夢を見た、気がする。


無機質なアラーム音が鳴り響くなかベッドの上で体を起こせば、なんとも言えない不快感が胸の真ん中、丁度心臓の辺りから肩甲骨にかけてを襲う。服の上からそこを押さえるようにさすればドクドクと少し速い鼓動を手のひらに感じた。

生きてる。

その普段は意識しない当たり前の事実を改めて実感すると同時、私は落ち着くためにひとつ大きく深呼吸をした。






この週末、佐野家で真一郎くんの3回忌が行われた。



真一郎くんが亡くなったあの日から2年が経ったらしい。


それが早いのか遅いのかは自分でもよく分からない。
目を閉じればあの日の出来事を昨夜のように思い出せる反面、"人間は声から忘れていく"の通説通りいつからか真一郎くんの声をぼんやりとしか思い出せなくなった。





2年前のあの日、私は丁度佐野家にお泊まりしていた。

保護者代理の2人がそれぞれ地域の集会という名の飲み会、仕事場に泊まりと珍しく不在になるらしくエマとオレの晩ごはんを用意しろとの暴君の頼みを受け私は佐野家にお邪魔した。

2人のお腹を黙らせると片付けまで全部終わらせ万作おじいちゃんが帰って来たのを見届けお役御免と帰ろうとしたらエマちゃんに帰らないでと泣きつかれてしまいお泊まりすることになったのだ。
普段佐野家にお邪魔する機会は多いもののそのままお泊まりすることは数える程度しかなかった。

折角だからとエマちゃんとお風呂に入って一緒の布団で眠りについた。



寝静まった深夜過ぎ、突然電話が鳴った。



その音で目が覚めてしまった私は何事だろうとリビングに顔を出せば同じく万次郎も顔を覗かせており、私が布団から抜け出したことに気がついたのかエマちゃんも起きて来てしまった。

電話を受けたのは万作おじいちゃんで、通話先の相手と短くやりとりをしているその顔が徐々に色を無くしていく様子を私たちは隣で不思議に思って見ていた。


「万作おじいちゃん?」


時間にすれば数分だった通話を切った万作おじいちゃんに声をかければ私たちの顔を順番に見た彼は言葉を詰まらせながら、それでも冷静を装うように淡々と、万次郎とエマちゃんと私に電話の内容を伝えてくれた。


「バイクショップに不法侵入者が入って、真一郎が殴られて重体らしい」



その言葉を聞いた途端、万次郎が何も持たず転がるようにして玄関から飛び出して行ってしまう。

放心状態のエマちゃんを万作おじいちゃんに任せると私は自分と万次郎の携帯、財布を引っ掴みポケットに捩じ込むと万次郎の後を追った。


結局私は真一郎くんのお店の前まで万次郎に追いつくことは出来なかった。

真一郎くんのお店の前にはパトカー数台と救急車が停まっており、深夜にも関わらず人だかりが出来たなか貼られた黄色いテープの前で立ち尽くしている万次郎を見つけ人混みを割って側に寄ろうとする。


丁度建物の中から黒尽くめの人が2人それぞれ警察に付き添われ出てきたところだった。
よく見えないが腕を拘束されているのでそいつらが不法侵入者なのだろう。



「通報のあった店で少年2人逮捕!!負傷者1名!!」



警察官が無線で連絡をしている。

少年と報告されている通り黒尽くめの不法侵入者たちは隣の警察官に比べれば小柄で1人はフードを深く被り、もう1人はうつむいている。

パトカーと救急車のランプで赤く照らされたその顔は...




「場地!!」



その顔を上げ、まわりを見渡した顔は、私たちがよく知るものだった。



なんで?
なんで圭介がそこにいるの??



