微睡みの中で(志摩一未)

 鉛のように重い体を引き摺って、ようやくたどり着いた我が家の玄関。後ろ手に鍵を閉めて、肩にかけていたバックを床に放る。中に入っている水筒が鈍い音を立てたけれど、そんなことに気を配ってられる余裕なんてない。
 霞む目を擦って靴を脱ごうと足元へ視線を落とすと、私のよりひと回り大きい靴が目に入った。きちんと踵が揃えられた、白いソールの黒いスニーカー……一未くんのだ。
 働かない頭で何とか状況を認識したところで、部屋へと続く扉が開く。そこから顔を覗かせたのは愛しい恋人。玄関に立っている私の姿を捉えた一未くんは、おかえりと言って優しく笑った。

「随分遅かったな。残業?」
「うん……」
「眠そうだな。夕飯できてるけど、先に風呂入っちゃうか?」
「一未くん」
「ん?」
「一未くんがいい」

 ぴたりと一未くんの動きが止まる。そんな彼に構うことなく靴を脱ぎ捨てて、衝動のまま抱き着いた。胸いっぱいに息を吸い込む。一未くんから香る、柔軟剤の匂い。
 ぎゅうと回した腕に力を込めれば、一未くんの腕が背中に回った。とん、とん、と規則的に叩かれるリズムに、力が抜けていく。

「お疲れ様。今日もよく頑張ったな」
「ん……」
「毎日頑張ってて偉いじゃん」
「んん……」

 眠気が波のように、寄せては離れを繰り返す。一未くんの温もりと心地よい声が相まって、油断すればこのまま寝てしまいそうだった。

「このままベッド行くか?」
「んー……」
「ったく、仕方ないな……」

 ぼんやりとした頭で曖昧な返事をすれば、次の瞬間、ふわりと身体が浮く。一未くんに抱えられている。そう認識はできるけれど、いよいよ襲ってきた睡魔に抗うことができない。寝室まで来た一未くんは、ゆっくりと私をベッドに降ろした。

「今日はもう寝たほうがいい」
「でも……まだお化粧落としてない……」
「あー……、まあ、それは俺がやっておくから」
「本当……?」
「ああ、だからもう寝ろ」

 そう言って、優しく頬を撫でられる。すっかり甘やかされちゃってるなあ。
 目元に手をかざされれば、暗闇に呆気なく瞼が閉じた。沈んでいく意識の中、目元に落とされる唇の感触。それを最後に、眠りに落ちるのだった。

「おやすみ、いい夢を」