きみはアイドル

 漣ジュンが好きだった。
同じバイト先の、同じ歳の、同じ趣味の男の子。私もジュンくんも色んなバイトをしていて、私は性別の割に結構、力が必要になるような仕事もしていたから、男の子のジュンくんとはバイト先が割と被ることがあって必然的に親しくなった。休憩時間に話しているうちに、好きな漫画が同じだとか学校ではテニス部だとか、勉強が苦手、とか。くだらないけれど、仲良くなるには充分な共通点がたくさん出てきて、そんなことをしているうちに私はすっかりジュンくんのことを好きになってしまったのだ。

 ジュンくんはアイドルを目指していて、私は夢を持つ余裕もない貧乏人だった。お金のこともそうだけど、これはとりあえず心の話。
そんな私には夢を持つジュンくんはもう充分すぎるくらいにキラキラ輝いて見えて、テレビに映るどんなアイドルよりも、隣で笑うジュンくんが、私にとってはトップアイドルだった。それを言葉にしてみても薄っぺらい音にしかならなくて、ジュンくんは少し照れたような、困ったような、なんだか微妙な反応だったのでそれ以降は無難に「応援してるね」なんて誰でも言える、もう言われ慣れていそうな言葉だけを口にするようにした。
ジュンくんとシフトが被った日は、家に帰ると弟妹たちにからかわれるほどに分かりやすく毎日、ジュンくんのことを好きになっていって、馬鹿みたいに恋をしていた。それでも、友達でいられるだけで嬉しいのだと誤魔化して、ジュンくんの心の内に踏み込むことを諦めた。

 そうして曖昧な距離を保っている間に、ジュンくんはすっかり手の届かない存在になった。
バイト先でジュンくんと出会うことはなくなって、それでも私は相も変わらず日々バイトに明け暮れているし、将来の夢もまだ分からない。忙殺されそうなほど働いたところで、CDを買う余裕だってないくらいに私の手元からお金は消えていくけれど、CDを買わずともジュンくんの歌声は生活のそこここに降り積もるように横たわっている。街頭ビジョンだったり、ラジオだったり、友達のスマホだったり、目に付く色々なもの全てが漣ジュンを知っていた。
 私よりもずっと、アイドル漣ジュンの輝きを知っていた。


 私、ジュンくんとなら絶対に幸せになれるって知ってるの。ジュンくんとじゃなきゃ幸せになれない。でもね、あなたには私なんかと一緒になって欲しくない。私、世界でいちばん最初に漣ジュンの魅力に気付いた人間になりたかったな。

 なんて、不可能な話をしたところで返ってくるものがあるわけでもないから、もうすっかり使われることのなくなったジュンくんの連絡先を消去する。古臭い二つ折りの携帯電話をパタリと閉じると、思っていたよりもずっと古びていて買い替え時かななんてことを考えた。
これを機にスマートフォンにしよう、中古の型落ちで構わない。たったそれだけのことで、アイドルが手の中で笑ってくれるいい時代になったらしいから。
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原石