圭介は私を家まで送り届けると「じゃ、オレ集会あるから行くわ」と愛車に跨った。
「ちょ、集会あるとか聞いてない!」
「言ってねーもん」とチャームポイントの一つである八重歯を見せながら意地悪く笑いそのまま去ろうとする圭介の上着を掴んで引き留めれば、ぐえ、と潰れたカエルのような声が洩れた。
「ち、ちなみに今日の集会、万次郎いなかったり」
「しねぇよ、アタマが参加しない集会とか集会の意味ねぇだろ」
てかいい加減離せよ、と文句を言われたので手を離してやれば圭介は胸元の服を数回下げ襟を正した。
「圭介、このこと万次郎に言わないでよ?」
「...自分でマイキーに言うなら黙っててやるよ」
圭介のその言葉にぐっ、と言葉を詰まらせた私を呆れた顔で見た後圭介は「てことだから今夜は覚悟しとけよ」とこちらを振り返ることなく片手をひらひらと振って今度こそ去っていった。
圭介のバイクの排気音が遠くなるのを聞きながら、はぁ、とため息をつきただいま、と見慣れた我が家に入れば、キッチンで晩ごはんの準備をしていたらしい母親がおかえりなさいと返事をした。
母親は私の顔を見ると一瞬目を丸くさせキッチンから私の元へと歩み寄って手に持っていた濡れたタオルをそっと私の頬に当て、しばらく冷やしておきなさいと言う。
「バイクの音聞こえたけど、万次郎くんに送ってもらったの?それとも圭介くん?」
「圭介、帰り道にたまたま会ったの」
「上がって貰えば良かったのに、この怪我もどうせあんたが考えなしに無茶したんでしょ、圭介くんに迷惑かけないのよ」
呑気にそういう母親に「この後用事があるんだって」と伝えれば「あら、残念、また今度いらっしゃいねって伝えておいてちょうだい」とにこにこと笑っている。
お母さんは万次郎と圭介のことがお気に入りだ。
「いやあいつら不良だよ?娘がそんなヤツらと仲良くていいの?心配じゃない訳?」
そんな疑問をあいつらの非行的行動が目立つようになってきた頃に母親に尋ねたことがある。
私のその問いに母親は、小首を傾げながら答えてくれた。
「そうねぇ、褒められたことじゃないんだろうけど、万次郎くんも圭介くんもあんたのこと大事に思ってくれてるのわかるから、別に心配はしてないわね」
あぁ、それに、と母親は微笑む。
「男の子はちょっとヤンチャくらいが丁度いいのよ」
何にだ、とツッコむ気力すら湧かなかった私はおかしくないと思う。
そんなことを思い出しながら晩ごはんの準備を手伝ったり、テレビを見たりしてひたすらダラダラ過ごす。
そうしている間にもさっきからずっと机の上に置いた携帯の着信を告げるランプがチカチカと点灯し続けている。
やはり圭介は裏切ったらしい。
ディスプレイを見なくても相手には心当たりがありすぎるため無視を決め込む。
こうなるのを見越して着信設定はサイレントに変更済みである。
ひたすらチカチカと光る携帯を見守っていれば、鬼のような着信がやみ携帯に平和が訪れた。
ちらりと時計を確認すればそろそろ集会がはじまる時間帯。
電話の相手は諦めたのだろうか。
諦めたとしたら怪我を追求する旨をなのか、集会の時間がきたからなのか。
出来れば前者であってくれ、と携帯のディスプレイを開けばふざけた量の不在着信と数通のメールの通知を知らせて来た。
試しにメールを一つ恐る恐る開けてみる。
"後で行くから逃げんなよ"
ここは私の家なのだが彼はどこに逃げるなというのだろうか。
ああ、言い逃れをするなと言いたいのだろうな、と私は数時間後に迫る自分の危機を思い描き目を閉じた。
そんな憂鬱な気持ちを払拭しようと入ったお風呂上がり、私は自分の部屋の扉を開けなかの光景を見るとそのまま無言で扉を閉めた。
