機械の国

 いきなり走り出した黒鋼をサクラは止めようとするが、その前にぶつかった車の運転席に座っていた女性の目の色が変わった。その女性が合図をすると共に何処からか、同じ様なサングラスに同じ様な服装をした女性らが次々と現れたのだ。そんな女性らに殺気を飛ばす彼だったが、それを弾く様な透き通った、凛とした声が響き渡ったのである。しかし、その様子とは一変して笑顔で駆けて行くその声の主は彼を通り過ぎ、サクラの手をぎゅっと握ったのだ。


「見つけましたわ!!」
「え?」
「ヒロインはあなたですわ!」
「え!?」

 そして、意味の分からない一言を言い放ったのだ。困り果てているスーツの女性らはもはや視界に入っていないようである。それは黒鋼にも当てはまる事だった。けれど、この事で一番被害をこうむっているのはサクラである。放心状態の彼を除いてはこの場をやり過ごしてくれる人物は居ない。――と言うか、「ヒロイン」って何だろう。




 今回、旅の一行が滞在しているのはピッフル国と呼ばれている世界で、車が空を飛んでいたり地面を走っていたりと技術が発達している場所らしい。気候も暖かで表立った争いもなく、比較的過ごしやすいのが特徴だ。この国での服装も今までの様な民族衣装らしき物とは違い、個々の好みが出る物となっている。そんな場所に似合わない小狼の表情に気付いたモコナは、彼の眉間の皺を擦ってみた。


「…何か飲み物作って来ますね。モコナ、手伝ってくれる?」
『はーい!』
「アイスティで良いですか?」
「あ、オレレモンつけてー」
「はいはい」

 深刻そうに顔を顰める小狼にレイノとファイも顔を見合わせ、レイノはモコナを連れてその場を後にしたのだ。その後に続く彼女とファイの会話はわざとらしく聞こえ、しかし、自然なものにも聞こえる不思議なものだった。ミッドガルド国の一件で一皮剥けたらしい彼女は酷く清々しかった。




『…ねぇ、レイノ。小狼、また何かあったの?』
「何か悩んでるみたいだね」
『小狼、きゅーってなってた』
「…思い詰めてるのかな。小狼くん、優しいから」

 レイノとモコナはアイスティを作る為にトレーラー内のキッチンで物音を立てていた。モコナも小狼の暗いところに気付いているらしく、何時もの可愛らしい笑顔はなりを潜めている。彼女は彼が暗い理由を理解してるが、だからこそ何も言えないのだ。こんなにも早く「言えない辛さ」を実感するとは思わなかった。


『…小狼、辛いの?』
「んーん、大丈夫だよ。ファイさんがいるからね」
『そっか……そうだね!』

 旅が始まったばかりの頃の小狼はサクラの事ばかりだったように思う。またその頃の彼に戻ってしまうのか、とモコナは案じているのだ。けれど、ファイが居るから大丈夫だとも思っている。理由は分からないが、レイノにとってファイの言葉は不思議と元気が出るものなのだ。――本人は気づいていないだろうけれど、貴方はひどく優しいんですよ。




 ファイと小狼の話が終わった頃を見計らってアイスティを運んだレイノとモコナだったが、予想外にも多数の客人が来たものだから急いでキッチンに戻ったのだった。その証拠として、トレーラーの前には大量の車と多数の客人らが並んでいる。その場所に運ばれて来る何十杯もの飲み物は三つのトレーに分けられていた。


「お待たせー」
『アイスティなの。モコナも手伝ったの』
「まぁ、それは素晴らしいですわ。それにしても、これ程精巧なロボットが作られるなんて。あなた方の国は、とても科学水準が高いんですね」
「えへへー」
「…ファイさん分かってないですよね?」
「…えへへー」
「うちの会社でも是非、作ってみたいですわ」
「会社?」
「改めてご挨拶を。わたくし『ピッフル・プリンセス社』の社長、知世=ダイドウジと申します」
『社長さんだー。一番、偉い人なんだー。すごいねー』
「ひょっとして『ピッフル・プリンセス社』って、あのレースの」

