようが自由だろ。邪魔するな!」
「呆れたぜ。この期に及んでそんな戯言いうなんてな。余計なもん二つも持ぶら下げてるのがいけないんだ。二度とそんな口利けないようにしてやるよ」

しがらきが個性で父の腕を崩壊させる。そして崩壊させた部分を切り落とした。最後に鳩尾を殴って気絶させた。終わった。もう、あいつは私に何もできないんだ。参ったな、自分で5体満足でいられない様にしてやるなんて言っておきながら。結局彼がやってしまった。巻き込んで、しまった。
しがらきがこちらに寄ってくる。コートを脱いだかと思うと、私にかけてくれた。その一つ一つの所作を目で追う。

「動けるか」
「むり。……体に、力入んない」
「しょうがない。黒霧を呼ぶか」

しがらきが電話で黒霧さんを呼びつける。黒霧さんがワープを使って現れた。この現場について何か言っているようだったが、その内容はあまり頭に入ってこない。
しがらきがなんとか私をおぶって、ワープゲートの中に入っていこうとする。意識が遠くなりかけてる。そのまえに、彼にこれだけは伝えないと。

「しがらき」
「なんだ」
「……ありがとう」
「フン。高くつくぞ」

小さく笑って、私は意識を失った。

◆◇◆

目が覚めると、ベッドに横になっていて、トガちゃんに手当てされている途中だった。

「目が覚めたんですね。もうすぐ手当て終わるので、とむらくん呼んできますね」
「ありがとう、トガちゃん」
「えへへ。なぎちゃんは特別ですよ。よし。できました。ちょっと待っててください」

トガちゃんは部屋を飛び出して駆けていった。「とーむらくーん」とトガちゃんの明るい声がうっすらと聞こえる。少しの間、一人の時間だ。試しに体を起こして体が動くか確認する。空気も感じれる。あいつの個性の効果は切れたみたいだ。ふう、と一息つく。とんでもない1日になってしまった。いろいろありすぎた。怖かった。しがらきが来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか。でも、しがらきにはあんな所見られたくなかったな。思い返して涙が滲みそうになったから、思わず膝を抱えた。

タイミング悪く、しがらきが部屋に入って来た。涙を膝に押し付けて、顔を上げる。

「もう起きたのか。調子は?」
「怪我以外はヘーキ。体はもう動くし」
「そうか」

沈黙。しがらきはベッドの端に腰掛ける。

「わたし、しがらきに助けられてばっかりだね。……ねえ、どうして助けに来てくれたの」
「お前の電話に出たら、会話の一部始終が聞こえてきた。大方面倒ごとに巻き込まれたんだろうって、お前の家と事務所にかけての道を探したら、お前の携帯が落ちてたからその周辺を探した。そしたらお前がいたからな。ほんと馬鹿だな」

思わず涙が溢れた。

「怖かった。……見つけてくれてありがとう」

泣きじゃくる。しがらきに縋り付いて、ただただ泣いた。しがらきはただそばにいてくれた。

落ち着いた。

「今日はもう寝ろ。」
「一緒に寝てよ。」
「けが人となんて勘弁してくれ」
「じゃあ、寝付くまでここにいて。一人じゃ寝れそうになくて」
「チッ、いてやるから早く寝ろ」

ベッドに横になって、彼の無造作に置かれた手を握る。その温もりを感じていたくて。どうせ眠ればすぐに解ける脆いものだけど。いまはすがりたい。

「ありがとう、おやすみ」

君は、やっぱり私のヒーローだよ。しがらき。

握り返された手の温もりを忘れないうちに、私は目を閉じて、ベッドに身を委ねた。

◆◇◆

「寝たか?」

しがらきはそう呼びかけて確認する。握られた手を握りしめる。しばらくそうすると、立ち上がって寝ている彼女の額にキスを一つ。

「おやすみ」

お前の眠りが、安らかであるように。
惜しむように手を離して、しがらきは部屋を後にした。

◆◇◆

次の日、目を覚ました私は改めて連合のみんなに感謝を伝えた。

「昨夜は本当にありがとうございました。お陰で色々と助かりました」
「あなたは我々にとって大事な人ですから。」
「凪ちゃん、怪我は大丈夫なのですか?」
「多分骨何本かいっちゃてるから今日病院で診てもらうつもり」
「凪ちゃんをいじめる奴は殺しちゃえばいいのです」
「そんなことしなくていいよ。気持ちだけ受け取っておく」


父とその仲間に関して、後で調べるとどうやら刑務所内で知り合い、私を襲う計画を立てていたらしい。父もそいつも頭のネジがイカれていた。この事件のことを聞きつけた警察が、私にも事情聴取を行なった。しがらきのことは伏せた。彼とのつながりを追求されるのは面倒だから。私は、怪我の回復を待つため、しばらく仕事は休業することにした。漢字ふりがな漢字ふりがな

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