捨てたものがある。2年前、組織へ入る為に自分が手にしているその殆どを捨てた。この力と権限と自由を貰えるならと、私に躊躇いは一切なかった。どうせどれも詰まらないものだったから。
そのうちのひとつであった女がどうして今浮かび上がったのだろうか。
「……セッコ、」
言葉を発した振動で体中が悲鳴を上げた。呼吸がこんなにもエネルギーを使う行為だなんて思いもしなかった。呼び慣れた名が臭くては汚ねぇ空間に響く。直ぐに下のゴミ袋が崩れだしてそこからセッコが這って寄ってきた。
「携帯は持ってるか?」
私は右手でゆっくりと携帯のジェスチャーをして見せると奴は理解したらしく私にそれを寄越した。
「良いぞ……。」
始めの番号が思い出せれば後は指が勝手に動いた。コールボタンが押されると呼び出し音が続く。1回、2回、3回……時間にすれば短いそれも、私には気の遠くなるほど長く感じて薄く目を瞑る。最後に会った時の、女の恨めしそうに私を見つめる顔がぼんやりと浮かび上がった。
「……もしもし。」
身に覚えのない番号からの対応に、女の声はやや固かった。少し大人っぽくなった声が、記憶の中の曖昧だった女の輪郭や思い出を鮮明にしていく。
「……名前、私だ。」
耳元ではっと息を呑む音が聞こえた。
「顔が見たい。」
用意していた言葉も言いたい事も色々とあったが、口に出てきたのはそれだった。
自分でも思う相変わらずの横暴さに内心で笑う。果たして彼女はどうでるだろうか。身勝手に自身を捨てた男をなじるのか、はたまた……
「すぐに、行く。今どこ?」
何かを探したり、ドアを締めて鍵をかけたのが電話越しの物音から分かった。
どうやら私達は、互いに互いを捨てきれなかったらしいな、名前。
END
20190710
20190711加筆修正
お題「顔が見たい」