※注意※
・ホラー研磨の歪んだ愛情による強制ハッピーエンド
・暴力表現あり
苦手な方は自衛してください。




 わたしが部活で足を骨折したと聞いたとき、みんなはすごく心配してくれた。
 足首の剥離骨折で、全治二ヶ月。ギプス固定と慣れない松葉杖生活が始まった。

「名前ちゃん大丈夫?」
「うん、ちょっと派手にやっちゃった」

 廊下ですれ違う友達は、みんな最初はひどく驚いていたけれど、一週間もすれば見慣れてしまったのか、騒ぎもすっかり落ち着いた。
 最近付き合い始めた彼氏も、最初は優しかった。移動教室で荷物を持ってくれたり、肩を貸してくれたりしたけれど、その回数はだんだん減っていった。わたしが骨折した週末に約束していた花火大会を楽しみにしていた彼氏は、わたしを心配しつつもちょっと不機嫌だった。その態度にわたしもムッとして、それから少しギクシャクしていた。
 たぶん、浴衣姿の彼女とのツーショットをインスタのストーリーに載せたかったんだと思う。デートのたびにみんなに自慢しているけれど、わたしは別に、そんなの見せびらかさなくていいのにと思っていた。それで彼女が怪我をして、写真映えしなくなったらポイなんて、まるでアクセサリーみたいじゃないか。
 だから、今では幼馴染の研磨が毎日わたしを助けてくれている。同じクラスで、家も近いからありがたい。彼氏も「孤爪のほうが家近いじゃん」なんて言うのだ。この薄情者。

「研磨、ありがとね」
「うん。じゃあまた明日」

 家の前で研磨と別れる。研磨はたぶん怒っている。わたしの彼氏が家まで送り届ける任務を放棄したから、あいつはなんて野郎だと思っているに違いない。
 研磨にとってわたしは大切な幼馴染だ。わたしだって、もしも研磨に彼女ができて逆の立場になったら怒っていた。だから、研磨のためというわけじゃないけれど、そろそろ決着をつけなければならなかった。



「ちょっと話があるんだけど」

 そう言って、今日は彼氏に家まで送ってもらうことにした。しぶしぶ荷物を持ってくれた彼氏は、わたしが家でゆっくり話そうと言うとなんだか少し嬉しそうだった。

「あがって」

 と部屋まで通して、わたしは肩を借りてベッドに腰をおろした。

「花火大会のことは、本当にごめん」
「いや、俺も悪かった」

 少し世間話をした。誰かを振るということや、別れ話を切り出すのは初めてのことだったので、うまくタイミングが掴めずにいた。
 そんなとき、突然、彼氏がぐっと身体を近づけてきた。わたしはびっくりして、押し退けようとしたけれど敵わなくて、ベッドに倒れ込んだ。

「ちょっとやめて! 足、痛い!」

 そう訴えたのにキスされそうになって、信じられなくて、わたしは咄嗟に松葉杖で彼氏を殴った。
 それからの雰囲気は最悪で、わたしはボロボロ泣いてしまうし、彼氏は「マジでつまんねぇ」と吐き捨てて出ていってしまうし、そうやってろくに言葉を交わすこともなくわたしたちは別れた。
 部屋でひとり泣いていると、静かに扉が開いた。

「大丈夫?」

 研磨が心配そうに覗き込んでくる。
 わたしは「最高の気分」と無理矢理ピースして笑った。



 足首は順調に治って、松葉杖が必要なくなった。それでも歩くのは大変で、わたしは研磨に助けてもらいながら毎日過ごしていた。

「本当にありがとうね、研磨」
「別にいいよ……そういうの」
「研磨がいなかったら生きていけないよ」

 わたしが笑うと、「そうだね」と言って研磨も笑った。放課後のうす暗い廊下に、二人の声だけが響き渡っている。
 いつの間にか、研磨の部活が終わるまで教室で待って、一緒に帰るのが当たり前になっていた。帰りは遅くなってしまうけれど、おかげで毎日きれいな夕焼けを見ることができた。
 わたしは窓越しに茜空を見上げて、研磨の肩を借りながら、階段を降りていた。

「──あっ!」

 つるっと足が滑って、階段を踏み外しそうになる。研磨が身体を支えてくれたので、なんとか助かった。

「あぶな……ちょっと、よそ見しないでよ」
「ご、ごめん、研磨」
「また階段から落ちたいの?」

 え? わたしが振り向くと、研磨はじっとわたしを見つめていた。ひゅっと、息が止まりそうになる。研磨はただ無表情に、わたしの反応を伺っている。
 
「どうして、」
 どうして、知ってるの?

 部活で怪我をしたというのは嘘だった。わたしはあの日、この階段から誰かに突き飛ばされた。
 「誰かに背中を押されたんです」と先生に訴えたら、「デリケートな問題だから慎重に調べる必要がある」「ひとまず部活で怪我をしたということにしなさい」「他言しないように」と厳しく教えられた。
 いじめがあるという噂が校外に漏れたら大変なのだろう。納得いかなかったけれど、犯人を目撃したわけでもないし、心当たりもなかったので、わたしは大人しく従うしかなかったのだ。

「見てたの? どうして助けてくれなかったの?」

 訳がわからず、ぶるぶると声が震える。そんなわたしを見て、研磨はふふっと優しく笑った。

「名前は本当にバカだね」

 わからないの? 好きでもないのにあんな男と付き合って。あいつも大して名前のこと好きじゃないでしょ。ままごとみたいなデートして、そうやって大人の真似事がしたいだけ。本当の恋愛なんてしたことないでしょ? 知らないでしょ? おれがどんなに名前を大事に思っているか。

 研磨はそう言って、わたしの背中に手を置いた。その感触は不思議なことに、宙に浮いたあの恐怖の一瞬を蘇らせた。

「どう? 思い出した?」

 硬直したわたしの身体を叩き起こすように、どんと心臓が暴れ出す。わたしはようやく息を吸って、吐いて、気を失わないように、浅い呼吸を繰り返した。
 
「大切だからこそ、時には躾が必要なこともあるよね」

 恐ろしいくらいに静かな夕焼けが、二人の影を飲み込んでいく。

「だから、あいつにするのは躾じゃないよ」

 研磨はそう言って、スマホで録音した音声をわたしに聴かせた。

『あがって』『花火大会のことは、本当にごめん』『いや、俺も悪かった』『ちょっとやめて! 足、痛い!』『マジでつまんねぇ』

 わたしの部屋で起こった出来事の一部始終が、研磨のスマホに残されていた。

「これで、社会的制裁を加えることはできると思う。もちろん名前が嫌なら何もしないよ、心配しないで」

 そうじゃない。そうじゃないよ研磨。
 信じられない。わたしの目の前で起こっていることのなにもかもが、信じられない。

「名前はおれがいないと生きていけないんだから」

 恐怖で震えるわたしの背中を、優しい手のひらが撫でさする。この手のひらに、わたしの全てが委ねられている。


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