 レイノの言葉にファイは分かっているのか分かっていないのか曖昧な返事をした。笑っておけば何とかなるだろう、と言う意味が分からない精神でも持っているのだろうか。その時の笑顔だけは妙にイラッとする事は記憶に新しい、と彼女は言う。黒髪の少女である知世はモコナの性能に興味を持ったらしく、握手を交わしていた。そして後ろに居る、黒鋼を牽制した女性らは自分のボディーガードだと説明してくれた。
 知世こそが今回のレースの主催者であり、サクラの羽根を賞品にした張本人である。知世はレースの最初から最後までを記録に収めたいらしく、その為のヒロインとしてサクラが選ばれたのだ。




 見事、知世が選ぶ「ヒロイン」となったサクラは自身の「ドラゴンフライ」の運転席に腰を下ろした。そしてエンジンを掛ければ、バルン、と言った元気な音が響き渡る。その後、バックエンジンからは軽快な音が鳴り、エアー感のある火が噴かれる。少しでも空気抵抗を軽くする為のサングラスを掛けてアクセルを踏めば、レイノらが見守る中、サクラは大空へと飛び立つのである。
 しかし、それは一瞬の事だった。機体が傾いたかと思えばそこからはぷすん、と言った気の抜ける様な音が漏れ、それが増えるごとに落ちて行く機体は見る見るうちに地面に近付いて行くのである。そんなサクラに焦るのは小狼のみで、レイノとファイ、黒鋼はただ無言で見守る事しか出来ない。


「サクラちゃん、大丈夫かなぁー」
「コケっぷりもかわいいですわ」
「当日、何かすごい事やらかしそうな気しかしないんだけど」




「あはは。微笑ましいねぇ」

 知世らと別れ、夜の帳が下りる頃のピッフル国には車や高層ビルなどの光が溢れていた。それを浴びるのは一行も例外ではなく、ドラゴンフライの操縦が苦手なサクラの為に小狼がサクラに指導を行っている。それの為にトレーラーの前には数個のスポットライトが置かれているのだ。そして時たま、互いの手が触れ合ったりなどと言う青春じみた事が起こるのだ。――ああ、可愛い。――そんな様子を見つめるレイノとファイの顔には優しげな笑みが浮かんでいた。


「そういえば、今日の黒たんも微笑ましかったー」
「ああ?」
「知世ちゃん、でしたっけ」

 冷蔵庫に入っていた炭酸水とレモンは、レイノにとある物を思い浮かばせた。グラスに炭酸水を注ぎ、そこにはちみつ、レモン果汁を入れる。それらを混ぜる為にマドラーを動かすとカチャカチャ、と言った軽快な音が響く。しっかりと混ざりきったら氷を入れ、余ったレモンをグラスに刺せばはちみつレモンソーダの出来上がりだ。それを持ってリビングに戻れば、ファイが黒鋼に二本目の酒を渡しているところだった。朗らかな雰囲気に包まれていると思われたが、それは彼女が放った一言により打ち破られたのだ。――言わない方が良かったかな、なんてもう遅い。


「でも、結構会うもんだねぇ、姿は同じでも同じじゃない人に。日本国の知世姫もあんな感じだったの? 可愛い子だったねぇ、面白いし」
「…おまえはまだ会ってねぇようだな」
「っ黒鋼さ、――」
「逃げ続けなきゃならねぇ理由と」

 特に核心を突く様な流れにしたい、と言った訳ではなかった。そして、この話題に黒鋼が乗っかって来るとも思っていなかった。旅の序盤から我関せず、と言った態度を取り続けていた彼がファイに干渉する様な言動をするとは考えなかったのである。だからこそ止めようとしたのだが、どうやらそれは遅かったらしい。ファイの今の顔は酷く暗く、笑ってはいるが瞳に光は感じ取れなかった。


