懐かしい、と感じた雨足は瞬く間に強くなり、体を隠す布を徐々に体へ張り付かせていく。早く帰ろう、と円、ニスケとともに早足で居住区への道を歩んでいたとき、それが現れた。
「やあ、そこのキミ!」
パッと振り返る。ざあざあと降る雨音が耳に入る。真っ白な服、少し跳ねた髪が雨に濡れている。黄金色の瞳が、雲で覆われた空から落ちてきた月のような印象を抱かせて少しゾクッとした。無意識に円とニスケを背後に隠すように立ちはだかった。知らない人。無論、円玖にはまだ見ぬ住人もいるだろうが、それでもそのものはまだ見たことのないものだった。ささやかな違和感に襲われる。降り続く雨も伴って何かが、おかしいことだけがわかる。
「驚かせちゃったかな。ヒトを見かけたものだから、つい嬉しくなってしまって。ボク、『今日』この街に来たばかりでさ」
こちらの疑問を読み取ったかのように、その違和感の正体をあっさりと明かした目の前のそのものは、人懐っこそうに笑った。
「ボクの名前はヴォルフィアナ。キミたちの力になりたくてここに来たんだ」
「……わたくしたちの、力?」
「このままこの街にいたら、キミたちは『ずっと』『幸せになれない』よ」
何を、言っている?
理解ができない。さっと背後を盗み見ると、二人がキュッと手を繋ぐのが見えた。感じたのは不気味さ、そして、ほんの少しの怒り。
「ボクと一緒に逃げよう。エンマの『支配』から」
うるさい。
「偽りの幸せから」
ごちゃごちゃと何かを言う声が聞こえる。偽り? 目の前のものはこれまでの己の幸福を、否定するのか? これまでの幸福の日々を、支配、偽り、などと言う御託で片付けるのか? 何を言っている。理解ができない。否定された。否定された。否定された。否定された。否定された!
「ボクの手を取ってくれ」
「イヴ姉、早く帰ろうぜ」
円の声で我に帰る。服の裾を掴んだ彼女が、小さくその手を引いた。ニスケも半ば穏やかに微笑んでいる。
「……ええ、そうですわね。すっかり雨に降られてしまいました。夏とはいえ、風邪をひいてしまいますわ」
そのもののことを頭から追い出して、背を向けて、二人とともに居住区の方へと足早に歩き始めた。すっかり濡れた体は嫌な感じに纏わり付かれていて、どうしようもない苛立ちを隠すことで精一杯だった。