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初夢
「…う…んん…」
あれ…、ここ…どこだ…?
確か、甲板でみんなで飲んでいたはず…
「なまえちゃん…?」
密かに思いを寄せている人の声に、閉じていた瞼をゆっくりと開くと、暗闇に慣れた目が捉えたのは、わたしを組み敷くサンジの姿。
全く覚えのない状況に頭上に疑問符を浮かべていれば、優しい笑みを浮かべたサンジの顔がゆっくり降りてきた。
((っっ…!ちょっ…とまってっ!どういう…!?))
混乱と制止の言葉は音にならず、止まって欲しくて伸ばした手は、大きな手と長い指に捕らわれシーツに緩く縫い付けられる。
何故か抗うことも叶わずに、落とされる薄い唇。身体を撫でる熱を帯びた指。
ぞくり、ぞくりと迫り上がる快感に呼吸が乱れて。それを整える間もなく与えられる刺激に、何度も頭が真っ白になった。
「んんっ…!あっ、…まって…ねぇっ」
ようやく口を出た言葉が届いたのか、ぴたりと動きを止めたサンジが、手の甲でわたしの頬を撫でながら言った。
「こんなに乱れちゃって…かわいいなぁ…」
もっと、よくしてあげるね
夜の海のような色の目が愛しそうに細められて、わたしは思わず息を詰めた…
「なまえ!…なまえってば!」
自分の名前を呼ぶ大きな声がして、勢いよく起き上がれば、何やら心配そうに眉を寄せたナミの顔と、見慣れた部屋の壁紙が目に映る。
「…なみ?」
どくどくと未だに煩く鳴る胸の音。
落ち着かせるように息をゆっくり吸って、吐いて。
「…大丈夫?なんかうなされてたわよ?」
「う…うん…。ちょっと…夢見が…」
「あら、それは…年初めなのについていないわね」
ロビンが持ってきてくれた水を、お礼をいって一気に煽ると、ようやく頭と目が冴えてくる。
((〜〜〜いったいなんて夢見てんだわたしは!!!))
しかも初夢で…。思い出すだけで身体中沸騰しそうだ。恥ずかしくて溶け出しそうなほど熱い顔を、半身を折って布団に埋めた。
すると顔を埋めている布から、自分のものではない香りがすることに気づく。
不思議に思って持ち上げたそれを見て、なるほど、原因はこれか…と一人納得をした。
「これ、サンジの、だよね…?」
嗅ぎ慣れたたばこの匂いは紛れもなくサンジのものだ。
夢の原因は理解したけど、何故わたしがサンジのスーツを持っているのだろうか…?
「ああ。なまえが甲板で寝ちゃった時にサンジくんがかけてくれたんだけど、ベッドに運んだ後も離さなかったからそのままにしておいてってサンジくんが置いていったのよ」
「そ、そうだったんだ…」
ナミとロビンの視線がなんだか生暖かくて居心地が悪い…。察しの良い彼女たちにはわたしの気持ちなどお見通しのようだ。
二人の視線から逃れるようにスーツのシワを手で撫でてみたけど、しっかり抱え込んで寝ていたようで、簡単には伸びそうになかった。
サンジのスーツを片手にダイニングの扉と戦うこと、数分。
扉越しに聞こえるのは、いつも通り賑やかに食事をするみんなの声。
もちろんその中には、忙しなく働いているサンジもいるわけで…。
((大丈夫…!!普通に!普通に接すればいいのよ!))
「なまえちゃん?」
「ひぇっ!?」
ええい!と勢いに任せて扉を開けようと、すっかり温まったドアノブに手を掛けたとき、突然後ろから聞こえてきた声。
「さ…さんじ…!!?何でここにいるの!?」
「え、いや、部屋に忘れたものがあって取りに行ってたんだけど…」
慌てふためくわたしを見て、サンジは不思議そうにしながら、中入らないの?と扉に指を向ける。
数分の葛藤の甲斐もなく呆気なく現れたサンジに、わたしは一つ息を吐いた後、そうっと持っていたスーツを差し出した。
「あの、昨日はこれ貸してくれてありがとう…」
「ああ、どういたしまして。風邪引かなかった?」
うん、と首を縦に振ったわたしを見て、よかったと安堵したように笑ったサンジは、でれっと更に目尻を下げて
「だけど、昨日のなまえちゃんも一段とかわいかったなぁ〜♡」
と身体をくねらせた。
かわいい…
いつも息を吐くようにサンジの口から発せられる、かわいいとか素敵だとかいう言葉。
ナミにもロビンにも、なんなら世を歩く全ての女性に向けられていそうなサンジの「かわいい」が、今日は聞き逃せずに、わたしの体温を上げる。
「…なまえちゃん、やっぱり具合悪い?」
黙ってしまったわたしを心配したのか、サンジはそういって腰を折ってわたしの顔を覗き込んだ。
ばっちり合ってしまった目線と一気に近くなったら顔の距離。
「…っっ!!いやっぜんぜん!!だいじょうぶだよ!?」
更に赤くなった顔がバレないように慌てて後退して、思いっきり首と手を横に振る。
…サンジの一挙手一投足が今日見た夢と重なってしまう。
一刻も早くこの場から逃げ出したい気持ちで「ほ、ほら、早くご飯食べに行かなきゃ…」と促してみるも何やら考え込んだサンジは動かなかった。
「ちょっとごめんね」
その言葉の後、頬にぴとっとくっついたサンジの手の甲。
身体も思考も固まって、ただ思い出すのは愛しそうに目を細めて頬を撫でるサンジの姿。
「んー…、やっぱりちょっと熱いんじゃないか?無理しないでチョッパーに診て…ってなまえちゃん!?」
ガクッと膝の力が抜けて、支えるために慌てて伸ばされたサンジの腕。
掴まれた腕から伝わるサンジの手の感触がわたしの心臓に追い討ちをかけて、ぷつっと、限界値を超えたような音が聞こえ気がした。
「〜〜〜〜サンジの、ばかあああぁぁぁっ!!あほっ!どんかんんんんんっ…」
「えっ!?なまえちゃん、泣いて…!?」
ぽろぽろと落ちる涙といっしょに脈絡もなく悪態を吐くわたしに、サンジは目を丸くしてわたわたと手を宙に彷徨わせている。
「サンジのせいなんだからね…!サンジが夢に出てきたりするから…」
「えっ…」
ぴたりと動きが止まったサンジに、わたしはしゃっくりと一緒にたくさん吸い込んだ空気を、言葉と共に吐き出した。
「意識しちゃうじゃんかぁ!!!ばかぁっ!!!」
そう言い捨てて、女部屋の方向に全速力で走る。
サンジは何か言ってたようだけど、脚を止めている余裕などあるわけが無かった。
「さっきから何やってんだ?おまえら」
ダイニングの扉から顔を出したウソップが、扉の前で立ち尽くすサンジの背中に声をかける。
「おーい?サンジくーん?」
何の反応も示さないサンジを不審に思ってぐるりと前に回ってみれば、彼は口元を押さえて何かに耐えているようで。
「おっ?なんか顔赤くねえか?風邪かぁ?」
「うるせえくそっ鼻。ほっとけ」
「えええええっ…?」
誤魔化すようにタバコに火をつけて、ダイニングに戻ったサンジを待っていたのは、面白そうに緩ませた仲間たちの視線であった。
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