例えばクラスメート全員に私のことを説明してもらえば、その全員が間違いなく口を揃えてこう言うのだ。

彼女は真面目だ、と。

私自身、自分が真面目だとは思っていない。だけれども周りの人達からはよく真面目だねだなんて言われるもんだから、ああ私って真面目なのか、と漸く自分を客観的に見ることができた。その時にいつも思うのだ。私はただ、当たり前のことを当たり前にこなしているだけなのになぁ、と。





「苗字さん、掃除まかせちゃっていいかな?」

「あ、うん、大丈夫だよ」


申し訳なさそうに手を合わせて謝るクラスメート。もちろん断る理由もないので快く引き受ければ、ぱあっと笑顔になって「ありがとう!」と駆けていった。他の子は部活やらなんやらでいなくなり、はっとしてきょろきょろと周りを見渡せば、やはり一人になっていた。教室の窓から校舎外の少し遠いトイレをちらっと見て、がんばろう!と自分自身を励ますように少しだけ勢いよく教室のドアを開けて外へ向かった。





「き、きたない…」

トイレという場所は元々よく汚いと言われて煙たがられる場所だけれども、さらに外に設置されたあまり使われていないトイレときたら、そりゃあもう、さらに汚いということは予想できていたけれども。元々教室担当だった私達(とは言っても今は一人)が、何故校舎外トイレ担当になってしまったのかと言うと、今日はたまたま委員会の集まりで放課後私達のクラスを使うというだけのこと。だから先生が適当に掃除分担を振り分けたということ。そして運悪く今日はたまたま私一人になってしまったということ。

「うひー…」

虫が死んでる。虫が死んで蜘蛛の巣にひっかかってる。蜘蛛はいない。主が帰ってこないのに、この虫はいつまで待たされていたのだろう。お腹空いて死んじゃったんだろうな、アーメン。ささっとその巣ごと虫を箒で絡め取る。私が悪い訳ではないのに、妙な罪悪感から口をへの字に曲げながら、床の土を外に追い出していく。漸くタイルが見えてくる。お、と嬉しくて声を上げる。基本的に掃除は好きなので、気づけばなんだかんだ楽しく掃除をしていた。





「ふぅ」

そう、当たり前のこと。トイレは男性と女性用にニ箇所あるのだ。そして、女子トイレはもう既にピカピカである。いや、タイルとか壁は所々剥がれていてもう洗剤とブラシだけではどうにもならないので、正確に言えば私にできる最高の状態という意味でのピカピカである。正直結構な時間がかかってしまったので、外は暗くなってしまっていて、追い打ちをかけるようにお腹がぐうっと鳴った。いや、でも、任されたのだから最後までしっかりやらねば。皆の分までしっかり頑張らねば。

第二ラウンドだ。心の中でゴングを鳴らして扉を開け、いざ男子トイレに足を踏み入れる。その一瞬、中に人影が見えたのだ。あ、やばいと脳が警告を出せば、反射的に踵を返してすぐ隣の女子トイレに逃げ込んだ。それはもう、当たり前のこと。いくら校舎外であまり使われていないからと言って、ここは学校のトイレで、私が今入ろうとしていたのは男子トイレで…。サッと青くした顔を赤くさせて、恥ずかしさに悶えながらその場にしゃがみ込んだ。きっと今男子トイレにいる人は私に気づいてない。そう、絶対に気づいてない。だからお願いだからこのまま何事もなかったように彼が出てくれて、その後私が何事もなかったように男子トイレの掃除を終えて家に帰れるの。そうでしょ、だって私は何も悪いことはしてないのだから。

コンコン、

だめでした。抱えていた頭を持ち上げて、恐る恐る上を見る。しゃがんでいる私の姿は見えていないだろうに、ぼやけたガラスの向こう側に立つその人影はまるで私の姿が見えているかのようにノックをしてきた。まって、何で、やっぱり覗いたと思われた?怒ってるの?考えれば考えるほど怖くなって、私はもう居留守を貫き通すことに決め、再び頭を抱えて塞ぎ込んだ。そしたら絶対帰るでしょ、この人も。

