醒めないうちにどうぞ(志摩一未)

「好き」

 仕事終わりに訪れた居酒屋でのサシ飲み。熱気と喧騒に満たされた空間で、向かいに座る志摩さんからぽつりと落とされたその一言は、搔き消される、しっかりと耳に届いてしまう。
 焼き鳥の皿に伸ばしかけていた手が止まる。好きって何が。焼き鳥か、お酒か、このお店か。突然何なんだと顔を上げれば、志摩さんと目が合う。

「どうしたんですか、突然」
「んー、愛の告白?」

 だから、何への告白だ。ははっと笑った彼は、上機嫌にジョッキを煽った。だめだ、これは完全に出来上がっている。
 疲れた身体に流し込んだアルコールは回るのが早い。店に入ってから既に一時間は経っているし、そろそろ酔いが回ってもおかしくない頃だった。……酔ってるからと言って、突拍子もない告白をするのはどうかと思うけれど。

「志摩さん、酔ってるでしょう。そろそろやめといた方がいいです」
「俺は酔ってない」
「はいはい、酔っ払いは皆そう言うんですよ」

 不貞腐れる志摩さんを無視して、空になったジョッキを回収する代わりに水を置く。大人しく水に口をつけた志摩さんの顔はやっぱりいつもより赤らんでいた。

「志摩さん」
「ん?」
「酔ってるとはいえ、そういうこと言うのやめた方がいいと思いますよ」
「何で?」
「何でって……」

 返ってきた言葉に、呆れ混じりにため息をつく。顔を上げてじとりと志摩さんを見れは、真剣な表情と視線が合った。

「好きなやつに好きって言うことの、何が悪いんだ?」

 熱っぽい視線が私を射抜く。働かない頭でゆっくり咀嚼して言葉の意味を探れば、行き着く答えはひとつしかないわけで。そのことに気づくと同時に顔に熱が集まっていく。

「はは、顔真っ赤。可愛い」
「っ、」

 そう言って、まるで愛おしいものを見るように目を細めるから。ばくばくと心臓がうるさい。かっとアルコールが回ったように身体が熱くなる。

「それで?お前は、俺のことどう思ってる?」
「私、は……」

 答えなんて分かってる癖に。そんな意味を込めて睨んでも、楽しそうに志摩さんは微笑むだけ。ああもう、こうなったらやけくそだ。
 深く息を吸い込む。周囲の騒めきに掻き消されないように、勢いのままに、あなたに想いを告げるのは。
 全部お酒のせいだから。