そういえばと思い返すと私、みょうじなまえは昔から色んなものを拾って帰る子どもだった。最もポピュラーな犬猫にはじまりスズメなどの鳥類はもちろんのこと強いては虫、爬虫類などその種類は様々で拾ってくるたびに母親は渋い顔をしていた。
それでも元の場所に戻してこいなどとは一度も言われたことはなく、結局はこの親にしてこの子ありの逆、この子にしてこの親あり。要するに私のお人好しな性格は立派な親譲りのものであるということだ。

大人になった今よくよく考えれば拾ってくる本人は拾うだけの簡単なお仕事だが、拾ってきた猫や犬、鳥や虫等々のお世話や里親探しは親の仕事になるのだからそりゃ渋い顔のひとつやふたつもしたくなるだろう。今更だけどお母さんごめんなさい、今度何かの用事で電話した時にでもちゃんと謝ろう。




とまぁ、何故突然こんなことを思い出したかというと原因は狭いワンルームの我が家にいる自分よりも幾分若いであろう彼のせいだ。



「取り敢えず消毒しよっか」


沁みたらごめんね、と私は口の端を血で赤く染めた恐ろしいほど綺麗な顔の男の子の顔にピンセットで摘んだ綿球を押し付けた。







時は少し遡り、仕事終わりの帰り道。
残業で少し遅くなった分を取り戻そうと普段は立ち寄らない路地裏に立ち寄った。
大通りを通ると大きくまわり道になるのだがこの路地裏を抜ければ家までの道のりを大幅にショートカット出来るのだ。
ただし人通りが少なく薄暗い路地は安全面には著しく欠けるため余程ではない限り使わない。
だから今日この道を使ったのは本当に偶然だった。

早く通り抜けてしまおうと足早に進む先、ビルの壁にもたれるようにしゃがみ込む人影がひとつ。
近付けばそれは指通りの良さそうな金と黒のツートーンの髪をきちんと三つ編みに編んだ、俯いているため顔は見えないが背格好からいって多分男。それも多分若め。
携帯弄るわけでもなくただ片手に持ったまま路地裏でしゃがみ込んでるなんてきっと何か訳あり。
それでも自分のなかのお人好しスキルが発動してしまい、


「大丈夫?」


気分でも悪いのかと声をかけてしまった。

私の声に男は顔をあげる。

現れた顔面はまるで有名な絵画の女神を想像させるほど整っており、ひゃっと息を呑む。中性的な印象だが骨格はやっぱり男の人のそれで全体的に垂れた目元と綺麗な藤色の瞳が特徴的だった。


というか、それよりも!
口元と携帯を握っている拳が血で赤く染まっており、着ているグレーの長袖のシャツも所々血が飛んでいる。


「ケガ!大丈夫?!救急車呼ぶ?!それか警察」


明らかにわかる事故か暴行の跡に、こういう時は救急車だっけ、先に警察?番号110?117?なんて慌ててカバンの中の携帯を取ろうとすると、いつの間に立ったのか目の前に来た男が私の腕を掴んだ。


「大したことないからいらない、呼ぶな」


思ったより低い声と掴まれた手が少し、いやかなり痛い。
なんなの?馬鹿力なの?
人が豆腐掴む感覚でリンゴとか潰しちゃう系ゴリラなの?
いや、ゴリラなんて似ても似つかない容姿をしているのはさっき女神とか想像しちゃった時点で知ってるけど、これは中身の問題だ、中身の。

混乱しながらも、わかった呼ばないから離してと頼んだら離してくれた。

あ、良かった、人語が理解出来るゴリラ(中身)だったみたい。


目の前の彼の顔を見ようとすると、しゃがんでいたから気づかなかったが多分180近くあるのだろう高身長のせいで平均身長より少し小さい私は首をだいぶ傾けることになる。



「ここ、痛くない?血、滲んでるよ」



ふと口端の滲んで垂れた血が気になって手を伸ばし親指で拭うと痛かったのか垂れた眉が寄せられ間にシワが寄ったので慌ててごめんと手を離した。

その三つ編みの彼が綺麗な藤色の瞳のなかに捨てられた犬や猫たちと似たような色を浮かべていることに気付いてしまった私は




「行くとこないなら、家に来る?」




なんて無意識にうっかり口を滑らした。

もう口にしてしまったし、こうなったら私の気がすむまでさせてもらおう。私は傷の手当てがしたい、三つ編みの彼はきっと今いくところがない、手当てが終わったら好きに出てってくれればいいしお互いwin-winだと、私の言葉に一瞬驚いた後疑いと警戒を濃くした彼の手をひき私は歩き出した。

