下からセッコの気配がして反射的に勢いよく体を起きあがらせる。部屋の隅で暗くて小さな部屋をジッと見つめると、段々とフローリングが液状化してそこからセッコが現れた。
「……え、」
遅くなると言ってた割に早く帰ってきた理由でも伺おうと思っていたが、目の前の異様な光景に凍りついた。
セッコの頭と耳からは血が流れ、左手は喉とがっちり引っ付いていたのだ。
「な、なああああ…これ、どうにかして取ってくれよ〜〜ッ!」
「……なにが、なにがあったの!?」
「おい聞こえてんのか?!ジッパーでくっつけられてては、は、離れねーんだ、よぉ〜!」
「……。耳……もしかして貴方、鼓膜を破られたの…?」
固めていた体を解いてセッコににじり寄る。怯えた私の顔を見て、今度はセッコはにたりと笑った。
「チョコラータなら死んだぜ。」
ドッと汗が噴き出す。冷えた頭がいっきに熱くなり、心臓の音が全身に響き渡る。
「あ、足をやられてて、死体が重くて引きずってたらよお〜、下と腕がとれたけど……」
下から出てきたのは無惨なチョコラータの亡骸だった。どんな素人でも一目見れば死んでいることは分かる。取れたと言ってた腕や腰から下には太い骨が。もう片方の腕も不自然な形で折れ曲がっていて、鼻がへし折られクレーターのように窪んだ顔は悲痛な表情が窺えた。
数時間前まで生きていた男の壮絶な死に呆然としているとセッコが私の腕をつかんできた。予想外の行動に準備が出来ず、私の体は床に臥した。
「これで……あんたは自由だ。今までチョコラータにさんざん虐められてきたもんなあ〜?ぅお、お、おれもだ……もう大っ嫌いだもんねーッ!だから、あんたは……おれのものだ!」
「セッコ……セッコ!」
興奮状態のセッコの手が私の腕をキツく握る。歪む顔を歯を食いしばって表情に出ないようにしながら、手を伸ばして彼の頭を撫でてやる。
「わかったから……まずは手当てしなくっちゃあ。手当て、て、あ、て!」
口の動きとジェスチャーで何となく理解したようだ。腕を解放し、セッコは持っていた死体にはもう見向きもせずに私が寝ていたベッドに座った。まだ滴るセッコの血が私のベッドを汚し、対してチョコラータの方はどろりとしたものがゆっくりと落ちるだけだった。
部屋を出て深呼吸をする。廊下の空気は澄んでいて幾らか冷静になる。駆け足でチョコラータの部屋へ行き、机から二段目の引き出し上にテープで固定された鍵を引き剥がす。これはセッコの悪戯防止だと言っていた。
側にある棚の小さな鍵穴にさっきの鍵を差して私はひとつのビンを取り出す。
毒薬だ。
それから注射器とそれらしい消毒薬や包帯をまとめてもってまた急いで部屋へ向かう。心臓がまた跳ね上がる。けれど頭は冷静だった。私の中にはひとつの目的しか最早なかった。
「セッコ」
自分の冷めた声に私自身が驚いた。
「は、早くしてくれ……!」
「分かったから。いい?麻酔よ、これ、よくチョコラータが打っていたからわかるでしょう?」
セッコの頬をつかみ注射器を見せる。私の言ってることが分かったのか、セッコは頷いた。
「……じっとしてて。」
声が震えているのが分かった。セッコの聴覚が失われていることに感謝した。液体を残さず体に押し込めると私はまた部屋の隅で縮こまった。
「なんで、お前よぉ〜……そんなにうぉ、お、怯えてんだ」
私は答えない。ジッとセッコの様子を凝視しているだけ。
するとセッコの体がピクピク動き始めた。焦点が合わず、苦しそうに口を動かして何かを訴えている唇の端からは泡が出ていた。
もがくように暴れるセッコの周りは泥化し、暫くして動きが止まった。壁もベッドも床も元通りの硬さに戻った。
息をのんで終始私はその様子を見ていたが、セッコが動かなくなると魂が抜けた様に虚空を見つめていた。我に帰った時には外はもう白んでいた。
「セッコ」
声を掛けても反応はない。恐る恐る近付いて脈を確認すると体は冷たかった。
2人の遺体を目の前に解放された私から湧き出た感情は、 怒りだった。
「ふっざけんな!!!!」
セッコの体を蹴り上げ、チョコラータに飛びかかる。先程持ってきたはさみを掴み、チョコラータの体に向かって振り下ろした。
「この腐ったナメクジがッ!!!お前のせいで…!お前のせいでよぉおおお…!!!」
刃を突き刺しグリグリと内蔵を掻き回して弄ぶ。死んでから時間が経っている為に血は手に付着するだけだった。
「散々私をコケにしやがって!!!ハハッ!惨めな奴!強くなきゃテメーなんて価値が無いんだよ!!この無能!トンチキッ!」
私は知っていた。セッコがチョコラータに打算的だったことを。
セッコは知っていた。本心では私がチョコラータを恨んでいると。
そしてチョコラータは─────
「強くなきゃ意味がない!!!この肥溜めの虫ケラがッ!!!どうして、どうして…!
どうして負けたんだッ!!!!」
彼は圧倒的に強かった。地位もあった。打算的で、醜くて、社会に溶け込めない私達を繋いでいたのは、チョコラータの強さだった。そのたったひとつで何とか繋がっていた、歪で、奇妙な関係が、私は何となく好きだった。だからこそ……
体に刺さったはさみから手を離す。気が付くと私は縋りついてむせび泣いた。記憶の中のたくましい体とはほど遠いそれは、更に私の涙を誘った。
「だからこそ 強い貴方が好きだったのに、」
うまれかわったらにんげんになりたい。
ひとをあいせるにんげんになりたい。
END
20190612