「なまえちゃん、それ…虫刺され?」

 昼食の片付けを手伝っていると、サンジが自身の首元に、とんとん、と指を向けてそう尋ねた。

 言われてみれば確かに、今朝からなんとなく首がむずむずとして気になっていたのだ。

「うそ、刺されてる?」
「うん。ここ、赤くなってる」

ちょっとごめんよ、そう言ってサンジの人差し指が触れた場所はちょうど鎖骨の上あたり。

「昨日の島で刺されたのかなぁ。雨上がりだったし、わたし刺されやすいんだ」

ひどく痒いわけでもないし、放っておけば治るかなって思ったけど、サンジはわたしの首に触れたまま目を逸らさないでいる。下から覗いた顔はいやに真剣だ。

そんなに腫れてるのかな…?少し不安になって、口を開こうとしたとき、ふと、金糸の髪がゆらりと動いた。

視界の端に移動した形の良い頭。ちゅ、という音。首に感じる柔らかさとちくりとした淡い痛み。

「!?!?!?っさんじっ…!?」

 その行為が何か分からないほど子どもじゃないし経験が無いわけじゃないけど。

平然としてられるほど大人でもない。

 思考回路がうまく機能してくれず唇をただぱくぱくと動かすだけのわたしに、なんだか満ち足りた顔をしたサンジが「顔、真っ赤だよ?」と白々しく尋ねた。

「誰のせいだと…!?まさか…あと、つけた…?」

サンジが見える場所に痕を残すことはこれまで無かったけれど、わたしの感覚は予想通り。

「うん、でも大丈夫」
 
 我ながらなかなかうまく付けられたんだ、サンジがもう一度、鎖骨の少し上を緩く愛おしそうに撫でるから。
 更に上昇していく体温を何とかしたくて、慌ててそこを手で隠してばか!と悪態をひとつ。
「ごめんごめん」と眉と目尻を下げて嬉しそうに笑うサンジ。
なんでそんなに嬉しそうなんだ。その不満をじとっと睨んだ視線に込めて、わたしは急いで部屋の鏡台へと向かった。


「…虫除けに効くハーブがあるとか言ってたな、ロビンちゃん」
少し分けてもらおう。サンジが新たに咥えたたばこからは、ハートの煙が器用に燻っていた。


「あ、あれ??」

 静かに覗いた女部屋には運良く誰もいない。この隙に、と鏡に向かえば、たしかに鎖骨のあたりに赤みが広がっているけど…
 じゃあサンジに付けられた痕は?と聞かれると即答できないくらい、虫刺されの赤みとうまく同化していた。よーく見れば違和感を感じる程度だ。

「これ、どうしよう…」

 隠す方が怪しまれるような気もするし、隠さないでいればばれない保証もない。

 しばらく答えが出せないまま、鏡とのにらめっこが続いた。

 

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