「店員さん、これちょーだい」



包装されたどら焼きが目の前に無造作に置かれ、その手元を辿れば学生服を肩に掛けた顔見知りが立っていた。


「万次郎、普段は来ないくせにほんと和菓子の日だけ現れるわね」


目の前のいかにも不良なこの顔見知りは地元活性化の名目で近隣の洋菓子店や和菓子屋の商品が入荷する不定期開催のこのイベントの、それも和菓子屋担当の日だけ決まってこうやって顔を出す。
若干の呆れを滲ませながら彼が置いたどら焼きをレジに通せば万次郎の後ろにこれまた見慣れた顔が続く。



「なまえさん、ちわっす」

「ケンくん」



万次郎とニコイチと表現しても過言ではない少年、龍宮寺堅くんが私と目が合うなりドラゴンのタトゥーが彫られた辮髪の頭をぺこりと下げる。中身も外見も大人びてしっかりしている彼はこうして並んでいると身長差も相まって完全に保護者に見える。


2人とも髪色は明るく着崩された制服だがどちらも整った顔立ちをしており、ただ立っているだけでも目立つ。良い方にも悪い方にも。
比較的空いている時間帯なのもあるが、見るからに不良の2人を怖がって後ろには誰も並んでいない。



「130円になります」



表示された値段を伝えれば、万次郎は変形された学生ズボンのポケットに手を突っ込みお金を取り出した。

いや何で小銭そのまま入れてるの、とツッコミたい気持ちをグッと抑え万次郎から小銭を受け取ると、丁度さっきお客さんに聞いた話を思い出し、あ、そうだ、と小銭をレジに押し込みながら彼らに話しかけた。



「ちょっと先に大きめの公園あるでしょ」



公園のある方向を小さく指差しながら問えば、伝わったのか頷かれる。



「そこでここ最近ガラ悪い学生たちがケンカっぽいことしてるらしいから近付かない方がいいよ」



私が彼らにこう忠告するのは何もケンカに巻き込まれると危ないからでは決してない。ここら一帯を仕切っている彼ら相手にケンカの心配をすること自体お門違いだ。



「その学生たちが東卍の子たちかは私にはわかんないけど、ケンくんはまだしも万次郎が首突っ込むと大事になりそうだから」



他の子たちのためにも近寄らないようにしときなさいね、とレシートを手渡しながら言えば、2人して顔を見合わせた。
すぐに万次郎はふーん、と言いながら包装からどら焼きを取り出すとさっき手渡したレシートと一緒に包みを私に差し出してくる。



「なまえ、これ捨てといて」

「マイキー、お前なぁ」



早速どら焼きに齧りついた万次郎はお小言を言うケンくんと一緒に店外へと進む。



「あ、明日バイト休みでエマちゃんと一緒にご飯作ろうって話になってるから遅くならないでよ」



そんな背中に言葉を投げかければ、万次郎はこちらを見ることなくひらひらと手を振った。



レジに備え付けられたゴミ箱に渡されたゴミを捨てていれば隣のレジのパートのおばさんに「大丈夫だった?」と心配そうに話しかけられたので私は笑って「知り合いなので大丈夫ですよ」と返しておいた。










「あれ、なまえ、来てたんだ」




それから次の日。
昨日帰り際に伝えた通り佐野家にお邪魔してエマちゃんと夕食の準備を終え、それでもまだ帰ってこない万次郎の帰りをエマちゃんと話しながら待っていた。



「エマちゃんとご飯つくるから早く帰ってきてって言ったじゃん」

「そうだっけ?ちょっと溝中に用があってさ」



帰宅が遅かったことに対して悪びれもない万次郎に多少腹立ちながらもまぁ、ちゃんと約束していた訳でもないししょうがないかと諦め気にしないふりをする。
とりあえず帰ってきたんだから早速夕飯の支度をしようと席を立てば、万次郎の顔に違和感を覚える。



「あれ?万次郎ほっぺ少し腫れてる?」


ケンカでもしてきたのだろうか?
それにしては制服も汚れてないし、頬以外ケガもなさそうだ。
元々よっぽどのケンカじゃなければケガ一つしない彼がほんの少しではあるものの頬だけ腫らしているその光景が不思議で首を傾げる。


