「おはようございます、円」
彼女の部屋のドアを開け、中に声をかける。しばらくして彼女のうめき声が聞こえて苦笑した。起きたばかりでまだ寝ぼけているのだろう。部屋に上がって窓のカーテンを一気に開ける。こんもりしたベッドを眺め、早く起きてくださいませ、と声をかけて時計を確認する。まだ朝ごはんを食べる時間はちゃんとあるようだ。台所に立ち寄って昨日のうちに下準備していたおかずを取り出し、温め直す。すでに炊いていたご飯を二人分よそった。
「うぅ*おはよう……イヴ姉」
「円は寝坊助さまですね。お顔を洗っていらっしゃいませね」
「うん……」
のそのそと起き上がり、フラフラとした足取りで洗面所へ向かうその猫背に、今度はふふふ、と声が漏れた。彼女の部屋に上がり、その世話をするようになってからだいぶ経つ。朝起きて、教会の仕事を手伝い、彼女の部屋で学校へ行く前の彼女と朝食をとる。そんな日常の朝が、心地よく、少し楽しみになったのはいつからか。
狭いダイニングテーブルの上に二人分の朝食を並べれば、それはすっかり埋まってしまった。円の準備が終わるまで、部屋のなかに脱ぎ散らかされた服を手に取り洗濯カゴに入れる。これはあとで自分の服と一緒に洗濯しておこう、と心のなかにメモをして。
「今日の朝ごはんは……肉じゃが?」
しばらくして彼女は洗面所からもどった。寝間着姿のまま食卓に着くと、箸を手に取る。その様子をみて自分も彼女の向かいに座った。
「ええ。残りは夕飯にも取っておけますからね」
「ん。いただきまーす」
両手を合わせてカミサマへの感謝を。ホカホカの白いご飯の輝きが、祝福を得られているようで心が温まる。
「円は学校で何か、お祭りの出店をしたりしますの?」
「んー……どうだろ。考え中かな」
「あら、そうなんですか。……お祭りの出店、楽しみでございますわね」
「うん」
「円は浴衣か甚平、お持ちでして?」
「あったかなあ」
「なければ今度、円のものを買いに参りましょう」
食事の隙間に添えられた、他愛もない話。朝の光が部屋の中に差し込んで、電気も入らずに部屋を照らしていた。あらかた食べ終わった頃、時計を見た円が慌てて立ち上がった。
「やっば! 遅刻!」
「あら、あらあら、もうそんな時間でございますか」
慌ただしく制服を取りにクローゼットへ駆けていく円の後ろ姿をニコニコしながら眺めながら、最後の一口を食べ終えた。二人分の食器を流しに持っていき、残った肉じゃがはラップをして冷蔵庫の中へとしまった。
バタバタ、どたん、と背中に音が聞こえて笑みが漏れる。皿を洗いながら、つい鼻歌すらも漏れてしまいそうだ。
「円、準備はできまして?」
背後が少し静かになった頃、洗い物もちょうど終わる。振り返って円の姿を探すと、円は少し慌てたように玄関に向かった。
「うん、まぁなんとか! じゃあいってきます!」
「いってらっしゃいませ」
靴をつっかえて慌ただしく玄関の向こう側に消えて行く彼女の後ろ姿にそう言葉を投げた。まるで嵐みたいな朝には、すっかり慣れっこだ。彼女の痕跡の残ったこの部屋が、彼女の抜け殻だけ残して一気に静かになって、毎朝この時だけは少し寂しくなる。
「……あら?」
綺麗に片付けられたダイニングテーブルの上には、小さなメモと一輪の黒いチューリップ。さっきまではなかったものだった。メモと花を手にとって、なんだろうと中身を読む。
『いつもありがとう』
思わず自分の顔がにやけてしまうのを感じて、胸の前でメモと花を抱きしめた。なんと、なんと愛らしいことをする子だろう。
程よい高さのコップに水を入れ、チューリップをさした。日当たりの良い場所に置いて、部屋をでる。今日は花瓶を買いに行こう。そして彼女に返す花束を買いに行こう。自分からの感謝もまた、大きいものだと伝えられるくらいの。