万次郎を捉えた圭介は大きく目を見開く。



「どうした?」



万次郎は状況を良く理解出来ず圭介に問いかける。



「マイキー」



万次郎の問いに答えることはなくランプの光で赤く染まった圭介の目に涙が溜まる。




「なにがあった?」



「ごめんっ」



涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をした圭介はパトカーのなかに押し込められた。











未だに鳴り続けるアラームを止めるため私は枕元の携帯を手にとった。

夢見の悪さとあの日の記憶、すっきりとしない朝になってしまったなと私はため息をついた。





まだ万次郎のなかで子泣き爺週間は終わってないらしく、私は今、バイト終わりに攫われるようにバブに乗せられ何故か集会に顔を出している。

東卍の集会に参加するのは久しぶりだ。
東卍のメンバーでも、誰かの嫁でもない私は余程のことがない限り集会に顔を出すことはない。


私をここに無理矢理連れてきた男は集会スペースから少し離れた場所にバブと共に置き去りにして行ってくれた。
ご丁寧に、勝手に帰るな、大人しくしてろ、との命令付きで。


副総長であるケンくんがまだ入院中なので今回の集会は各々現状報告が主らしく情報交換は早々に終わりこちらにも人が疎に戻ってきた。


そのなかに見知った顔を見つけ、私は声を掛けた。


「春千夜くん」


手入れの行き届いた金糸のような髪に、黒のマスクで口元を隠した少年。

彼は名前を呼ばれ振り向いた先、私の姿を確認すると一瞬嫌そうな顔をし眉をひそめた。



「...馴れ馴れしく呼ぶの辞めてもらっていいですか?」



彼と話をするのはどのくらいぶりだろうか。

記憶のなかよりも低くなった声で不機嫌さを隠しながら答えてくれる。



「じゃあ赤司くん?」



そう呼ばれることを彼が嫌がると理解していて呼び掛ければぐっと眉間の皺が深くなった。



「三途です」



心底嫌そうに今現在彼が自称している苗字を吐き出した。
こうも感情を顕にするから昔から揶揄われるのにと思いながら要望通りに、三途くん、と呼んだ。



「何か用ですか」


「ううん、久しぶりに顔見たから話しかけただけだよ」




そう言えばまるで苦虫を噛み潰したような顔をした彼は、私の後ろにあるバブを一瞥し先ほどより低い声で私を睨んでくる。




「オレは...あんたのこと認めてませんから」



そうだ、最後に話した時も彼は私のことを気に入らない様子だったと思い出す。



「マイキーはあんたなんかが制御出来る男じゃありません」


「私は、万次郎のこと制御しようとなんて思ったこと、一度もないよ」




私も春千夜くんの顔を真っ直ぐ見て、言葉を紡いだ。



「用がないなら失礼します」



ふいと私から視線を外した春千夜くんはそのまま立ち去って行った。

そんな春千夜くんの背中を見ながら昔から不器用だよなぁなんて近所のお姉さん目線に思う。





それから数十分、待てど暮らせどいつまで経っても万次郎は戻ってくる気配がない。

腹が立ってきた私は無理矢理連れてきたくせに放置は良くないと一言文句でも言ってやろう、と集会スペースの方にズカズカと足を進めた。

もう人がいなくなった鳥居下、万次郎と圭介がなにやら言い合っている。




「二人して怖い顔して、なんの話?」




取り敢えず場を取り持とうと2人の間に立ちそう聞けば、圭介が気まずそうに顔を背けた。

何か良くないことでも話していたのかと万次郎を見れば万次郎は怒るわけでもなく、笑うわけでもなく淡々と言葉を発した。





「一虎が出てくる」





予想していなかった万次郎のその言葉に私の体が小さく震えた。



「そ、そう、なんだね」



小刻みに震える手を隠すように自分のそれで抑えれば、隣に立っていた万次郎の手がそっと私の手を包み込んだ。



「ずっとこの時を待ってたんだ」



多分無意識にだろうが握られた手に徐々に力が込められる。




「一虎はオレが殺す」




先程と同じ声色で、万次郎は人を殺すと言う。

万次郎の大切な東卍を一緒に作ったメンバーを、友人を、知らなかったとはいえ真一郎くんを殴り殺した男を。




「待ってくれマイキー」




黙っていた圭介が焦ったように言う。



「あいつはただマイキーを喜ばせたかっただけなんだ、あのときだって」


「場地」



圭介を呼ぶその声は変わらず温度を感じない。

言葉をとめ万次郎から視線を逸らした圭介は、今度は私と目を合わせる。



「なまえも一虎のこと」



圭介の言葉に被せ、今も記憶から消えることのないあの日のパトカーと救急車のサイレンの音が脳内に響いた気がした。

くらりと記憶の渦に飲み込まれそうになった私の体を万次郎が隣から支えてくれる。




「...ごめん」




圭介には悪いけど、私もやっぱり故意ではないにしても真一郎くんのことを殴り殺した一虎くんを許せそうにない。
万次郎のように殺してやりたい、とは思わないけれど、あの時真一郎くんが味わった痛みを一虎くんも味わえばいいのに、とは思う。
一虎くんのことを許せない万次郎の気持ちを、私は否定することは出来ない。



そう伝えれば圭介の顔が切なげに歪んだ。


私と万次郎と圭介、この件について分かり合えることはないのかも知れない。

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