「同じ顔でも、同じ奴とは限らねぇけどな」
「…分かるよ。ただ同じ顔をしているだけなのか、それともあの人なのか、オレには分かる」

 レイノの言いたい事が分かったのか後付けの様に言葉を発した黒鋼だったが、それもまた無意味だったらしい。見た事もない様な顔付きをしたファイは、焦点が定まらない瞳で何処かを見つめていた。何も言えなかった。ああ、これがファイの闇なのか。――わたしにはどうする事も出来ないのか。
 しかし、一瞬で何時もの笑みを浮かべたファイは頬杖を付いて黒鋼を見つめている。――ああ、胸糞悪ぃ。――そう思うのは黒鋼だけではない筈だ。そんな、何処か意味深な雰囲気を醸し出すトレーラー内とは一方で、外からは騒がしい声達とエンジン音が近付いて来ている。それが止んだと思ったが、次の瞬間には驚く程の打撃音がトレーラー内に響き渡ったのである。


「大丈夫ー?」
「ふ、ふぁい……」

 地震でも起こった様な揺れに対してレイノは持っていたグラスに入っている飲料を零さない様に努力したが、その代わりに身体の安定を保てなくなっていたのだ。それに気付いたファイは彼女の身体を抱き留めた。それにより、二人の距離は物理的に酷く近付く事となる。――ああ、恥ずかしい。


「ごめんなさい〜!!」
「サクラちゃん、豪快だなぁ」
「すっごいへこんでる……」
「…んとに大丈夫なのかよ」

 トレーラーの外を見れば一部分がへこんでおり、そこからは黒煙が舞い上がっていた。後ろでは小狼が焦っており、反対にモコナは面白がっている。そんな中、レイノはへこんだそれを興味深そうに見つめていた。何処かズレている、そう思うのは仕方のない事である。こんな調子で明日を迎えても大丈夫なのだろうか。黒鋼の悩みは尽きそうにない。




 翌日はドラゴンフライレースが行われる日となっていた。それの会場には出場者だけではなく、観客も大勢訪れている。空には紙吹雪や白煙が舞い、メインステージは一種のパレードの様になっていた。それらの周りに、黒鋼とサクラは居た。レイノらは受付に足を運んでいたらしく、小狼が持っている紙にはレースの行程などが説明されているようだ。


「なんか、レースって2回あるみたいですよ」
「ああ?」
「予選と本戦の2回ですわ。まず、今日行われるのが予選。その予選に勝ち残った方が本戦に進む事が出来ます」

 一行が居るそんな場所に、知世とボディーガードらが姿を現した。知世はレースについて話していたかと思えば、ふわり、と腰近くまで伸ばした艶やかな黒髪を風に靡かせる。――この子可愛いんだけどねぇ、性格のせいで色々と損してそうな気がするんだよね。わたしだけかな。――そんな事を思われているとは知らないであろう知世は、「というわけで」と言葉を続けて何処からかビデオカメラを取り出した。


「さっそく撮らせて頂きますわー!」

 ――いや本当、顔面詐欺だとは思う。




 トランペットの音が合図だったようにドラゴンフライレースの開始のアナウンスが会場中に響き渡る。今回のレースは賞品のおかげか、参加者も過去最高らしい。しかし、このレースで20位以内に入らなければ本戦には進めないのだ。そんなシビアなこの会場内には「ドラゴンフライ」のエンジン音とうるさすぎる歓声でまみれていた。


『なんか見た事ある顔いっぱいだね』
「え、ええ」
「龍王…じゃない」
「なんか、この国は別の世界で会った人に妙に会うなぁ」

 周りを見渡せば高麗国の春香、桜花国の龍王、ミッドガルド国のサクラなど、知っている顔の人物が沢山居る。しかし、違うのだ。「異世界の別人格」と言う情報を忘れていれば、思わず声を掛けてしまっていただろう。今見た中でも13人は居ると言う事実に、一行は思わず瞬きを繰り返した。


『お待たせしました! 皆様! 時間です!!』

 そんな不思議な現状に少なからず戸惑いを覚えながら、再び流れたアナウンスに耳を傾けた。すると、大きな音を響かせながらチェッカーフラッグを持った知世が姿を現したのである。それが振られる時、いよいよ「ドラゴンフライレース」がスタートされるのだ。まずは第一歩、予選通過を目指すのみである。


