「初めての彼女は?」
「大学で一緒だったイギリス人だったな。」
「どうして別れたの?」
「向こうが地元で働きたいと言ってそれっきりだ。今は結婚して製薬会社に勤めていると聞いたよ。」
「へぇー…?この前言ってたブロンドの似合う、病気で亡くなった初めての彼女はどこにいったのかしらね?出鱈目ばっかり!嘘つき!!」
そうチョコラータを責めるも、本人は嘘を悪びれる様子もなく「そんな事を言ってたか」と呑気だった。
「だいたいお前は回りくどいんだ。わたしはお前なんて興味ねーよ。」
「……わかってるわよ。」
「それが分かってる顔かー?」
チョコラータが私の前に立つと顔を掴み無理やり上へ向ける。チョコラータの手を感じながら大好きな人に見られている事実に喜びながらも恥ずかしさがやや上回る。
「うるさい!わかってないわよ!!」
「今度は開き直りか!」
「だって……ちょっとぐらい、ほんのちょびっとだけでも、セッコみたいに、私のことを好きになってくれても良いじゃあない……。」
反応が怖くて目を逸らす。チョコラータの溜め息が聞こえた後、頬に添えられた手が離れた。
「とっとと諦めろ。」
チョコラータは私から背を向けてそう言った。顔は伺えない。
「わたしは人を好きになったことなんて一度もないよ。」
きっとこれからも。
それは冷たい拒絶だった。
□□□□□□□□
「しょっぱい!!!」
口に入れたハンバーグをゴミ箱に吐き出すと急いで口をゆすぎ、残った水を一気に飲み干す。
「おかしいと思った!一個のハンバーグに塩大さじ1だなんて!」
「おいおい毒でも作ってるのか?」
「残念ながら作ってるのは私たちの夕飯よ。」
コンロの火を消して残りのハンバーグを雑に2つ、皿に乗っける。奥で見ていたセッコがうげーと唸った。
一口大に欠けたひとつのハンバーグと綺麗に焼き上がった2つを見て、私は途方に暮れた。
「なんだァ?このレシピには塩4分の1ってちゃあんと書いてあるじゃあねーか。」
「そのうえの……そうそこ、醤油と間違えたのよ……。」
「醤油と!お前はディスレクシアなのか?んん〜?」
「おかしいと思って二回見たわよ!」
チョコラータのなじりにカッとなった私は食器棚からフォークを取り、皿を寄せた。
「勿体ないから全部食べてやる!」と言ってフォークに取ったのは先程よりだいぶ少なめの量だった。
「しょっぱい!!!!」
「死ぬ気か。」
手にしていた皿を奪ってチョコラータはボウルに入れ、そこに更に冷蔵庫から出したミンチを入れた。
「どうするの。」
「潰してミートソースにする。」
私の作ったハンバーグは潰され、酸化の進んでいない鮮やかな肉と混ざる。
「夕飯のミートボールも出来そうだぜ。」
手慣れた様子で調味料を加えながら水の入った鍋に火をかける。
チョコラータの皮肉が混じった言葉に腹が立つより、自分の失敗をカバーしてくれた事に嬉しさを感じていた。
□□□□□□□□
路地裏に入ってがむしゃらに大通りに出る。反対側で空車のタクシーを見つけて私は車道を素足で突っ切った。クラクションが鳴りブレーキ音が響くのをよそに、無理矢理タクシーを停めるとそこに乗り込んだ。運転手は迷惑そうな顔をしていた。
「走って。出来るだけここから離れたところへ、適当に。早く!」
お金を多めに押しつければ少しは自分の中で納得したのか走り出した。私は急いで携帯を取り出して電話をかける。頭は冷静だった。
「もしもしチョコラータ!今どこにいるの?家に知らない人が入ってきてあなた達を探してるみたいだったわ。どうにか逃げてきたけれど家はメチャクチャよ!!」
とりあえずの合流場所を決めてタクシーをそこに向わせると、先にチョコラータの車が着いていた。傍らにはチョコラータとセッコが立っているのが見えて、私はすぐに駆け寄った。
「これだけしか持って来れなかった……」
あなたは何者なの?
なぜあの人達はあなたを探しているの?
聞きたいことは色々あったがチョコラータの姿を見て出た言葉は、チョコラータが大事にしまっていた数本のビデオと厚いノートの事についてだった。
私の素足の姿や差し出されたものにチョコラータ少し驚いた様子だった。
「…………良くやったな。」
とても小さくて風で飛ばされてしまいそうな言葉が、私の鼓膜を揺らす。
それと同時になにか手のようなものが頭の上でゆっくりと動くような感覚が数秒あった。
「チョコラータ……?」
「さっさと車に乗れ。お前は暫くこれから行くホテルで大人しくしていろ。」
さっきのは気のせいだったのか。チョコラータはまた何時もの調子に戻っていた。側にいたセッコがどこかからかう様に、肘で私を小突いた。
END
20180611