暫く歩き辿り着いた先は就職と同時にはじめた一人暮らし、社会人2年目の安月給でも払っていける程度のそれなりの築年数の狭いワンルームの我が家。
住めば都という言葉もある通り、一年も住めば愛着も湧くもので正直実家よりも心安らぐ場所かもしれない。

玄関で靴を脱ぐように指示すれば、ここまで無言で着いてきた三つ編みの彼(以後三つ編みくんと呼ぼう)はこれまた何も言わずに指示に従ってくれた。



ワンルームなので一部屋しかないのでリビング兼寝室に通せば彼は借りてきた猫のようにきょろきょろと部屋を見渡している。

彼は猫というよりどちらかというと犬だと思う、躾の行き届いたブルジョワなところに飼われている大型犬。

なんて考えながら棚から救急箱を取り出すと、三つ編みくんの体を見渡した。
ザッと見ただけだけど打ち身のような赤くなった痣や擦り傷は数カ所あるものの目立った傷は口端のものと拳だけのようで、順番に消毒をして傷テープを貼った。

ここまでやったらついでだからと、汚れてしまったグレーのシャツも洗うかと聞けば、いやいい、と拒否をされた。血、早く落とさないと取れにくくなると思うけど。

三つ編みくんは、手当てが終わったのを確認するとふと彼を纏っていた雰囲気が少し変わった。


「で?見知らぬガキ拾って世話焼いて恩売って何が目的?」


三つ編みくんは向かい合って座っていた私の方へ体を倒してくるため彼と一定の距離を取るためには比例して私は後ろに体を倒すしかなくなる。

近い近い近い!
近付く整った顔に浮かぶぎらぎらと肉食の獣のような目が光っている気がした。


手の甲に傷テープが貼られた彼の右手が私の太ももを這うように撫でてきたため、驚きで力が抜けた私の背中はどんっと音をたててラグとぶつかる。


「抱けばいい?いいよ、あんた全然タイプじゃないけどケンカ終わりだから相手が女ってだけで勃つと思うし」


器用に片腕だけで自分の体重を支えた彼は、警戒心の塊、逆毛を立てた猫みたいなのに口もとだけに笑みを浮かべ、太ももから這い上がってきた手をシャツの隙間からなかに差し込んできた。
お腹に感じる自分のじゃない体温に慌てて距離を置こうと私と彼の間に腕を突っ張らせるが彼の動きは止まらない。


「ちょ、ちょっと、待って、待って」

「ケンカ終わりってさ、脳内のアドレナリンの量がヤバいらしいから興奮してんの、優しくは出来ないと思うけどいい?」


私の言葉など耳に届いてないのか、侵入してきた大きな手は慣れた手つきでブラを押し上げ胸を揉み出す。


「うわ、服の上からじゃわかんなかったけど胸でけぇんだね、見て指埋まるわ」


もにもにと無遠慮に揉みしだき、その指が乳首を掠めた瞬間、んっ、と自分の口から声が漏れた。
情事独特の自分じゃないような甘い声に途端に恥ずかしさがマグマのように湧き上がる。


「人の話を聞けー!」


羞恥心に耐えながら振り上げた足が偶然にも彼の股間を蹴り上げた。




「いっ?!」



あっ、と思った一瞬、私の上から飛び退いた三つ編みくんは膝立ちのまま涙をうっすら浮かべ股間を押さえてこちらを睨んでいる。


「ご、ごめん?!」


ラグから上半身を起こした私はお尻を後ろに引きずりながら手と足で部屋の隅まで移動し彼と距離をとると、捲り上げられたブラとシャツを急いで直しながら必死にわざとじゃないと弁明した。



「あーもういい、やめたやめた、一気に萎えたわ」



目を潤ませた彼は元の位置に座ると自分の前のラグをぽんぽんと叩く。
ここに来いということだろうか、と恐る恐る近寄ればさっきまで彼に纏っていた怪しげな雰囲気はなくなっており、背中痛くねぇ?と優しく尋ねてきた。これ以上彼が私に危害を加えることはないと判断し、私は頷いた。