『さあ! 豪華賞品を手に入れるのは一体、誰なのか!? ドラゴンフライ達、綺麗に飛び立ちま…』
「きゃー!」

 スタートラインから一斉に風を切る音が響き渡る。そんな中、一機だけがガスの抜ける音を響かせており、それをレースの実況者が発見した。サクラである。機体のバランスを崩したようで、平衡感覚が可笑しくなってしまった様に見える。一直線に並ぶドラゴンフライから漏れ出す彼女の機体はある意味目立っていた。


『さっそく一機失格かー!?』
「姫!」
「あらら」
「焦ってるサクラちゃんも可愛いねぇ」
「ダメダメじゃねーか! のっけからかよ」

 焦りを見せるサクラに気付いた小狼はスピードを緩め、隣に並んでやる。彼女はそれに気付いているのだろうか。スタート早々で脱落寸前な彼女を見て、レイノは逆に見ている側が引くくらいにもサクラを心配していて、それに対して黒鋼は溜め息を吐いては突っ込んでいた。それも含めて、ファイは苦笑を浮かべているのだろう。だが、ここで落ちてもらっては困るのだ。この予選を通過しなければ、その先の本当の舞台に立ても出来ないのだから。


『きゃー! きゃー!』
「ゆっくりペダルを踏んで! そのままハンドルを上に!」
「は…はい!」
『いや! 持ち直しましたー!!』

 サクラが幾らアクセルペダルを踏んでも機体が安定して飛ぶ事はない。彼女の頭上に乗っているモコナは、逆にこの状況を楽しんでいる様に見えるのは気のせいだろうか。だが、そんな彼女の傍に機体を寄せた小狼はアドバイスを叫んだ。そんな二人を見たレイノとファイ、黒鋼の三人はサクラを小狼に任せて先を急いだのである。




 黒鋼の機体のサイドミラーには、よたよた、と蛇行走行をするサクラの機体が映っている。それが気になるのか、彼は横目で頻繁にそれを見ていた。もちろん、今のスピードを維持し続ける事も忘れずに。そんな彼の両隣にレイノとファイの機体が並ぶ。しかし、極力関わりたくないのか、黒鋼はスピードを速めた。


「待ってよーう」
「照れ隠しですかー?」
「これは勝負だろうが。無駄口たたくな」
「それもそうだねー。んじゃ」

 しかし、それにたやすく追い付いて来る辺りに、また腹が立つのだ。黒鋼の言葉に若干本気を出したのか、ファイはエンジンを震わせてスピードを上げた。そして、その一瞬の間にファイの機体は小さくなって行ってしまったのだ。それを視界に入れた黒鋼は「最初から真面目にやれ」と、小言を呟いたのである。


「で、お前は行かねーのか」
「行きますよー。その前に一言だけ。――後ろは任せましたよ、お父さん」
「誰が『お父さん』だゴルァ!」

 前の列に繋がって行くファイに続くと思われたレイノだが、一向にスピードを速める様子はない。何処か真剣な雰囲気を漂わせる彼女だったが、最後の一言に黒鋼がぶち切れた。当たり前である。そんな中、雲の中から現れたのは「ドラゴンフライレース」上位入賞常連組だ。そして次にそれらに混ざろうとする様にスピードを速める機体が三機、現れたのだ。


『今回初エントリーの三人! 『ダーツ号』と『ツバメ号』と『黒たん号』だー!!』
「なんつう名前つけてやがんだてめぇら!!」
「可愛い名前のほうがいいかなーって。オレのほうの名前はモコナが付けてくれたんだー」
「顔に似合わず可愛いですねぇ羨ましいです」
「小娘てめぇ思ってねーだろ棒読み感丸出しなんだよ!!」

 現れた三機と言うのは、レイノとファイ、黒鋼が乗っている機体だった。先頭集団に追い付いたのは大変よろしい。しかし、その機体の名前が問題なのだ。こんなところでもただひたすらに弄られる黒鋼はある意味天性ではないのだろうか。ちなみにレイノの機体の名前は、「ダツ」と言われる頭部が尖っている魚が関係しているらしい。


