狼の言葉に耳を貸すな

ENMASAMASUMMER0803

閻魔庁前。一昨日同様に集った人々は、候補者の姿を眺めていた。自分自身も同様、その有象無象の中に潜りこみ、彼らの話を待った。
 やがてヴォルフィアナ、エンマの順で現れて彼らは彼らの言葉を述べた。
「狼の言葉に耳を貸すな」
 わたくしはエンマさまの言葉を、信じる。



 投票に向かうもの、考えをまとめに別の場所へ向かうもの。その中で一人、人だかりの後方に見知った顔を見つけて声をかける。
「真門さま」
 振り返った彼はこちらを見つけて小さくお辞儀をする。来ていらしたのですね、ええ、などとささやかな言葉を交わしたあと、少しの沈黙の間に彼が口を開いた。
「イヴさんはどう思われましたか」
「あら、わたくしはエンマさまへのご恩は忘れません。ええ、わたくしはこれまでに過ごした、たとえ偽りだとされる数ヶ月でも、その日々を信じますわ」
 淀みなく答えると、彼はいつもの微笑みを顔に浮かべて頷いた。
「ええ、そうですね。ここで過ごして来たこれまでの日々に『嘘』はありませんから」
 巧みにイエスともノーとも答えない彼の返答に、ほんの少しの狡さと彼の心の壁を感じて苦笑した。彼はこちらに開示するつもりがないのだろう、彼自身の考えを。それはそれで構わないのだけれども。
「真門さまはどう思われますか?」
「僕、ですか」
 少し考え込むように言葉を切る彼と、自分の間にささやかな沈黙が伸びる。居心地が悪いとも良いとも感じず、ただ彼の真一文字に結ばれた唇が動くのを待っていた。
「まだ、なんとも。……ただ、今までの平和を壊す権利というのは、何人たりとも持ち得ていないとは思います」
「そうですよね! 真門さま! ええ、ええ! わたくしもそう思いますわ。これまでの幸せは、なにものにも壊されてはいけませんよね」
 念を押すように彼の言葉に畳み掛けると、彼はええ、と小さく頷いた。心の奥底で、何かが小さく、狡い、怪しい、と囁く気がして、少し頭を横に振る。それでは、と互いの予定のためにその場を解散しようと向けた、彼の背に向かって彼を呼び止めた。
「真門さま」
 黒い、男性にしては長い髪が微かに揺れる。また小雨が降り始めていた。
「真門さまは、幸福のために投票してくださると信じておりますわ」
 彼は微笑むだけで何も言ってくれなかった。

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