品出しの最中、特徴的な後頭部を見つけた。
サイドと襟足を刈り上げた金髪マッシュボブのよく知るブレザーに身を包んだ少年がカップ麺の棚の前を陣取っている。
雀の頭みたいに丸っとした綺麗な後頭部だなぁなんて眺め過ぎたのかその少年とぱちりと目が合ってしまった。
「あ、やっぱりポチくん」
「??ポチじゃねぇっす、松野千冬っす」
思わず出てしまった心の声に近い言葉に目の前の少年、松野千冬くんは怪訝そうな顔をした。
店員にジロジロ見られれば不審な顔もしたくなるわなと素直に謝るが、本当に私が不審者だった場合簡単にフルネームを名乗るのはどうかと思うぞ、千冬くん。
「あはは、ごめんごめん千冬くんだよね、圭介がいつもお世話になってます」
「あ、場地さんやマイキーくんとよく一緒にいるお姉さん、ここで働いてたんすね、お疲れ様です!」
千冬くんも私のことを思い出したのかにかっと人懐っこい笑みを返してくれた。
その万次郎や圭介にはないピュアさにお姉さん思わず目がやられそうになったよ...
あいつらに千冬くんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。もっと私を敬う精神を持つべきだ。
「買い物?」
配送用の段ボールから商品を棚に並べつつ千冬くんに尋ねる。
「はい、場地さんに家来る前に買って来いって頼まれたんで」
「...なんかごめんね、嫌なら嫌って言っていいんだからね」
「大丈夫っす、自分好きでやってるんで」
お尻に尻尾が見えそうなその様子にあ、そういえば圭介に従順なポチくんだったわと再認識した。
盲目的に圭介のことを慕ってくれている千冬くんに初めて会ったときのことを思い出す。
「あのバカ、今日こそ殴る絶対殴る」
集会に使われている神社に敷かれた玉砂利を豪快に靴で鳴らしながら黒い特攻服に身を包んだいかつい男たちの間を私はずんずん進んでいく。
鬼気迫る形相の私に飲まれてかモーゼの十戒よろしく人並みが割れていくなか、目的の人物の後ろ姿を確認した私は背後からその肩を引き勢いのまま地面へとはっ倒す。
目的の人物、圭介は背後からの攻撃に一瞬身構えたものの相手が私だと気付くと大した抵抗もなくそのまま地面に転がった。
私は押し倒した圭介の体の上に乗り上げると両手で胸ぐらを掴みあげた。
お行儀が悪い?
そんなの知ったこっちゃねぇ。
怒りで頭に血が上った今の私には普段あれほど問題児2人に説いている常識なんて考えている余裕はないんだわ。
「バカだバカだと思ってたけどあんた本当にバカなんじゃない?!」
「ばっ、どけって」
騒ぎを聞きつけたらしく野次馬が増えていく。
一番隊隊長にそれに馬乗りになって胸ぐらを掴んでいる見知らぬ女。
ざわざわと困惑と怒声が入り交じる。
「留年ってなに?!どうやったら中学で留年出来る訳?!それによくも今まで誤魔化してたわね、今日おばさんに聞かなかったら気付かなかったわ」
「なまえ、わかったから取り敢えずどけって」
「あんたのバカが治るまでどかないわ!」
いらいらのピークを迎えた私は両手で圭介の胸ぐらを掴んだ腕を自分の方に引き寄せ、同時に軽く自分の頭を後ろに引く。
お互いの勢いそのままに、圭介のおでこに容赦なく頭突きを食らわした。
「いって!くそバカ石頭」
「バカはお前じゃあ!」
頭突きを喰らわせたおでこがジンジンと熱い。
「場地さん」
ざわざわしていたギャラリーのなか、最前列(圭介の一番近く)にいた男のコが圭介に駆け寄ろうとしてくるのを圭介が片手で自分の額を押さえながらもう片方で制した。
「大丈夫だ千冬、こいつは」
その瞬間、
「なにやってんの?」
ざわざわと周りの声がピタリと止み、聴き慣れた声がしたかと思えばふわりと体が浮いた。
なにやら後ろから両脇を支え持ち上げられたようでそのままその腕はするりと私の腰にまわされる。
声で、腕で、気配で、存在感で、後ろが誰かなんて見なくてもわかる。
圭介への怒りに、今まで気付かなかった自分への憤りに、自分のなかでごちゃごちゃになった感情が視界を潤ませるのを感じながら首を後ろに捻る。
「万次郎」
そこには予想通り万次郎がいて、瞳に涙を溜めブサイクな顔をしているだろう私を眉を下げ見下ろしていた。
万次郎は腰に回していた片方の手で私の前髪をそっとよけると未だにジンジンしている額を軽く撫でる。
「おでこ赤くなってんじゃん、場地にやられたのか?」
「マイキー...この状況どう見てもオレが被害者だろうがよォ」
私たちの足元で千冬くんの手を借りて上体を起こした圭介が言いがかりをつけてくる万次郎に心外だと反論した。
「そうっ万次郎!このバカ、留年しやがった!義務教育の中学をッ留年しやがった!」
万次郎から視線を外し圭介を指差してやり場のない怒りをぶつければ万次郎は圭介を見て鼻で笑う。
「バカだななまえ、場地がバカなのは今にはじまったことじゃないじゃん」
「マイキーには言われたくねぇよ!」
万次郎のその発言になおも圭介が噛み付く。
「それより簡単に男の上に乗るなって」
噛み付いてくる圭介を無視して万次郎はくるりと私の体を反転させるとおでこを撫でていた手で顎を掴んで自分の方に固定させた。
真っ直ぐに視線がぶつかって、万次郎の普段よりもハイライトを無くした瞳の奥、そこにちりっと黒いモヤが見えた気がして荒ぶっていた心が少し冷静に戻る。
「それは...ごめん」
改めて自分の仕出かしたことを思い、恥ずかしさから万次郎の胸にまだジンジンと痛むおでこをくっつけた。
ああああ、今思い出しても恥ずかしい。
いくら頭に血が上ってたとしても馬乗りからの頭突きはない、黒歴史だ。
誤魔化すように黙々と商品を出す。
売り切れていた棚にカップ焼きそばを詰め込み終われば、千冬くんがその一つを手に取った。
千冬くん...出すの待ってたんだね、言ってよ。
なんでさっきから商品も持たずずっと立ってるんだとは思ってたけどさ。
その謙虚さをあの2人にも分けてあげて欲しい。
そのままレジに向かおうとする千冬くんに、あ、そうだ、ともう一度声をかける。
「圭介の様子、ちょっと気にしてあげててくれる?」
この間の集会の時といい圭介の様子がいつもと違う気がする。
「場地さんの様子っすか?」
千冬くんには思い当たることがないのか首を傾げる。きょとんとした顔が可愛いな。
「そう、なにかやらかす前の雰囲気に似てるのよね」
思い過ごしならいいんだけどね、と伝えればわかりましたと快く受け入れてくれた。
一虎くんが出てくる。
ただそれだけのことなのに根拠のない変な胸騒ぎがする。
このままなにも起こりませんようにと私は胸のなかで小さく信じてもいない神様に祈りを捧げた。