 抜かしたり抜かされたりを繰り返していると、急に風が荒れ始めたのだ。突風である。ドラゴンフライはかなり軽い為、風の影響を受けやすいらしい。現に、いくつもの機体が脱落している。そんな中、レイノら三人と小狼は難なくそれをクリアして行った。戦いに身を置いていた事もある為か、反射神経は素晴らしい。


「「ひゅー」さすが小狼君。いつもみたいに「まだまだ」とか言わないの?」
「ふん」
「格好良いですね、黒鋼さんもあれくらいやれば良いのに。脳震盪起こしますか」
「シバくぞ」
「サクラちゃんは?」

 残るはサクラのみである。先程の蛇行走行を見ている辺り、難なくクリア出来るとは到底思えない。しかし、それは杞憂に終わったようだ。彼女はまるで風の通り道が分かっているように、まるでそう進むのが当たり前だと言う様に綺麗なターンを魅せたのだ。先程の蛇行走行は何だったのだろうか。


『これはすごいー! 初エントリーの『ウィング・エッグ号』見事なターンです!!』
『すごいよサクラ!!』
「サクラちゃんかっこいー」
「何あのターン惚れそう」
「声のトーンを上げろ」

 素晴らしいターンをし終えた後、一息吐いて興奮しきっているモコナを嬉しそうに受け止め、小狼の方に向かって笑顔でサインを出したのだ。そんなサクラの様子に安堵の息を吐いた黒鋼だったが、隣で走るレイノの声のトーンが洒落にならないほど本気だったので、一応突っ込んでおく。――こいつはいちいちボケねーと気が済まねぇのか。


「素晴らしいですわー!! これは更に盛り上げねばー!!」
『おお! 知世社長にスポットが!?』

 そんなサクラの様子は、彼女を溺愛している知世のビデオカメラによって全て記録されていた。テンションが上がりきってしまった知世はビデオカメラをボディーガードに持たせ、ある物を翳した。それは充電電池基い、サクラの羽根である。それからは光が射出されており、それはある塔を指し示していた。それが予選のゴール地点となるらしい。


『さあ! あの電池は、一体、誰の手にー!?』
「あれが羽根なら勝つ必要ねぇんじゃねぇのか」
「んー?」
「どう言う事ですか?」
「奪っちまってあの白まんじゅうの口からまた別の世界に行きゃ済む事だろ」
「黒様、悪いひとだー」
「ここまで来るといっそすがすがしいですよねぇ」
「てめぇらには言われたかねぇよ!」
「でも、あれは捕ってもしょうがないかもー」

 知世が充電電池を世間に見せた事によってより一層盛り上がりが増したドラゴンフライレースも佳境を過ぎた。それに参加している一行の一人である黒鋼は、真顔でまるで泥棒の様な事を言い放ったのだ。この場に後方の二人が居たら二人して焦っている事だろう。それにしても、黒鋼が考えそうな事である。
 そして、そんな黒鋼の発言にレイノとファイが反応しない訳がないのだ。それにしても、良くこんなにも黒鋼を煽る言葉が出て来るものだ。最近は彼女の煽るレベルが上がって来ている。ファイに毒されたのだろうか。そんな二人にも腹黒さと言う要素があるからか、黒鋼の突っ込みは至極当然の様に思えてくる。


『それが、この町の殆どの電力をまかなえるという噂の充電電池!!』
「――の、模造品ですわ」
『モコナもめきょってなってないし、違うよー』
「ちなみにわたしも感じてません」
「それを先に言え!」
「皆さんが競って下さっている優勝賞品、何かあっては大変ですもの。本物は我がピッフル・プリンセス社が厳重に保管していますわ」
『さ、さすが巨大会社を率いる若社長!!』