「あぁ、昼間ヒナちゃんに叩かれたとこ」


そんな私の問いに少し腫れている方の頬を押さえながら万次郎はその時のことを思い出しているのか口元が楽しそうに弧を描いた。



「ヒナ、ちゃん?」



突然彼の口から出てきた女の子の名前にエマちゃんを見れば彼女も知らないと首を振った。
こんな風に彼の口から親しげに女の子の名前が出たことなど記憶になくて、はじめての衝撃が私を襲う。


「そうそう、女なのにいいビンタだったんだよ、可愛い子でさ」


続けて万次郎が何か彼女についての話をしているみたいだったけど私の耳にはもう届いていなかった。
何だろう、胸がムカムカする。楽しそうに知らない女の子の話をする万次郎が、万次郎なのに知らない人みたいで、気に入らない。


「それでさ、おもしろいヤツがいてさ、タケミっちっていうん」

「帰る」


それ以上楽しげに話す万次郎の話を聞きたくなくて、遮るように短く強く言葉を吐き出しながら彼に背を向け置いてあった鞄を手に掴んだ。
振り返った先、1番に心配そうにこちらを見ているエマちゃんが目に入り彼女にごめんねと目線で謝ると、彼女の隣に立っている万次郎はさっきまでの楽しそうな雰囲気を一転させ、眉を寄せ不機嫌そうになった。



「は?なんだよ、いきなり」


「だからもう帰るって言ってんの」



余裕がなくてきつい言い方になってしまったと自分で気がつくも、もう口から出てしまった言葉は戻らなくて、そんな私の言い方が気に入らなかったのか万次郎の機嫌もさらに悪くなる。


「勝手にしろよ」

「言われなくても」


売り言葉に買い言葉。




「なんなんだよ、可愛くねぇ」



ぽつりと呟かれた言葉に、普段は気にもしない言葉に、胸がぐぅっと苦しくなる。
目頭が熱くなる気配を感じて、それを堪えながら万次郎に向かって音が出そうなほどにっこりと、無理矢理に作った笑顔を向けてやる。



「エマちゃんと一緒に作ったご飯、残したら許さないから」



それだけ伝えると私は飛び出すように佐野家を後にした。

自宅までの道を早足で歩く中、さっきからぐぅっと苦しかった胸に手を当てる。
ここがむかむかもやもやする。
何故か無性に腹が立つ、何に、なんて理由はわからないけど。

これ以上なにも考えたくなくて、帰宅と同時にベッドに倒れ込み不貞寝を決め込んだ。






あれから2週間近く万次郎とは顔を合わせていない。

例え生活圏は一緒でも中学生と高校生ではどちらかが会おうと思わなければすれ違うことすらないんだな、と実感する。ここまで会わないということは私も万次郎を避けているけれど、同時に向こうも私を避けているということだ。

小さい頃から一緒にいる万次郎とケンカをするのはこれが初めてではないがこんなに話さないのは初めてのことだった。



そんななか、バイト先に珍しいお客さんが現れた。



「ケンくん」



きょろきょろと彼のまわりに目線を彷徨わせるも目的の人物は見つからなかった。



「マイキーならいないっすよ」


「べ、別に万次郎のこと探してないしッ」


図星を当てられて思わず顰めっ面をしてしまう。そんな私を見ながらケンくんは溜め息混じりに言葉を吐き出した。


「何誤解してんのか知らないっすけど、ヒナちゃんはタケミっちのヨメですよ」


「...知ってるよ、あの後誤解だってエマちゃんが教えてくれた」



あの後、事態を重く見たエマちゃんがちゃんと万次郎がご飯を残さず食べたことと一緒にヒナという女の子の正体を教えてくれた。

最近万次郎が気に入ってるコの彼女。



「誤解だってわかってんなら謝るなりなんなりしてさっさとマイキーと仲直りしたらどうっすか?」


「なに?ケンくんは私が悪いって思ってるの?」


「いや、もうどっちが悪いとかそういう話じゃないだろ、お互いに変な意地張ってるの辞めればいいじゃないっすか」


「ッ、人のことにばっか口出してないで、自分はどうなのよ、エマちゃんとのこと」


「なっ!エマは今関係ないだろ!?」




突きつけられた正論に、大人気なく返す私の口も止まらない。


「ケンくんがそんなんじゃあ私がエマちゃんをお嫁さんに貰っちゃうからねぇーだっ」


「はあ?!どう考えてもエマはなまえさんの義妹だろ?!」




そんな私たちの子どもじみた口喧嘩はお互いに冷静になるまで暫く続いた。本当にお客さんが少ない時間帯で良かったと心から思う。店長さん、営業妨害ごめんなさい。


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