ひなどりくんと店員さん
https://alicex.jp/emeraldboy/

#1



ー彼との出逢いはおおよそ一年前。その日の午後は生憎の天気だった。


お昼時のピークを終え一息吐きながらテーブルを拭いていると急に外からザアザアと激しい雨の音が聞こえた。
「あーらら、通り雨ですかね?これじゃあ、この後あんまり人が来ないかもですね」
店長に声を掛ければそうだねという返事と共に苦笑いが返ってくる。
客足が少なくなるであろうと分かっていてもただ突っ立っている訳にもいかず今のうちに片付けれるものはさっさと片付けてしまおうと清掃業務に専念した。

暫くするとカランカランとウインドチャイムの音が聴こえたのでいらっしゃいませの掛け声と共にドアに視線を遣る。
驚いた。一人の学生が酷く濡れた状態で立っていたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」
慌てて事務所に駆け込みタオルを探すも見付からず仕方がないと自身が持ってきたタオルを手に取り先程の学生の元へ駆け戻った。
「すみませーん、大丈夫ですか?これ使ってください」
「あ…、ありがとうございます…すみません…」
タオルを目にした彼は一瞬驚いた様子でこちらを見るもすぐに自身の状態を思い出したのか申し訳なさそうに手に取り顔、頭と隈無く拭き始めた。
近くで見ると中々の綺麗な顔立ちをした子だなあ。
そんなことを思いながら静かに見守ってると彼が口を開いた。
「あの、今日、大丈夫ですか…こんな状態なんですけど…」
てっきり雨宿りか何かで来たのかと思ったが、お客様だったか。
「ああ、はい、大丈夫ですよ〜。大丈夫ですよね店長ー?」
店長は指でOKサインを出すと厨房カウンターへ向かった。
「ではご案内致しますね〜、カウンター席とテーブル席御座いますがどちらに致しますか?」
「じゃあ…カウンター席で」
「かしこまりました〜、ではこちらのお席へどうぞ〜」

彼を案内しお冷とおしぼりを出したところで気付いた。
「そちらのジャケット、干しておきましょうか?」
すると彼は再び僅かに驚きこちらを見る。
「いいんですか…?」
「いいも何も、風邪引いちゃいますよ〜」
綺麗な顔立ちで控えめときたか。絶対モテるな、この子は。なんて思いながらお客様に風邪を引かれても困るのでその旨をやんわり伝えた。

受け取ったジャケットを干せばメニュー表を眺めている彼に話し掛ける。
「帰る頃には少しでも乾いてるといいんですけどね」
「あ、はい、そうですね…。ありがとうございます」
あまりにも控えめな様子の彼に妙に普段の自身を重ねてしまう。

「ごちそうさまでした」
律儀に手を合わせて言う彼に育ち良い子だねえと小声で感嘆を漏らした店長と同じ意見だと言わんばかりにわたしは大きく頷いた。

「あの、…すっごく美味しかったです」
お会計の際に熱っぽくも澄んだ眼差しで言う彼に思わず店長の顔を見れば店長もこちらを見ていた。
雨に濡れていた控えめな彼とはまるで別人の様に嬉々とした様子に釣られて嬉しくなってしまう。
「ああ!と、これ」
干したものの結局この短時間では乾ききらなかったジャケットを返さないわけにもいかず申し訳ないですと一言入れて彼に渡す。
ジャケットを受け取れば彼は大丈夫ですよ、と笑み代わりに先程のタオルをこちらに差しだしてくるので受け取ろうとしたがすぐに手を引っ込められてしまった。
「このタオル、濡れたままお返しするのも申し訳ないので家で洗ってからお返しします」
「ええ?そんな、大丈夫ですよ!」
タオルの一枚や二枚にそんな態々気を遣う程の事でもないと思うが気持ちは分からないでもないので彼の気遣いを汲みつつわたしはタオルを彼にあげることを提案した。
「代わりに、ていうのもなんだか変な話ですが…、また是非いらしてください」
彼が美味しいと言った眼差しはきっと嘘ではない。そして彼がお店に来ればお店側としても大変嬉しい。我ながらなんて名案だろう。
「はい!また来ます!」
そう答えた彼は年齢相応に笑っていた。


彼が帰った頃には、今と同じぐらい晴れていて、虹が出ていた記憶がある。


ーさて、そろそろ彼が来るかな。