死なない君が欲しかった
「何を祈ってる。」

 振り向くと壁にもたれ掛かりつまらなさそうな顔をしたビヨンドがいた。

「うまくいきますように、って」
「神頼みしなきゃいけないくらい俺は頼りないか?」
「違うよ。ただ、私にはこれしかできないから。」

 無意識に私は十字架を強く握る。けれどビヨンドは余りお気に召さなかったみたいだ。

「強いビヨンドには必要なかったね。私は弱いから……もっと大きなものに頼るしかなくて。」

 ビヨンドの顔を見たら泣くのは分かっていた。だから私は顔を伏せた。ベタベタと足音が聞こえ、私の隣まで来るとビヨンドは座った。手には苺ジャムの瓶があった。

「食べるます?」
「私はジャムだけなんて食べれないよ」

 苦笑しながらビヨンドと同じ目線になりたくて私も腰を下ろす。私の返答を気にせず、口の端を吊り上げまたジャムを手ですくい食べ始めた。

「……俺は、この目で見えないものは信じない。だから神とか、そんなものも信じない。」
「え?……あ、ああ。うん、ビヨンドらしい。」

 一瞬何の話かみえなかったが先程の話だと理解する。心の中でその言葉を復唱し、確かにビヨンドらしいと密やかに笑った。

 ビヨンドは何でも器用にこなせる人だ。対して私に出来ることは小さな事で、多くもない。その事実に私は引け目を感じていた。

「そんな事よりお前は自分の心配でもしてろ。あのLがこの事件を解くんだ。第一の殺人はお前も関わってる訳だし、容疑を掛けられるのは困るだろ。」
「でも大丈夫だよ!私……ほら、運良いし!」

 私は努めて明るく振る舞った。
 捕まるとか、そういった事に関して別に問題はない。嫌なのは私が原因で捕まってしまう事だけだ。

 私の発言から何かを推し量る様にビヨンドは眼力を向け、そしてにやりと笑った。

「お前……思考を途中で止める癖があるな。」
「え、……?」
「…………。」

 ふっとビヨンドの表情から感情というものが無くなった。
 かと思えば伏し目がちに何かを考えるように手を口にあてた。

「そこが良いところなのかもしれないが……。」
「ビヨンド?」

 ビヨンドの瞳が揺れた──様な気がした。

「そうだな。大丈夫か。意外に芯があって強いし、何があっても大丈夫だな。」

 ビヨンドはまた何時もの調子でキャハハハと笑うと私の髪を乱暴に撫で回した。

「わっ、もう……!」

 朝整えた髪は一瞬にしてぐちゃぐちゃになる。でもこの何でもない仕草が久し振りで、嬉しくて、おかしくて……私は堪えきれずに髪を整える振りをして少しだけ泣いた。

 大丈夫。

 そう、

────ビヨンドがいなくなっても?

 ビヨンドは行ってくると言って家を出た。
 私も行ってらっしゃいと言っていつも通り見送った。

 それから何日も経ってビヨンドが捕まったと報道され私は驚いて思わず拘置されている刑務所に行った。久々のビヨンドの顔や体には火傷の痕が酷く、見た瞬間息をのんだ。目を逸らしたくなる程の痛々しさだった。

 だけど生きている。
 こうしてまた会えた!

「笑いに来たのか。」
「違う。会いたかったの。私はただ」
「俺は会いたくなかった。」

 掠れた声で、そう言った。
 冷めた目が私を見つめた。

 それだけで私は何も言えななってしまう。

「捨てたんだよ。もう来るな。」

 面会はビヨンドによって終えられた。


 来るなと言われた事には悲しかったが、それでも彼が生きている事は何よりもの私にとって救いだった。私は毎日刑務所に手紙を送り続けた。内容はその日あった些細でたわいもない話や思い出話で、返事なんてものは最初から期待してなかった。送る相手がいる、それが私の喜びだった。

 なのに、

 初めての刑務所からの手紙は、ビヨンドの死を告げるものだった。

「……キラですか?」
「恐らくそうでしょうね。彼の死因は原因不明の心臓発作でした。」

 霊安室に案内されると真ん中にはビヨンドが横たわっていた。あいかわらず火傷の痕は痛々しかったが、表情は穏やかだった。

「あの……少しひとりにさせて下さい。」

 看守が頷き扉の閉まる音が聞こえると、私はビヨンドにすがりつき泣き腫らした。
 優しい人では決してなかった。
 どんな理由であれ人を殺すなんて許される事ではない。
 ビヨンドは死に恐怖はないと言っていた。目的の為ならどんな結果になって良いとも。

 でも、私は、

 どんなかたちであれ、貴方に生きていて欲しかった。

 本当は全てうまくいきますようにだなんて、祈りたくはなかった。
 そして私はようやく自分の愚かさに気付いた。

 遺体の引き取り手続きを終えて毎日欠かさず送った封の開いた手紙を受け取った。これがビヨンドの遺留品の全てだった。

「……大丈夫ですか?」

 先程の看守が尋ねた。
 目は熱をもって熱いし、鼻は赤く顔はぐちゃぐちゃだろう。看守の気遣いにまた落ちそうになる涙を、なけなしの意地でぐっと堪えた。

「大丈夫です。」

 私は弱々しく笑った。

「彼も、私なら大丈夫と言っていたので。」


 あの時、ビヨンドの瞳が不安そうに一瞬揺れていた。
 ビヨンドが何を不安要素としていたのか、それは私には分からない。

 でも確かなのは竜崎ルエでも、Bでもなく、

 私の隣で頭を撫で大丈夫だと言ってくれた、ビヨンド=バースデイという男に、こう言うべきだったのだ。

ただ、「あなたがしんだらかなしい」と。


END

20180323

愛してなじって罵って