毒を煽って嗤いましょう
「命ってのはどうでも良い奴には無駄に頑丈で、執着する者には呆気なく脆い物らしいな。」

 チョコラータはベッドに座った女を上から見下ろした。点滴の針が刺された腕は真新しい切り傷と、赤・青・紫の痣が若い女の白い皮膚に幾つも浮かび上がっていてそれらが水彩画の様に鮮やかに映えていた。

「私はそのどちらでしょうか。」

 女はゆっくりと顔を上げると痙攣した様な歪な笑みを浮かべたが、直ぐにそれは苦痛の表情へと変わった。折れた頬骨の痛みが出ているのだろう。それと同時に黒目がせわしなく動きまた焦点がチョコラータに当たり、定まる。

「分かりきった質問をされるのは嫌いなんでね。」

 興味の欠片も無い冷めた目を向けた後、チョコラータは椅子に腰を下ろした。

 女が一週間と間を空けて病院へ運ばれなかった事は無い。内容は多量出血による意識不明や栄養失調、骨折が理由で自分から来たことも何度かあるが、病状は大抵同じ様なものだった。
 本人ははぐらかしているが出血の要因を作っているのは彼女自身で、自傷行為を止められない精神病患者である事は腕のためらい傷からして明白だった。肯定をしないのは自分のなけなしのプライドか……。

 チョコラータは今までの彼女のカルテを見てフンと小さく笑った。

「命は雄弁なのだ。……知っているか?」

 女は分からないと頭を振った。


 本来自分では届く筈の無い所ににある痣。彼女の意志のない所で折れた骨。通常より萎縮した脳。
 それらを作り上げた人物こそ女を苦しめているものなのだと言う事はチョコラータにとって容易に理解できた。

「お前に足りないのは武器じゃあ無い。……人を殺す力だ。」

 恋人の愛の囁きの様に、チョコラータは女に顔を寄せて優しく語りかける。しかしチョコラータにとってその言葉は優しさでも何でもない、ただの気まぐれであり暇潰し為の話でしかないのだ。……相手の心を強く揺さぶる、甘く毒々しい言葉とも知らずに彼は囁き続ける。

「自分に向けているその刃物を、相手にそっと向けてやればいいんだ。」
「相手……?」
「生きてるって感じるのは、何も自傷行為だけじゃあないって話だよ!」

 ウクク、とチョコラータは笑う。

 その言葉で女の目に微かに光が灯ったのが見てとれる。そこからチョコラータは何時かの自分を見た気して、目を細めた。

「強者は……弱い奴らを支配してもいい資格があるのだ。さて、お前はどちらを望む?」
「分かりきった質問は嫌いなのでは。」
「分かりきった質問をするのは好きなんだ。」

 女はチョコラータをじっと見つめなる程、と呟いて点滴の針を抜いて立ち上がった。今度はチョコラータが見下ろされる形になる。

「それで?先生。具体的にはどうしたら?」

 新しい玩具を見つけた子供の様に微笑む女にチョコラータは自身の名刺を握らせた。そこには名前と、男のプライベートクリニックの住所と電話番号が記されていた。

「今日の10時、ここに来い。好いもの魅せてやる。」

END

20180518
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愛してなじって罵って