いつも一緒だったのがそうでなくなったのはいつからだっただろう。
遊ぶのも悪戯するのもいつだって一緒だったのに小学校生活を折り返す頃には私だけが仲間外れにされることが増えた。
成長とともに危ねぇから、なまえは女だから、と彼らは自分たちと私との性の違いを理解しだしたし、私は私でいつまでもお子様たちには構っていられないと学校で出来た女のコたちだけのコミュニティを優先した結果だ。
それにどこか寂しさを感じながらも私は私で幼いながらに自分を取り巻く世界を形成していった。
そんな私が再び手のかかる幼馴染たちと関わるようになったのは彼らと距離が出来て数年後、万次郎の母親桜子さんが亡くなった頃のことだった。
その知らせが私の耳に届いたのは夜遅くのこと。
すぐに着の身着のまま家を飛び出した私は昔馴染みの団地の一室、重たい扉の前にいた。
震える手でチャイムを鳴らせば、すぐに圭介の母親涼子さんが出迎えてくれる。
涼子さんに案内されるまま部屋に通されれば、いつもは押し入れに敷いてある布団が今は部屋の真ん中に敷かれ、その上に真っ白な死装束を着た圭介は寝かされていた。
余りに見慣れないその光景に何かの間違いだと、そんな訳ない、タチの悪い冗談だと思おうとしていた脳が視覚を通してこれが現実だと突きつけてくる。
「なまえちゃん、良かったら圭介にお水あげてくれる?」
きっと喜ぶから、と涼子さんに促されるままによろよろと枕元に座りお盆の上に置かれた脱脂綿の巻かれた割り箸を手に取った。
水分の含まれたそれを圭介の口元に当てていく。
「圭介」
水分でじわりと潤んだ唇は青白く、閉じられたままの瞼も呼びかけても硬く閉じられたまま。
「けいすけ」
割り箸を枕元に戻しながら顔が良く見たいと覗き込むように身を倒し顔にかかった髪を避けようと指先を伸ばすとふいに青白い頬に触れた。
指先に触れた命の温度がしないそれは氷のように冷たく硬い。
まるでよく似せて作られた蝋人形のようで
「けぇすけ」
冷え切ったそれを暖めたくて、もう一度圭介に会いたくて両頬を両手で挟み込んだ。
どれだけ頬に触れても圭介の瞼はぴくりとも動かないし、ただただ分け与えている筈の熱は奪われるばかりで、目の前にあるこれは場地圭介という人間の抜け殻なんだと理解する。
もう二度と、圭介に会えない。
すとんと、それを心で理解して堪えきれなかった涙がぽたりぽたりと、圭介だったものの頬に溢れた。
一連の流れを扉にもたれて見ていた涼子さんも声を押し殺して泣いている。
あのいつでも元気で強い涼子さんが泣いていた。
ねぇ、圭介。
あんた自分の母親を泣かせてまでなにやってんの?
万次郎に一虎くんを殺させないために、自分でお腹を刺した?
マイキーのため。
一虎くんのため。
"一人一人がみんなのために命をはれる"
そんな持ってたってお腹が膨れる訳でもないくだらないプライドを後生大事に自分の真ん中に置いてケンカしてさ、チームって何?
仲間との絆って何さ?
そんなの全部、全部前提に命があっての話じゃないの?
自分が守りたいもののために、自分の命を捨てるヤツがいる?
生きてる以上に大事なもんなんてある?
ほんとに、バカじゃないの
...ごめん、嘘。
嘘じゃないけど全部本音でもない。
そんなくだらないプライドに生きてる圭介や万次郎のこと、好きだよ。自慢だよ。
それでも、どうしたって寂しいよ。圭介。
帰り際玄関先まで見送ってくれた涼子さんが思い出したように、ちょっと待っててと一つの紙袋を持ってきた。
何だろうと涼子さんと紙袋を交互に見れば
「最近あんまり家に帰って来てなかったくせにちょっと前にいきなり帰って来てさ、これだけ大事そうに置いてったんだよね」
その言葉に手渡された紙袋の中を覗き込んだ私は、中のものを認識した瞬間身体中の力が抜けその場に崩れ落ちた。
「涼子さん、これ、」
「やっぱりなまえちゃん関係のものだったか〜、あいつがこんな可愛らしいもの好き好んで持つわけないもんね」
あいつ女っ気もないしさ、と赤い目をしてどこか寂しそうに笑う涼子さん。
紙袋の中にいたのは、いつか圭介と一緒に行ったゲームセンターで圭介に似てるって笑った目つきの悪い黒猫で。
そっとそれを取り出しその黒猫のぬいぐるみと見つめ合う。
あの後一人で戻って取ったんだろうか。
似てないって、取ろうか?って聞いたらいらねぇって言ったのに。
「きっと、なにか思い出に残しておきたかったんだろうね」
そう言った涼子さんの言葉に目の前の黒猫が滲み、そのまま堪えきれなくなった嗚咽と一緒に力一杯にそれを抱きしめた。
「ごめッ、ごめんなさッ、圭介、にッ、なにも出来、出来なくて、わたッ、わたし」
止まらない涙のまま涼子さんに謝罪をする。
あの時もっとちゃんと話を聞いてあげていたら、もっと圭介のことちゃんと見ててあげていたら、そんなたらればが渦のように身体中で暴れる。
そんな私を抱きしめまるで赤ちゃんのように背中を摩りながら涼子さんが言う。
「そんなことないよ、なまえちゃんがいたから救われてたことあるだろうし、ほんとはさ、それも渡そうかどうしようか悩んだんだよね...でも多分なまえちゃんが持ってた方が圭介浮かばれると思う」
「なまえちゃんに背負わせちゃってごめんね」
申し訳なさそうな涼子さんの謝罪に私は捥げそうなくらいぶんぶんと首を横に振る。
違う、これは私が背負うべきものなのだと。
多分圭介はこれが私の手元にくることを望んでなんかいない。
恋人でもないただの幼馴染みの私に出来れば自分のことを思い出すものなんて残したくないだろうから。
それでもきっとどうやったって私は一生、圭介のことを忘れることなんて出来ない。
それは私からの圭介への愛で、圭介が意図しなかった圭介からの呪いだ。
「あーあ、なまえちゃんうちにお嫁さんに来て欲しかったのになあ」
涙が止まりしゃっくりを上げている私を抱きしめながらまるで何てこともない風に涼子さんが言った発言にビックリして涼子さんを見上げる。
「あれ知らなかった?昔よく桜子さんとどっちがなまえちゃんをお嫁さんにするか揉めたのよ」
「知らな、かった、です」
「桜子さんなんてうちには息子が2人いるからチャンスも2倍なのよ、なんて息巻いてたのに」
衝撃発言は続き、頭の中で桜子さんと真一郎くんの顔が浮かぶ。
旦那さんにするには真一郎くんは少し、歳が離れすぎではないですかね、桜子さん。
苦笑いを浮かべた私に
「それがもう1人しか残ってないじゃないの...ほんとバカ息子だわ」
涼子さんもそう言って笑った。