「苗字さん、大丈夫かい?」

はた、と身体の震えを止め、その声の主を見上げた。(私の、名前…)ていうか、普通にバレてるじゃん!でも大丈夫か、って?…て、ていうかていうか、この声と、この赤いシルエットって…。

「あ、赤司くん…?」

びっくりして扉を開ければ、そこには少しだけ目を丸くさせた同じクラスの赤司くんがいた。

「いや、随分長いことトイレに入っていたようだから体調が悪いのかと思ったんだ」

腹痛のために私がトイレにいたと思っていたらしい赤司くんは、私があまりにもけろっとトイレから出てきたものだから少しびっくりしたらしい。

「長いこと…?」

「体育館のトイレが壊れてしまってね。部活が始まる前に一度ここへ来て、休憩になったから今もまた来たのだけれど…」

そこまで言って赤司くんはちらっと、足元を見た。流されるように私も赤司くんの視線を辿る。

「君の鞄がずっと置いてあるものだから、気になってね」

あ、と思った。そういえば鞄が邪魔で女子トイレの入り口の側に置いておいたんだった。鞄には苗字、と刺繍がしっかりされているし、赤司くんが女子トイレに閉じこもっていた人物の正体がわかったのにも辻褄が合う。それなのに私は逃げたつもりでコソコソ隠れて…。頭隠して尻隠さずとはこのことだ。不覚。

「体調が悪いようではなさそうだね。どうかしたのかい」

「あ、そ、掃除を…」

物腰柔らかな赤司くんの口調に辿々しく答える。さらに動揺しすぎて忘れていたけれど、つまり私はさっき赤司くんが入っていた男子トイレにノックもせずに入ってしまったということだよね。いや、一瞬だけれども。そのことから羞恥やら罪悪感やらで思わず赤司くんから目を逸らした。

「掃除…?一人で?」

「う、うん、皆用事があるみたい…」

少しの沈黙。ちらっと赤司くんを見れば、女子トイレをぐるっと見渡していた。赤司くん、練習着だ。部活、バスケ部だったっけ。あ、ちょっと汗で髪の毛が湿ってる…。かっこいいな…。

「…手伝いたいけれど、俺はこの後も練習があるから、」

「え!い、いいよ!そんな!赤司くんの掃除担当じゃないし!」

「それはそうだけど、一人では大変だろう」

赤司くんは眉を少し下げて私をじっと見つめた。とても優しい彼に、こんな面倒な場面に立ち会わせてしまって申し訳なくなった。別に、手伝ってほしいとか、そんなつもりは全然なかったのに…。

「ほ、ほんとに大変じゃないよ!私、掃除好きだし、今日だって楽しみにしてて、寧ろラッキーくらいに思ってて…」

慌てて説得すれば、自分でもちょっと大袈裟に言いすぎたなと思い、言葉が詰まる。誤魔化すようにえへへ、と笑って見せれば赤司くんも私の必死に遠慮する姿勢を察してくれたようで、軽く微笑んだ。

「そうか、わかった。すまないが、君の優しさに甘えるとするよ」

伏し目がちに微笑む姿がとても綺麗だと思った。でもね赤司くん、私が優しいんじゃなくて、赤司くんが優しいんだと思うな。「掃除、がんばってね」と言って背を向けた赤司くんに、「赤司くんも、部活がんばってね」と小さく呟いた私の声が届いたのかはわからなかった。赤司くんと話したのは、これが初めてだったかもしれない。今までまるで雲の上だったクラスの男の子と少しだけ話せて、素直に嬉しかった。ぽーっと見惚れた視線で彼の後ろ姿を見送った後、私ははっとして男子トイレの掃除を始めるのだった。


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