「みょうじちゃんは夏祭り行かないの?」



今日は夏祭りの日らしく浴衣に身を包んだ女の子たちをバイト前にも沢山見かけた。
そんな私は今日も変わらずバイトだ。こういう日はみんなそっちに行くので普段よりも暇になるので隣のレジのパートのおばさまが私に話しかけてきた。


「あはは、私までお祭りに行っちゃったら出勤する人少なくて困っちゃいますよ〜」


そうよねぇ若い子はみんな休んじゃうから助かってるわ、なんて談笑を交わすも、万次郎に続きつい最近ケンくんともケンカして気まずいからバイトで良かったなんて内心思っているのは秘密だ。
エマちゃんから聞いた話だと最近万次郎たちの周りはごたごたしているらしく、こんなにも万次郎が私と距離を置いているのもそのためらしい。あの日ケンカしたことが原因なのだがそれにしてはまったく会えない状態が長引いているのでそれとなく、ほんとにそれとなーくエマちゃんに聞いてみたらそう言われた。
そんなエマちゃんは今日はケンくんとデートらしく朝電話した時から可愛さが爆発していた、いいなぁ、私もエマちゃんとデートしたい。


「会いたいなぁ」


つい口から溢れた言葉に苦笑いしながら、丁度よく来たお客さんの商品をレジに通して行った。


今度エマちゃんと買い物デートしようと心に決めながら仕事をこなしていれば、上がり時間頃に聞き慣れた排気音が聞こえた気がして何気なく店の外を見る。そこにはザァザァと降る雨と見慣れた景色しかなくて、ついに空耳まで聞こえるようになってしまったようだ。


「結局雨、降っちゃいましたね」

「こんなに降ってたらお祭りも中止よね、残念ね」


レジ締めをしているお姉さんとそんな会話をしてタイムカードを押すために事務所前を通れば偶然目があった店長に呼ばれイレギュラーな時間外労働までさせられた。
これも全部浴衣姿のエマちゃんを独占してるケンくんのせいだ、と腹立たしさを明後日の方向にぶつけながらロッカールームでエプロンを突っ込みながら携帯を確認すれば万次郎から着信が入っていた。

着信時刻を確認すれば丁度私が上がる予定だった時間帯で、この1ヶ月会うことも、メールすらなかったのにどうしたんだろう、とすぐに折り返すが出ない。


なんだろう、嫌な予感がする。







帰宅してからも、お風呂から上がっても、万次郎から折り返しはなく、それでも気になって携帯を見つめる。そのうちにうとうとしてしまったらしく夢の中に引き込まれた。


真っ暗闇のなか、一人で誰かが泣いている。
誰?よく見えないけど、それは大事な人に似ている気がして、泣かないでと抱きしめたくて手を伸ばすけれども届かない。その距離がもどかしくて、


そんな暗闇のなかに着信音響いた。

着信、音?...着信音!


ガバリとベッドから起き上がり、手の中の携帯はランプが点滅して着信を伝えている。
慌ててディスプレイに表示された名前を確認すると私は通話ボタンを押した。




「もしもし?」



「...なまえ」




1ヶ月ぶりに聞いた万次郎の声が、私の耳から脳に伝わる。その声は記憶のものより弱々しくて、若干鼻声な気もする。




「っ、万次郎、何があったの?大丈夫?!」





早る鼓動を抑えながら、万次郎の返事を待つ。




「ケンちんがさ、刺された」


「は?」


「救急車で運ばれたんだけど、病院に着いた時は心肺停止の状態でさ」


万次郎の返事は私が想像していたものではなく、内容を理解するために頭の中でぐるぐると何度も再生される。ケンくんが、刺された??なんで??心肺停止?ケンくんが??