「冷静に、なりましたでしょうか」

「ん、あんた変な女だね」



纏っていた怪しい雰囲気と一緒に何故か私に向けられていた警戒心も薄まっている気がする彼に問い掛ければ変な女認定を頂いた。


ぐぅ、とどちらともなくお腹が鳴る音がしたので時計を確認すれば世間でいう夕飯の時間はとっくに過ぎていてそりゃお腹も減るわけだと思う。



「もうこんな時間なんだね、キミは何か食べた?お腹は?すいてる?」


「、食ってない」


「お腹がすいたままだとろくなことないから、私は今からご飯にするけどキミも食べる?1人分も2人分もそんなかわんないから遠慮することないからね」

「あぁでも作り置きのやつパパッと出しちゃうだけだから期待はしないでね」



一人暮らし向けのワンルームなのでキッチンは玄関を入ってすぐ、部屋まで続く廊下に備え付けられている。ドアを開けてすぐの冷蔵庫を開き、なかから耐熱ガラスのタッパー3つと出汁パックの入ったピッチャー、豆腐と味噌を取り出した。


「なにかアレルギーとか嫌いなものとかある?」


そう尋ねると私の後について廊下に出てきた三つ編みくんはんーんと首を横に振る。
あっちで座っててもいいよ、と元いた部屋のなかを指差すも、ここで見てると返された。
部屋へと続くドアの前、無駄に身長の高い男が腕を組んだまま無言で手元を見てくる。
なんだこの状況、私今から審査でもされるのかな?段取りが悪い!マイナス10点!的なやつ?

まぁいいやと、シンクで手を洗うとコンロ下から片手鍋を取り出しピッチャーのなかで綺麗に黄金色に染まった液体を注いでいく。


「それは?」

「出汁ストック、パックに入れた鰹節と昆布を水と一緒に入れて置いておくと出汁が出るの」



ふぅん、と自分から聞いてきたくせにわかったのかわかってないのか分からない返事をして再び私の作業を見つめる。
なんとなく疑り深く観察されてる気がして、ようやく彼の真意に気付く。いきなり見知らぬ人の作るものを食べるのは怖かろう、作る工程を見てそれで安心して食べられるなら存分に見るがいい。

火にかけ温まるのを待つ間に、大きめの耐熱ガラスのタッパーをレンジにかけるため彼に近付く。我が家のレンジは冷蔵庫の上なので必然的に彼の前に行くことになるのだ。
彼は審査官よろしく私の手の中のタッパーを覗き込むと、「肉?」と尋ねてきた。


「そう、生姜焼き、食べれる?」


若い男の子には大概肉を出しとけばなんとかなると昔どこかで聞いた気がしたから生姜焼きにしたんだけど、とタッパーをレンジのなかに入れながら彼を見れば


「ん、好き」


と、三つ編みくんは初めて表情を柔らかくさせた。それにつられて「好きなら良かった」と私もへにゃりと笑いかければ軽く目を見開いたまま数秒固まられた。

何か気に触ることをしてしまったのだろうかと首を傾げながら片手鍋を見れば出汁がふつふつと沸いたようだ。
意識を調理に戻し、そこに賽の目に切った豆腐と乾燥ワカメを入れ一旦火を止める。
マドラーで味噌を掬い丁寧に溶かし入れていると丁度レンジが温め終わりを告げた。

食器棚から深めの丼皿を2つ取り出しご飯を盛り、その上にさっき温めた豚の生姜焼きをこんもりと乗せる。特売で豚の切り落としが安かったから多めに作っておいて良かったと三つ編みくんの方を気持ち多めに乗せる。いつもならこれでお終いだけど今日はお客さんがいるから特別、とお肉の山の頂点に半分に切った味玉を2コトッピングした。
最後のタッパーのにんじんのしりしりを小鉢に移し終わったところで、審査員兼監視官の三つ編みくんに話しかける。


「ねぇ、もう出来るからそっちに運んでもらってもいい?」


味噌汁にもう一度火を入れ、お椀によそいながら頼めば三つ編みくんは文句も言わず運んでくれた。


ラグの上に置かれたローテーブル、そこに2人分の味玉乗せ生姜焼き丼に豆腐とわかめのお味噌汁、にんじんのしりしりが並べられた。
麦茶の入ったピッチャーを手に三つ編みくんの正面に座ると、置いてあったグラスに麦茶を注ぐ。



