マルガリータに捧ぐ
2956

 路地裏にひっそりと佇むバーに足を運ぶ。細くて人ひとりが通るのが限界なそこの階段は、イタリア人の長い足に合わせているせいで私には段が急だ。ヒールを履いているので壁に手を置いて降りていく姿は不格好だが、こんな窮屈な所にあるとは知らなかったのだ。仕方ない。

 するとぎこちない私の影と重なるように、大きな影が私に重なった。革靴の音はどっしりしていて、音の主は男なのは明確だ。次第にその人は私に追いついた様なのか、私が降りるのと同時に革靴の音も遅れて聞こえる。申し訳無さからくる、居心地の悪さに私は体を横にし、通りを作った。


「どうぞお先に」

 男性に視線を向けると拳銃が私に向けられていた。

「誰の指示か、心当たりがあるだろう?」

 死因は銃殺。


******
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 …………なんて。

「ありがとう。」

 拳銃なんて似合わない優男の紳士は柔らかく微笑むと階段を降りる。私はまたゆっくり降りていくと先程の男性がドアの前で待っていた。

「どうぞ、シニョリーナ」


 店内に入るとウエイターが席を案内してきたので私は名前を名乗り、待っている人がいる筈と伝えると直ぐに案内してくれた。奥の席の証明が少し入りにくい所、そこにチョコラータは座っていた。


「どうしたの、スーツなんか着ちゃってらしくない。」
「医者の時は着てたじゃあねーか。」「でも辞めてからは初めて見た。」

 私の言葉を受け流し、チョコラータはウェイターに目を向ける。少しすると私を案内したウェイターは二人分の前菜と、私の前にお酒を置いて行った。

「……なんだ、もう注文は済んだのね。」
「お前が来るのが遅い。」
「ややこしくて迷ってたの!電話かけてもすぐ切れちゃうし。」
「おっと悪い、そういえばここ圏外だったな。」

 ちょっとしたじゃれあいのつもりが、このままでは本当に愚痴っぽい話になりそうだったので私は数秒間グラスの中の液体を見つめ、そうしてぐっとお酒を煽った。

 お酒が舌を通過し喉を通る。その瞬間に体が違和感に気付く。人間は体に有害なものを知らなくても、臭いや味で察知できる。塩素の臭いや塗装のシンナー臭を不快に思う、まさにそれだ。

「あがッ……!………!」

 好きな人の前で私は構わず嘔吐いて出そうとするが、出てくるのは唾液だけ。顔が焦りで体温が上昇するのに対して体は自分のおかれた恐ろしさでスッと冷えていく。

「なんだ?気分でも悪いのか?」

 死因は毒殺。倒れる最後に見たのはチョコラータの笑みだった。



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 そんな私の想像とは裏腹に、出されたマルガリータは良くある、抜きん出て美味しいとも不味いとも言えない普通のものだった。

「私を酔わせていったいどうするの?」

 軽く笑いながらカプレーゼをつまむ。チョコラータはさあなとあしらうだけだ。その声色や表情で私はようやく、今日のチョコラータの機嫌が良い事に気付く。

「明日の夜は……仕事だ。暫く二人で食事をとれてなかったからな。どうせならこのまま俺の家に来ると良い。」
「……ほんとうに今日はどうしたのよ。」

 じっとチョコラータを見つめながら、私はこの先の事を考える。

2959 死因は銃殺。席に立ち上がった瞬間にチョコラータが頼んだパッショーネの者によって殺される。

2960 死因は爆死。先に乗っていた車に爆薬が積まれそれが着火。

2961 死因は斬殺。チョコラータ宅で眠ったところをわざと苦痛を伴う形で虐げながら殺される。

2962 絞殺。2963 転落死。2964 生き埋め。2965 撲殺。2966 2967 2968 2969…………………

…………………………
………………
…………



 こうして彼に殺されるシミュレーションを何度もしている。いつ殺されても良いように……覚悟の様なものだった。
 私は、私を殺さないチョコラータを愛おしく想いながらも、いつまで経てっても殺さないチョコラータにどこか失望していた。


 ベッドの上でチョコラータに跨がり思いのままにキスを交わす。苦しくなって顔を離したとき、私はチョコラータに気になっていた事を投げかけた。

「さっきのお酒……あれは貴方から私へのメッセージ?」


 チョコラータは不敵に笑った。

「そんな事考えてるヒマがあったらもっと腰ふって私を誘惑してみたらどうだ?」



3044 腹上死

END

20190518
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愛してなじって罵って