仗助
短冊を前にしてウンウンと唸る。
同級生がボランティアとして手伝いをしている老人ホームに、買い物途中の私が通って声を掛けられた。なんでもちょうど明日の七夕の為に皆で願い事を書いていたところだったみたいで、私も書いて欲しいと半ば強制的に短冊とペンを渡された。
「こういうのは多い方が良いでしょう?」友達は笑った。
別に願い事がないわけでは、ない。ただこの短冊にどれ程の本気をのせるべきなのかが分からない。まず思い浮かんだのが「両思いになれますように」。……ダメだ。この友達に見られたらマズい。
なら「石油王になりたい」?……そんなの寒すぎるし、如何にも適当な感じでここの人達に失礼な気がする。
悩んだ挙げ句に私は「素敵な出逢いがありますように」なんて、無難すぎて織り姫も彦星も白けるような願いを短冊に書いた。
「あ!ありがとー!じゃあ適当に飾って。ごめんねなんか。」
「いやいいよ…。」
「あ!ねー、仗助ー!」
驚いて振り返ると仗助くんが確かにいた!柵を挟んで友達が呼び掛けると仗助くんもそれに手を振って応えた。それから私にも気づき、棒立ちの私にも名前を呼んでくれる。
「仗助も短冊のお願い書いて!」
「お願い?……オレそういうの苦手だからな〜、パス」
困ったように、照れた感じで苦笑した彼の顔が私に向けられる。
「アンタは書いた?」
「う、ん。えっと、さっき。」
「マジか〜〜。何て書いた?」
「恥ずかしいからそれは内緒!」
思わず口調が強くなる。だってその場しのぎの願い事を言ったら勘違いされてしまうから。本当はもう、とっくの昔に素敵な出逢いが私にはあったのに。
露伴
商店街の一角に大きな七夕用の笹が置かれていた。枝先の方に短冊が多く掛けられ、七夕前夜ともあってどの枝も頭が垂れ下がっていた。下には長テーブルに幾つかの短冊とカラーペンが散らばっている。
僕はついつい好奇心から皆の短冊に書かれた欲望を覗いてみる。それに僕は少年コミックの漫画家だ。少年達の願いを知ることは大切だろ?なんて、心の中で言い訳じみたことを言ったりして。
その中で僕は見慣れた字と今最も大好きな名前が書かれた短冊を見つけた。間違いない、彼女が書いた短冊だった。躊躇なく願い事をみると、デカデカと「美味しいものが食べれますように」となんとも彼女らしい願いだった。些かがっかりした気持ちで短冊から手を離そうとした瞬間、そこで僕は裏に何かと書かれている事に気がつく。
「もう誰も死にませんように」
ひっそりと裏に小さく書くことしかできなっかた彼女を思い図って胸が痛む。
────またこの町に、夏がやってくる。
チョコラータ
日本食が食べられる店にチョコラータを誘って行った。最後の如何にも日本風をかたどった様な形のドルチェが運ばれると、一緒に短冊を2枚テーブルに置かれた。
「最後に願い事をお書きになって、あちらの木にお掛け下さい。」
あちら、とさされた入り口付近には巨大な観葉植物があった。入ったときに色とりどりの紙が掛けられていて不思議に思っていたがあれはそういうことだったのか。
「願いったってな…。フツーは何を書くんだ?あれだと他人が見るだろう。」
「恋愛だとか健康が多いかな。どうしよう…あ、善良な医者と結婚できますように。」
「なんだぁ?オイ、医者っていうのはな、善良だから医者をやってるんだ。」
最もだった。目の前の男以外は。
会計を済ませ私達は短冊をなるべく奥の方に掛けた。チョコラータが書いたのか気になって見てみると「景気が良くなりますように」と書かれていた。彼の中の当たり障りのない願い事を考えた末がこれかと少し笑える。
ふと私達の後ろを困ったように右往左往する少年がいた。私はごめんねと謝り体を端に寄せる。けれども少年は短冊を飾ろうとしない。
「お姉さんが掛けてあげようか。どこが良い?」
目線を合わせてそう言ってあげるものの少年は困った顔をして首を振るだけだった。
少年の意図が分からず私の方も困惑していると、目の前のその子がふわりと宙に浮いた。チョコラータが抱き上げたのだ。
「どこがいい?一番高い所がいいかな〜?おおそうか!よーし、私が抱っこしているから早く掛けてしまいなさい。」
……なるほど。この子は自分で掛けたかったのか。
私の諦めた、もしかしたら在ったかもしれない夢をみた気がした。目を細めてそっと笑うと、私は二人のそばに近寄った。
フーゴ
彼女に教えてもらった小さな和食屋に入るといつもは無い笹が置いてあって、そこに紙がぶら下がっていた。日本の風習だとかで店の人が毎年行っているらしい。紙にはイタリア語で書かれたのが大多数で、ときどき日本語や中国語も混じっていた。
何となく見ていると彼女のを見つけた。肝心の文章だけが日本語で、何が書かれているのかは不明だ。
「ついさっきあの子が来て書いてってくれたんだ。」
「これ何て書いてあるんですか?」
日系のオーナーは紙をみて、それから僕の方をみて微笑んだ。
「それはあの子に聞いてみなさい。一緒にここに来て、ね。」
ははあ。営業がうまいものだと感心したが、同時に確かにそうだとも思った。
内気でなかなか自分のことを話してくれない人だ。この話題を機に、少しでも僕は貴女の事が知りたかった。
────「フーゴともっと話せますように」
ジョルノ
初恋のあの人に逢いたい。
昔、学校に行くのが嫌で僕は少ないお金を持ってアマルフィ海岸に行った。ただぼうっと海を見ているだけの僕に、1人の高校生ぐらいの女性が隣に座って同じ様に海を見つめる。その可笑しな時間の共有が僕には心地よかった。
「雨が降ってきちゃったね。」
そう言って彼女は着ていたカーディガンを僕に着せた。
知らない洗剤の甘い匂いにくらりときた。
「あの……」
「そのまま着て帰りなさい。わたし、あそこに住んでるの。」
後日、僕は彼女の家の前に行っては引き戻る事を繰り返していた。ドアの前に立つとどうにもそこからの勇気がたたなかったのだ。
「へえ。お前が女物のカーディガンなんて持ってる理由はそれだったのか」
ミスタはニヤニヤ笑い僕をはやし立てる。
「で?引っ越しちまったってワケか?」
「結核で亡くなったそうです。僕と出逢った三日後に。」
あの時彼女は何を想い、海を見つめいたのだろう。それを知る白いカーディガンは、とうの昔に彼女の記憶を失ってしまった。
END
20190713
20190717加筆