「口に合うかわからないけど、どうぞ召し上がれ?」



そう伝えれば三つ編みくんは「いただきます」とまずは汁椀を持ちひと口啜った。


「...うま」


汁椀を置き、次いで箸を持つと生姜焼き丼にも手をつけはじめる。

箸に乗せられた米とお肉があぐりと大きく開いた彼の口の中に入れられた。



「ん、これも美味い」



休まずに食べ続ける彼を眺めながら私も食べ進める。


食べながら話したことで知ったのは、彼三つ編みくんが17歳で私の4つ下ということ、弟がいるということ、たまたま1人で外出してる時に絡まれてケガをした上に携帯が壊れたこと。絡まれて一方的にケガをしたにしては軽症過ぎる気がするのだが、ツッコんだら負けな気がしてスルーした。


ちらりと彼を盗み見れば、食べ方もだけど箸の持ち方も綺麗でそれだけで育ちの良さが伺える。そもそも彼自身立ち方や姿勢、ひとつひとつの所作も洗練された綺麗さがあるので彼はやっぱり良いところの御子息なんじゃないだろうか。やっぱり彼はきっとブルジョワなところに飼われている大型犬だ。




「ご馳走様、美味かった、15分くらいでこんだけ作れるってすげぇね」


「はい、お粗末さまでした、見てた通りほぼ作り置きを温めるだけだからね」



食べ終えた食器をシンクに運んでいれば手伝う、と後をついてきた。
お客様にそんなことはさせられないと断ったのだが「手当てとご飯のお礼、させて」と言われてしまえばこちらが引くしかない。



「じゃあ洗い終わったお皿の拭きあげお願いしてもいいかな」


ふきんを手渡して言うと三つ編みくんはわかったとそれを受け取った。

私が食器を洗い、三つ編みくんがお皿を拭いていく。黙々と繰り返される作業のなか彼が口を開いた。


「ねぇ、いつもこんなことしてんの?」

「こんなことって?」

「なんでもほいほい連れてきちゃうわけ?」

「うーん、昔から良く犬とか猫とか色々拾ってきたけど、人間を拾うのははじめてだよ」


さすがに、とお皿の泡を流しながら苦笑いして言えば


「なに俺拾われたの?」


と三つ編みくんは笑った。
すごい、美人の笑顔、プライスレス。


「拾ったっていうか、迷い犬を保護した、みたいな」


泡を流し終わった食器を手渡すために振り向けば、おねーさん、なんて呼ばれて、三つ編みくんは真っ直ぐ私を見つめていた。

うわ、さっきまでずっとあんた呼びだったのに、彼のなかで何の心境の変化があったか知らないけれどいきなりおねーさん呼びにかわった。



「灰谷蘭、俺の名前」


呼んで?と可愛く首を傾げてくる三つ編みくん、もとい、はいたにらんくん。


「はいたにくん?」

「違うでしょ、おねーさん」


苗字呼びは不服だったらしく言い直させられた。


「らん、くん?」

「正解、良く出来ました♡」


彼の名前を呼べばまるで下の兄弟を甘やかすように甘く優しく褒められた。

長女の私はそんな対応に慣れておらず、んぐっと言葉を喉に詰まらせた。イケメン怖い。



「もうおしまい、ありがとう助かっちゃった」


最後の一枚を蘭くんから受け取ると食器棚にしまう。

それから「俺もう帰るね」と言った蘭くんを玄関まで見送れば靴を履いた蘭くんに、ねぇ、おねーさん、とまた呼ばれた。


「なあに?」

「またご飯食べに来ていいよね?」


名前の問答のときと同じく可愛く小首を傾げる蘭くん。蘭くんは自分の顔の良さを理解して利用し尚且つ悪用してくるタイプのイケメンだ。

まるで絵画から抜け出てきたみたいな美人に問いかけられてきっぱりNOと言える人間なんてきっといないんじゃないだろうか。

良いとも悪いとも言えずもにょもにょと口の中で言葉を濁している私に蘭くんは追い討ちをかける。


「餌付けしたんだからちゃんと責任もって飼わなきゃな、おねーさん♡」



目の前の女神のように美人で誰もが振り返るイケメンな蘭くんはにっこりと綺麗に笑った。







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