しとしとと降り続く雨を横目に、教会の中を掃除する。毎朝するこの掃除は、普段、外も行なっているのだが、昨日も今日も外の掃除はできていない。
しばらく雨が降らなかったこの円玖では、傘が必要なかった。もちろん自分も傘は持っていない。今度どこかに買いに行かなければ、と思ったが、すぐにはパッと思いつかなかった。
今日も教会にきてくださる人はまばらにいて、彼らはそれぞれ祈りを捧げている。聖歌隊が賛美歌を歌う時間になってから少し。
ジメッとした空気を裂くように、教会の扉が開く。
「あら佐暁さま!」
よく行くバーの、その店主。朝日の下で見るのは少し珍しく思えてしまう。彼はニコニコしながら教会の中を物珍しそうに眺めている。
「そろそろそちらのお店にも行かなくては、と思っていたのですわ! お会いできて光栄でございます」
「ええ! ほんとッスか!? いやぁ*こちらこそそんなこと言ってもらえてコーエーッス!」
キラキラと輝く笑顔が弾けてこちらまで笑顔になれるようだ。鬱々とした気分も、彼の笑顔で吹き飛んでしまいそうな。
「いえ、いえ! そんなことはありませんよ。佐暁さまもよろしければご一緒にいかがですか?」
「え」
お祈りをしている人々に紛れて、彼にそれを勧めると戸惑ったように彼の動きが止まった。ただでさえ大きな目がさらに大きく見開かれている。彼にとっては慣れないことなのかもしれない。
「祈り、って恥ずかしながらしたことがないんスけど、シロートでもやって平気ッスかね……?」
「ええ、ええ、もちろん! 神さまはどんな方の祈りでも聞き届けてくれますわ!」
佐暁が軽く返して、自分もそれに返す。彼が繰り出す言葉はどこか調子が良くて、彼と会話していると体の中から浄化されているかのようだ。
「それに、お祈りをすることは、ええ、その願いが届くのも届かないのも関わらず、きっと気持ちを落ち着かせることも考えをまとめることにも使えますわ」
へぇ、そうなんスね、と隣に並んだ彼に、手本のように先に祈りを捧げる。教会の中心に佇む十字架を、瞼の裏に映した。隣の彼がどんな願い事をしているのかはわからないけれど、結局自分はいつもと同じ願い事を心の中で呟く。いつまでも幸福でいられますように、と。
お祈りを終えて教会を出ようとする佐暁を呼び止め、教会の奥からタオルを取りに走った。
「そのまま外に出たら、いくら夏とはいえ風邪を引いてしまいますわ。どうぞ、お使いになってください」
「え! そんな悪いッス」
「構いませんわ、こちらは教会への寄付で賄っているものでございます。みなさまにお返しするのが道理というもの。傘はお持ちではないのでございましょう? 生憎、今教会に傘はありませんが、せめてタオルは持って行ってくださいませね」
え、え、いや、悪いッス、と柔らかに拒否する彼に白いタオルをぐいぐい押し付ける。祈りの前に私に行くべきだと思ったのだが、どうしてもそのタイミングがなかった。彼は申し訳なさそうに受け取ると体の水気を軽く拭き取った。
「お店までこれ使って走るッス! イヴさん、ありがとうございました!」
「ええ。今晩、お店の方に伺いますわ。また後ほど」
「はいッス! お待ちしてます!」
雨足が弱まる世界の中に、ニコニコと笑いながら駆け出して行った。一度振り返ってこちらに手を振った彼が可愛らしくて、その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。