ヤロ・プペン

ENMASAMASUMMER ワードパレット

「きゃっ、申し訳ありませんわ!」

 円玖の街中。赤い花で彩られた華やかな道を歩いていた時のことだった。ちょうど前から歩いてきた彼と体がぶつかる。少しよろけた彼の腕を慌てて掴み、その顔を覗き込んだ。彼は焦点の合わない瞳を動かさずに、ゆっくり微笑む。

「こちらこそ、すいません。……イヴ? かな?」

 おそらくは匂いと、声で理解したのだろう彼は自分の名を呼んだ。バレていたことにほんの少し驚きつつも、頷いてみせる。

「ええ、ええ、イヴですわ。わたくしの不注意でございました、申し訳ありませんわ」
「いや、いいんだ。イヴこそ怪我はしてないか?」
「ええ、わたくしはなんともありませんわ」

 彼はこちらを直接見ることなく、赤い手袋をはめた指先で頭をすこしかいた。彼がしっかり立ち上がったことを見届けてから、そっと彼の腕から手を離す。 

「これからどこかに?」
「ふふ、いえ、フラフラ散歩中ですわ。クルスさまはいかがお過ごしですの?」
「俺はさっき友人と別れたところだ」

 盲目ゆえの瞳の動きか、焦点が定められない瞳がキョロキョロと動くのを静かに眺めながら、彼の回答をまった。

「あら! でしたらお時間はございますの? ぶつかってしまったお詫びにぜひお茶でもいかがでございましょう」

 彼の表情がすこしだけ驚いたように変わって、そして微笑んだ。これは快諾の合図だろうか、と考えたのも束の間。

「ああ、構わないよ」

 彼からは快い返事がかえってきて、自分も微笑んだ。

「ふふ! オススメのお店があるのですわ! さ、わたくしの腕に掴まってくださいませ」
「いいのか? 杖があるから気にしなくていいのに」
「歩調が合わせやすくなりますわ。わたくしのためと思って、さあ」

 遠慮がちに自分の腕をとった彼からは、少しだけ絵の具の香りがした気がした。

クルスさんとイヴ
ワードパレットNo.3 ヤロ・プペン:声|香り|別れ