「ど、どこの病院?」




転がり落ちるようにベッドから降りると反射的に携帯を片手に財布だけ鞄に突っ込み、パジャマなのも関わらず家を飛び出そうとした。




「大丈夫」



そんな私の様子が伝わったのか、私を落ち着かせるような優しい万次郎の声が耳に入る。




「手術し終わって一命は取り留めた」




その言葉に持っていた鞄が床に落とし、その場にへたり込む。



「よかったあぁあ、助かったなら助かったって最初に言いなさいよ」



今更身体が震えていることに気づき、どっと安心感が私を襲う。不安感と恐怖感が過ぎ、残ったのは言葉足らずの万次郎への腹立たしさだけで見えない彼に怒りをぶつける。




「いや、聞かなかったのなまえじゃん」


「なんか文句ある?!」




そんな私の様子に、何がおかしいのか電話口で小さく笑ったのを感じる。




「...ケンカしてんのに心配してくれんだな」


「なに当たり前のこと言ってんの?殴られたいわけ?」




少し冷静さを取り戻した私は床から立ち上がると鞄を元の位置に戻し、ベッドに腰掛ける。





「...なぁなまえ」


「なによ」


「オレもう限界」



今まで聞いたなかで一番優しくて、甘いんじゃないかと思う声色が聞こえた。



「仲直り、しよっか」


「...うん」





「ケンくんのお見舞い、次バイト休みの時に行くつもりだから一緒に行こ?」



「ん、わかった」




それから少し話をした後、私たちは通話を切った。













「お前ら、仲直りしたのはいいけどさっそくそれかよ?」



病室に入るなり私たちの姿を確認したケンくんは呆れた視線を向けてくる。



「知らないよ、私じゃなくてこっちに言ってよ」


ベッドの横に備え付けられた棚に持ってきた果物のカゴ盛りを置きながら、尚も注がれているその視線に心外だと後ろから腰もとに回された手をぺちぺちと叩く。



「朝からずっとこうなの、万次郎、邪魔」

「邪魔じゃねぇ」




私の後ろに子泣き爺よろしくぴったりしがみついている男に今日何度目かの文句を言えば、すかさず同じ返事をされる。
朝私の家まで愛機で迎えに来た万次郎は私が用意する間も、お見舞いの品を買う間も、今と変わらず私の背中にくっつき離れようとしない。



「気にしないで、私も気にしないことにしたから」

「それでいいのかよ」

「何言ったって離れてくれないんだもん、それより傷大丈夫?刺されたんだって?」


平気、と言うケンくんの返答と思ったより元気そうな姿に一安心した私の視界にお見舞いの人用の予備の椅子の上に置かれている紙袋が入った。なにやら黒地に金の刺繍が入ったその布の塊は見覚えのあるものだった。



「特攻服?見てもいい?」

「あぁそれな、マイキーがタケミっちにやるんだってさ」



何も言われないので紙袋の中からそれを取り出し広げてみる。それは東卍のコたちが普段着ているものと変わらないもので、ふと袖に入れられた刺繍が目に入った。特攻服には基本左腕の部分に所属する隊の刺繍が刻まれる。

"初代 総長"

今とは違う丈の短い万次郎の特攻服。
設立当時の総長の特攻服。

それのもつ意味は私なんかが理解するよりも重いものなんだろう。無意識か私のお腹に回された腕に少し力が入った気がした。



「着るか着ないかはタケミっち次第だけどな、そういやタケミっちいつ来るって?」

「あ?明日来るっつってたけど」



ベッドの上で携帯をいじっていたケンくんが何気なく万次郎の質問に答えた。



「そうなの?じゃあ私も明日お見舞いに来ればよかった」

「ダメ」


私の言葉を聞いた万次郎は先程とは違い意識的に腕の力が込めアナコンダよろしくぎゅうぎゅうしがみついてくる。若干の息苦しさを感じる締め付けにその腕を叩いて緩めるように促した。



「昔なまえ兄貴のこと好きだっただろ」



抗議を受け緩められた腹部に安堵していれば子泣き爺兼アナコンダ兼万次郎がぽつりと言葉を溢す。
いきなりの話題についていけなかった私は、はい?と間抜けな声が漏れた。


「だから!なまえ昔兄貴のこと好きだっただろ?!シンイチローの後ろ、ちろ兄ちろ兄って言ってよく着いてってたの覚えてんだからな」


「いやいやいやいや、歳離れた近所のお兄さんに憧れてただけだから、今思えば真一郎くんってケンカ私より弱いし女好きだしデリカシーないし...まじで顔だけの男だったんじゃね?」


