はい、
唐突に差し出された、シンプルなラッピングが施された箱。

「なまえちゃん…、これ!もしかして…!?」

「うん。バレンタインのチョコレートだよ」

「お、おれに!?!?!?」

短くうん、と答えたなまえちゃんに、嬉しさのあまり緩みまくる涙腺と表情筋。

「あ、ありがとう!なまえちゃん!!おれは、なんて幸せ者なんだ…っ!!」

「おおげさだなぁ」

ラッピングを丁寧に取って箱を開けると、中には少しだけ形が不揃いのチョコレートが丁寧に並べられていた。

「…もしかして、手作り?」

なまえちゃんは照れ臭そうに首を縦に振った。

「昨日の島でチョコレート買おうと思ってお菓子屋さんに寄ったんだけど、手作りできるってイベントがやってて。思いつきで参加してみたんだ」

初めて作ったからおいしいかどうかわからないよ?と言ったなまえちゃんの言葉が、拡声器でも使ったかのようにおれの耳を貫く。


なんてことだ…チョコをもらえるだけでも泣くほど嬉しいのに、更にそれが”なまえちゃんが初めて作ったチョコ“だなんて。こんなに幸せな日があっていいのか…?

落とさないようにチョコの箱をテーブルに置いて、なまえちゃんを両腕の中に閉じ込める。

「…本当に、くっっっそ嬉しい…!なまえちゃんが作ったものなら,どんなものもうまいに決まってるさ。だっておれへの愛が詰まってるだろ?」

はいはい、と流すように返事をしておれの腕に顔を埋めたなまえちゃん。
腕の間から見えた形の良い耳はピンク色だ。

かわいい…
いつだか、人間の心臓は動く回数が大体決まっているってチョッパーが言ってたな。
だとしたらおれはきっと早死にだ。

「食べるのがもったいねぇが、今すぐにでも食べたいし…おれは…どうしたらいいんだ…っっっ!!!」

「食べてくれた方が、作った方は嬉しいでしょ?」

「…なまえちゃんの言う通りだ。少しずつ、大事に食べるよ」

いただきます、と伝えて口に含むと、甘すぎないチョコレートが口の中で溶けて、カカオの深い香りが鼻へ抜ける。

「うまい!!!風味も食感もすごくいいし、味のバランスも絶妙だ。カカオの香りもよく引きたってる。初めて作ったなんて思えないほどだよ」

なまえちゃんは安堵したように息を吐いた。

「よかった…ナミとロビンに味見はしてもらってたけど、やっぱり一流のコックさんに食べてもらうのって緊張するね」

「えっ、」

「?どうしたの?」

「あぁ、いや!なんでもないよ!?…そうだ、少し早いけど、二人でお茶にでもしないかい?今日はおれからも、なまえちゃんへスペシャルバレンタインスイーツを用意してるんだ」

あ、あぶねぇ。つい心の声が漏れるところだった…
未だ不審に感じている様子のなまえちゃん。
気を逸らそうと提案したティータイムだったが、これがなまえちゃんには逆効果だったようだ。

なまえちゃんは半眼でおれの方を見たかと思えば、テーブルに置いたままのチョコレートを手中に納めた。

「サンジ、何か隠してるでしょう。言わないと、チョコは没収」

「えぇ!!そ、それだけは…!!」

何とか返してもらえないかとなまえちゃんに手を伸ばすが、さっと身を躱し、なまえちゃんごと遠ざかるチョコ。

真一文に結んだ口はなまえちゃんが譲らない証だ。


「…笑わない?」

「笑わないよ」

「呆れない?」

「それはわからない」

「えぇ…」

「嘘だよ」


観念して、おれが一番最初だと思ったから、と情けなく溢した本音。

「なまえちゃんがおれのために作ってくれたってだけでもすげぇ嬉しいのに、君が作ったものは誰よりも先に食べたかった、なんて思っちまったんだ…クソわがままだろう?」



静寂から、ふふっ、と聞こえたかわいらしい笑い声。

罰が悪くて「笑わないって言ったのに…」と小さく悪態をついて見るけれど、しょうがない。
自分でも笑えてしまうほど女々しい。

「ごめんごめん、サンジがかわいいから」

「男にかわいいは…あんまり喜べないな」

なまえちゃんは、抱えたチョコの中から手に取ったひとつをおれの口元まで運んだ。
あーん、と促されるままに開けた口に、白くて華奢な指が触れる。

「サンジのそういう子供みたいなところ、結構好きだよ」

先ほどと同じ甘さのはずのチョコが何故かとびきり甘く感じたのは、頬を薔薇色に染めた魔法使いの仕業かもしれない。

 

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