「なんですって?もう一度言ってくれる?」
私は受話器をこれ以上ないというぐらい強く押し当てた。受話器を握る手から汗が出てきて不快だったが離す訳にはいかなかった。
「亡くなったらしいのよ。まあ亡くなったのは結構前みたいなんだけど、死因が少し……。
あんまり言わないでって言われてるんだけどね?聞くところにによると、自殺らしいのよ。ほら、あの子って医者だったじゃあない?だから病院とか彼女の身辺の調査に時間がかかって式が遅れたみたい。」
戸惑いで言葉が詰まってやっと返せたのは「ありがとう」の一言だけだった。呆然と切れた電話の無機質な音を聞きながら、ハッと意識を取り戻してすぐさま職場に電話を掛けて体調が悪い事を理由に休みを貰った。仮病で休んだのは高校生以来だ。
ドアに鍵が掛かっている事を確認して窓もカーテンも閉めた。すっかり物置部屋となってしまった一室から、ブルーの大きく重たいカラーボックスを引っ張り出して出てすぐの廊下で中身を広げた。リビングまで持って行く時間さえもどかしく感じたからだ。
ここには学生時代に書いたお気に入りの絵や、友達に貰った手紙、ぬいぐるみなどが入っていた。その一番上に乗っているUSBを取り出す。
3ヶ月前に渡された、ただの軽くて安価なUSBを胸の前で握り締めれば自分の心臓が早くなっているのが分かった。それが私にはUSBの鼓動だったり意志の様に不思議と感じれたのだ。
彼女は学生時代から聡明だった。裕福で、けれど嫌みったらしくない子で嫌う子は少なかったが、親しい人も幼なじみであった私ぐらいだろう。
年に一回開かれる同窓会とかこつけたパーティーに参加する者はほぼ固定されていた。そんな飽和したパーティーが、今年は少し違った。そう、幼なじみがこの町に来たのだ。
「久しぶり!」
高校を卒業して依頼だった。柔らかで可愛らしい笑顔は記憶の中の彼女からは想像もつかなくて、私は目の前の女性と結び付けるのに暫くの時間を要した。
「びっくりした!来てくれたの?!」
「ええ、ちょっと会いたくなって。」
私は彼女をソファーに座らせてからキッチンで適当にウイスキーを入れて渡した。
「雰囲気変わったわね。」
「そう?」
「親しみやすくなった。男のせいかしら?」
「そうかもね。」
冗談めかして探れば彼女はすんなりとそれを肯定した。それもまた私を驚かせた。
「彼氏も医者?」
「ええ……外科医なの。」
「あなたが好きになる人だから、相当いい男ね。」
彼女は目を宙に向けると笑いを零し、グラスを煽った。
「魅力的なひとよ。彼になら殺されてもいいくらいに」
冷めた声に思わずドキッとした。細めた瞳に危うさが見えて、それが彼女をより美しくみせた。
「そう……。結婚は?式にはちゃあんと私も呼んでよ〜?」
笑い声だけの返事だった。
今度のは距離を感じる笑顔で。
帰り際、彼女から私はUSBを渡された。説明を求めると彼女は私の手を強く握った。
「式に呼ぶから……その時が来たらこの中身をみて欲しいの。幼なじみで私がよく知るあなたにだから渡すの。ねぇお願い……。」
──────式がお別れの事だなんて、思いもよらなかった。
埋葬には彼女の職場の少ない友人と例の恋人だけで、親族はいなかった。土葬された彼女のお墓の前で一言ふたこと職場の方と言葉を交わした後、私はお墓の前で改めて祈りを捧げた
「今日はありがとうございます。」
身の毛がよだった。
低くてずしんと心に届く声は、もう何度も映像の中で聞いた声だった。
「彼女から話は聞いてます。旧友だとかで、よく話にでてきた……」
彼を見つめながら立ち上がった。見定めるような目線にじんわりと手汗がでてきて、私は無意識にスカートのポケットを握り締めた。中に入っている固い感触が私を幾ばくか落ち着けてくれた。
「私もよく彼女から……素敵な人だと。」
「そうですか。あの子の心労に気が付いてやれなかったのが悔やまれる……。どうですか、」
目の前の男、チョコラータは私に手を差し伸べた。
「この後、思い出話でも。わたしの知らない彼女について、聞きたいことが沢山あるんだ。」
「────ええ、私も。」
この男は、危険だ。
直感した。緑の瞳には底知れない闇を感じた。それと同時に私は友人の闇に触れて恐ろしい気持ちでいっぱいだった。
狂ってる。貴女も、この男も。
そして私はいま、「もしかして貴女は、この男を私と引き遭わせる為にあのUSBを手渡した」という、恐ろしい事さえ考えているわ。
でもなにより狂ってるのは、この男の本性を知っていながらも惹きつけられてしまう自分自身よ!
END
20190703
20190706加筆修正