話している内に至った結論に真理を見た気がして得意げに万次郎の顔を見れば悪女を見るような顔で私を見ていた。解せぬ。


「お前酷いな」

「万次郎も似たようなことよく言ってんじゃん」


自分は良いのに他の人がちろ兄のこと悪く言うのは許せないらしい、めんどくさいタイプのブラコンかよ。



「とにかくっ、なまえは別にタケミっちに会わなくていいし」


「だからなんでよ」



「マイキーはタケミっちが真一郎くんに似てるから会わせたくないんだってよ」




いつまで経っても平行線の私たちの会話を見かねてケンくんが意訳してくれる。




「...バカじゃない?え、似てるって真一郎くんみたいな顔してんの?なにそれ笑える、万次郎にそっくりってことじゃん」



「顔は全然似てねぇよ、似てるのは中身っつーか、内面?」




「ふぅーん」



なんだ、違うのか。
おんなじ顔を並べてみたかったのに残念。



「興味なさそうな返事」

「興味ないからね、あ、ケンくん、りんご食べる?というか食べたいから食べて良い?」



ケンくんの返事は聞かず、カゴ盛りからリンゴを、鞄から果物ナイフと紙皿、爪楊枝を取り出すとすかさずツッコミが飛んでくる。



「はじめから食べる気満々だったんじゃねぇーか」

「買う時からいい匂いしてたからねぇ」



それを笑って誤魔化しながら見舞い用のパイプ椅子に座ろうとする、も後ろに引っ付いている万次郎が邪魔で退くように軽く腕を叩いた。


「万次郎、りんご切るから離れて、危ないよ」


するとあくまでも離れる気がないらしい万次郎は私が座ろうとしたパイプ椅子の半分より後ろに座ると私の手を引き自分の脚の間に座らせた。一人で座ることを想定したパイプ椅子は例え背もたれがないタイプといっても二人で座るには狭く、狭いが経験上これ以上譲歩する気がない万次郎の様子に私は今日何度目かの諦めを決める。


「もういいや、剥くねー」

「オレうさちゃんがいい」

「はいはい」


ケンくん用にしゅるしゅるとりんごの皮を剥いている私とその後ろの万次郎を心底呆れた顔で見てくるケンくんを無視して剥いたりんごをお皿に並べていく。2個目のりんごは皮付きのままうさぎの形に整える。
全部剥き終わると皮を剥いたりんごが乗ったお皿をケンくんテーブルの上に置き、うさちゃんりんごのひとつを取り自分の頭の上に差し出した。


「はい、あーん」

「ん」


ひと口齧ったらしく、しゃくっと瑞々しい音が頭の上に響いた。


「甘い?」

「ん、でも味が薄ぃ」


どれどれと無惨に頭側を齧られたうさちゃんりんごの残りを口に入れる。噛み締めるたびに瑞々しい果汁が口の中に広がるが確かに味が薄くぼやけてる。あんなに匂いは良かったのに、と残念に思っていれば変な顔をしているケンくんと目が合う。



「なに?ケンくんもうさちゃんが良かった?」



「ちげぇよ...お前らお見舞いに来たんだよな?」



催促してくる万次郎の口元にうさちゃんりんごを運んでいればケンくんにおかしなことを聞かれる。今度はしゃくしゃくとうさちゃんりんごを全て口に含んだ万次郎がもごもご咀嚼しながら答える。



「何言ってんだよケンちん、見舞ってるだろ?」

「そうそう、あ、これケンくんの分のりんごね、食べなよ」




テーブルに置かれたりんごを見て再び呆れた顔をしたケンくんは、仲直りしたのはいいけど離れてたぶんウザさが倍増してんだよ...と額を押さえて項垂れた。



「お前らはお見舞いの意味調べ直してから出直して来いよ、ほんと」


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