「サンジくん、なまえのこと起こしてきてくれない?」

 麗しい我らが航海士ナミさんからのお願いに、いつもなら二の句も無しに承諾するが、今回はあまりに想定外の頼みに、はいと言いかけた口が止まった。


 なまえちゃんは朝が苦手らしい。

 冬島の海域に入って次の日の朝、飯の時間になっても姿を現さなかったなまえちゃん。どこか具合でも悪いんじゃないかと心配したおれを見て、朝が弱いだけよ。とナミさんが教えてくれたのは昨日のこと。

「いつもギリギリに起きるけど、寒くなっていよいよ起きられなくなったのね」

 やれやれと重い腰を上げる様子でドアへ向かったナミさんを見送ったのだがーー


「ロビンと私が起こしてもなかなか起きないのよ。サンジ君がいたらなまえも飛び起きるでしょ」

 意味深な笑みの理由を理解して、いつもの調子で「アイアイサー!」と答えた俺に、ナミさんは「女部屋で変なことしたら罰金ね」と釘を刺した。


 軽い足取りで女部屋へ向かいながら、寝起きのぼんやりした顔もかわいいんだろうなぁ…ついそんな妄想をして顔全体が緩む。

 なまえちゃんの笑う顔がみてぇな。
 そんな風に思うと自然と出てくるなまえちゃんへ送る賛美の言葉にも、いつも困ったようにへにゃりと笑って俯いちまう。何かまずいことを言っただろうかと焦ったが、俯いたなまえちゃんの髪からちらりと見えた真っ赤な耳が、おれから顔を隠す理由を教えてくれた。

 気づいてしまった愛しさは自分の内から更なる欲を生んだ。
嬉しそうに笑う顔も、驚き溢れる表情も、涙に濡れる頬も、怒った時の様子も、全て見たい。大抵君は顔を赤くして困ったように笑って逃げちまうんだが、それが分かっていても欲が抑えられない辺り、おれの騎士道も好きな子の前では酷く歪なものになってしまうらしい。


女部屋のドアの前に着くと、緩んだ顔を引き締めてドアを静かに叩いた。

「なまえちゃん、おはよう。朝めしできてるよ」

 やはり返事はなく、「入るね」と一言発した後、そっとドアを引く。

 太陽の光が差し込む中、布団に包まれて眠り続けるなまえちゃんの側へ静かに近寄り、穏やかな寝顔を覗き見た。
無防備な表情に心理的にも物理的にも距離が近くなったような気がする。
 柔らかそうな髪に無意識に手が動いて、頭の形をなぞるように優しく撫でた。

 きっと起きている時は真っ赤になって脱兎の如く逃げていくだろう。
つい笑いが声になって溢れちまいそうなのを抑え、逃げられないのを良いことに愛しい人の姿を堪能する。穏やかな寝顔は起こすことの方が罪のようだ。

 やや暫くそうしていると、なまえちゃんの手が空を彷徨うように動いた。

(ああ、起きちまうかな)
 残念…手を引こうとすると、彷徨っていたなまえちゃんの手がおれの手をゆるりと掴んで、そのまま擦り寄るように彼女の頬に充てがった。

唇が、吐息が肌を掠めて、心拍が一気に上がる。

「ずるいなぁ…」

 いつもとは逆転した形勢にそうひとりごちて、掴まれていない手で額を覆う。

 俺の手を引き寄せたまま眠り続ける彼女にさて、こちらはどう出ようか。

 まだ伝えるには勿体ない。
この曖昧な焦れた関係をもう少しだけ。
おれの我慢がきくかはしらねぇが。

「ーなまえちゃん、朝だよ」

 

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