自分の部屋へと続く見慣れた扉。
私はひとつ息を吐くと、再びその扉を開けた。
視線の先、我が物顔でベッドと占領している見慣れた男。
圭介に続き、母親も裏切り者だったらしい。
「ここはお主の部屋じゃないっつーの」
ベッドに腰掛けながらすやすやと眠るあどけない寝顔を見やる。
顔をあわせた瞬間からお説教がはじまるものと思っていたので出鼻を挫かれた気持ちになったが、その寝顔にいけないと思いつつも私の中の悪戯心がむくむくと顔を出す。
「万次郎」
そう言いながら彼の鼻先を摘まめば、苦しいのか眉間に皺が寄った。
普段とは違うそんな様子が可愛く思えて、思わず笑みを溢してしまう。
「万次郎、起きて」
ベッドに腰掛けたまま、上半身を捻りながら倒し彼の耳元に優しく呼びかける。
吐息がくすぐったかったのか少しずつ意識を浮上させてきた万次郎と目が合った。
そのまま万次郎は甘えるように私の腰に手をまわしてきたので、その手をぺちん、と軽く叩く。
「ほら、集会終わりにそのまま来たんでしょ、帰らないとエマちゃんが心配するよ」
眠いのだろう目をしぱしぱさせながら空いてる方の手で擦っている万次郎に言うと、
「だい、じょぶ、エマ、言ってきた」
彼はまだ寝ぼけているのか少し掠れた声で答えた。
「大丈夫じゃないでしょ、明日も平日なんだから起きて」
まとわりついてきた手をどかして、ベッドの横に立つと寝ている万次郎の両腕を引っ張って起こそうとする、が、そのまま逆に手首を取られ、上半身を起こした万次郎の方に引き寄せられた。
ふぎゃっ、と可愛くない悲鳴とともにベッドの上に引き込まれ、片手は私の腰にもう片手はおもむろに私の頬を手の甲で撫ぜてくる。
赤みのひいたそこはまだ腫れており、触られればぴりっと痛みを感じ口を引き結んだ。
ケンカ慣れしている目の前の男がそうなることを知らない訳がなく、瞬時にこの行動は私に痛みを与えるためにワザとしているのだと理解した。
「場地から聞いた」
それだけ言ってじっと私の瞳を見つめて来る彼の瞳は、無茶をしたことへの怒りと心配の色が混ぜこぜになってぎらぎらと獣のような色をしていた。
そんな万次郎から目が離せず私もじっと見つめ返す。
頬からゆっくりと顎の方へと滑り落ちてきた手はそのまま顔から離れるかと思えば、途中でくるりと向きを変え、少しかさついた親指が唇の形を確かめるように撫ぜられる。
「ま」
いきなりのことに驚いて彼の名前を呼ぼうと緩んだ唇の隙間に親指が捩じ込まれた。
遠慮なく咥内に侵入して来た親指は打たれた方の内頬をグッと押し、打たれた衝撃で切れた箇所を見つけるとそこを執拗に擦られる。
「聞かされた時のオレの気持ちわかる?」
いきなりのことに目を白黒させながら擦られる度にピリピリと襲ってくる痛みに堪えられず、ひひゃひと洩れ涙が浮かぶ。
私の涙を見て満足したのか万次郎は私の咥内から親指を抜くと、額同士をこつんとぶつけてきた。
「なまえは女なんだから、危ないこと、すんなって、なまえになんかあったらオレ、自分でもなにするかわかんねぇ」
圭介といい、万次郎といい、心配させるのはわかってたのに考えなしで無茶をしたことを私は素直に「ごめん」と謝った。
「ん、やだ、許さねぇ」
「...は?え、今どう考えても許す流れじゃなかった?!」
「うるせぇ、まだ眠ぃ、寝る」
私を抱きしめたままぼすんとベッドに倒れ込む。
「このまま、この部屋もベッドも、なまえの匂い、安心する」
万次郎の心臓の音が心地よくて、程よく疲労していた私はそのまま万次郎の腕のなかで眠りについた。
「ずっとこのままでいれたらいいのに」