『おはよう!お誕生日おめでとう!部活がんばってね!』
いつもと変わらないメールのテンションに安堵し、いつもと違う特別な一行に思わず笑みを零した。この一行が、今日が僕にとって特別な日であるということを改めて教えてくれる。
『ありがとう』
いつも通りに返信し、携帯をポケットに戻す。誕生日の夜は2人で過ごそうと決めていたその約束を僕が破ることになってしまったのは3日前のこと。午前練だけだった誕生日当日の部活が、急遽決まった他校との合同練習の為に夜まで引き延ばされてしまったのだ。仕方なく約束を断った日、僕達にしては珍しく喧嘩をした。喧嘩、と言っても名前が一方的に機嫌を損ねていただけで、僕がどれだけ謝っても拗ねたままの顔はこちらをちらりとも見ることはなかったのである。そしてやっと昨日の夜に反省しきった声色の名前から電話がかかってきて、僕達は仲直りをした。僕の誕生日を側で祝いたいという彼女の厚意はとても嬉しいのだが、僕は名前のその気持ちだけで充分に幸せだった。いつもと変わらない、部活に捧げる1日の始まりに名前からお祝いメールがくるだけで、僕は自然と部活への足取りが軽くなる。そのことを名前は知っているだろうか。
▽
練習後の自主練を終え、ロッカーで着替えていると、僕と同じように最後まで残っていたメンバーが、お疲れ様でした、と一言挨拶をして出て行った。着替えを済ませ、更衣室の鍵を閉めると、一気に暗くなった体育館に、仄かな月明かりが差し込む。吐いた白い息が空気に溶け込み、火照った身体と相反する外の気温を物語っていた。いつものように体育館を出て、校門に向かう。三分の二は既に閉められているその門をくぐり抜けた時、見知った人影が僕の視界の端に映り込んでハッとする。
「名前…?」
思ったより震えた声が出てしまった僕よりも、しゃがみ込んでガサゴソとなにやら荷物整理をしている名前の方が吃驚している様だった。
「わーっ!せ、せせ、征十郎!」
「おまえ、一体なにを…」
何故名前がいるのか、いつからいたのか、そんな疑問が頭を駆け巡って呆然と立ち尽くす僕を置き去りにするように、慌てたその姿を誤魔化すように笑った名前は、紙で作られた安っぽいポップな三角の帽子をかぶった。そして、にこにこ笑いながら何も持っていないその手でクラッカーを鳴らす仕草をした。
「っぱーん!征十郎、お誕生日おめでとう!」
羞恥心もなく大きな拍手をする名前に、僕は思わず辺りを見渡してしまった。名前はどうしていつもこう、突拍子もないことをするのだろう。誰もいないことを確認してから、漸く微笑んで感謝の意を伝える。すると名前は満足したように、ポケットから少ししわくちゃの紙を取り出した。そして一つ咳払いをした後に、すぅっ、と大きく息を吸った。
「赤司征十郎様。お誕生日、おめでとうございます。この前は怒っちゃってごめんね。本当は誕生日の夜に、私が豪華なディナーとケーキを作ってお祝いしたいなと思ってたの。でも私は料理が得意じゃないから、練習しようと思って、実はここ最近毎日練習をしていました。そしたら3日前に、征十郎が一緒にいれなくなっちゃったって言ったから、どうしようって思ったんだ。誕生日はご飯とケーキを用意することしか考えてなかったから、その材料費ばっかりにお小遣いを使っちゃって、プレゼントを買うお金がなかったから。まさか赤司様に千円くらいのプレゼントなんて渡せないしね。わーどうしよう!って焦って征十郎に当たっちゃったの。ごめんね。嫌いとか言っちゃったけど、嘘だよ。わかってると思うんだけどね、大好きだよ。大好きだから、誕生日は私が特別にお祝いしてあげたかったんだ。でも、誕生日は今年だけじゃなくて来年もあるから、来年こそは盛大にお祝いしたいです。今年は、私が勝手に張り切ってお金を使ってしまったせいで、本当にごめんねなんだけど、この手紙と、私からのあ、」
堪らずに強く抱きしめると、手紙を音読することに照れて既に若干頬を染めていた名前は、さらに顔を真っ赤にさせて動揺した。寒くて愛おしくて、名前の柔らかい髪に頬擦りをすると、おずおずと遠慮がちな手が僕の背中に回された。
「…キスさせて」
「え?!…こ、ここ外だよ」
さっきまで、外でヘンテコな帽子を被って大きな声でクラッカーを再現したり、大きな拍手をしていた奴が何を言うか。僕はふっと笑うと、恥ずかしがって震えるその瞳を捕らえて、大人しくなった唇に深く口付けた。
2015.12.20
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