 ここぞとばかりに盛り上げを見せるアナウンサーだが、知世の笑顔のカミングアウトに芸人顔負けのコケ芸を披露してみせたのだ。小狼も驚いていた事だし、おそらく黒鋼と同じ事でも考えていたのだろう。顔に似合わず、腹黒い事を考える少年である。そんな黒鋼と小狼の考えを見越すとは、さすがである。
 知世とボディーガードらが乗っている「ピッフルGo」の上空に浮くスポットライトからは「まかせて安心! 警備はピッフル・ガードへ」と書かれた垂幕が飾られている。変に達筆なのが目に付くのは何故だろうか。


「やりますね、知世ちゃん。悪さは出来ないって事かぁ」
「まずは予選突破だー」
『さらにスピードをあげる先頭集団! それぞれ見事に『ドラゴンフライ』を操っています! って、いきなり後ろからぶっちぎりだー! 強引に飛び出したのは『黒たん号』ー!!』
「だからその名前は呼ぶな!!」

 それを見た先頭集団のレイノらはさっさとゴールした方が得策だと一瞬にして悟ったのだ。静かに舌打ちをする黒鋼の様子から、侮れないなあ、と感じたレイノなのである。前方に機体などがあるのにも関わらず無理矢理アクセルを全開にした黒鋼は、色んな意味で目立っていた。その後にファイ、レイノと言った順番で続くが、レイノの目の前を細い光線が横切ったのだ。少しでも前に出ていれば、胸元に赤の一文字が刻まれていただろう。その光線は誰にも当たる事なく、向こう側の空へと消えて行った。


(っ…今の、光線…?)
「レイノちゃん? 大丈夫?」
「…平気、です。行きましょう」

 先程の光線には、ファイも気付いていない。――何だったのだろうか。それは分からない。しかし、今はそれで良いのかも知れない。――そう心を落ち着けて、レイノはファイの言葉に素直に従う事にした。そして、黒鋼が無意識に作ってくれていた道をファイと共に進んで行ったのである。次にアナウンサーが紹介するのは中盤集団である。そこから猛スピードで繰り上がって来るのは、小狼だった。


『『モコナ号』だー!!』
「なんだそりゃー!」
『あのひらひらがモコナのお耳に似てるんだもーん』
「ほんとね」

 小狼の乗っている機体は「モコナ号」と言うらしく、それに対しては黒鋼が全力で突っ込んでいた。それを見ているレイノとファイが笑う光景と言うのはもうお決まりの流れだろう。後方グループのサクラは気の緩んだ自分を引き締めてアクセルを踏む。そんなサクラの姿を撮り続ける知世はとても幸せそうである。
 同時刻、先頭集団の機体らが次々とゴールして行った。トップは黒鋼、その次にレイノ、ファイと続いて行った様子である。予選通過者が残り10人になった頃、小狼の回りでは軽い破裂音が次々と鳴り響いていた。機体の故障だろうか。しかし、煙で曇る視界を掻い潜った小狼は、予選11位と言う好調な成績を残したのである。


「煙が!」
『見えないー』
『すごい煙だ!! 巻き込まれると方向を見失うぞー!』
(落ちついて! 慌てちゃだめ)

 小狼がゴールした事によって本戦に出れる人数は自動的に9人となる。サクラは未だ煙の中に捕まっており、ゴールの位置が何処か把握出来ていない。回りではエンジン音が聞こえているが、それらが何時ゴール地点の塔へ向かって行くかは分からないのだ。だが、彼女は決して取り乱したりはしなかった。風が流れてくる方向にゴールがあると信じているからだ。視界の端にちらちら映るきらきらとした物体が目障りだが、そんな物を気にしている暇はない。彼女がゴールへ向かっている間に二人ゴールしてしまい、隣には競い合う機体があった。カメラ判定から、20位は「ウィング・エッグ号」となったのである。一行は全員、予選を通過する事が出来たのだ。


『やったね、サクラ!!』
「ありがと、モコちゃん!!」
「サクラちゃんもさっすがー」
「やりましたね、小狼くん」
「…はい」
「これで予選とやらは通ったな」
「5人ともね」
「後は決勝ですね」

 本戦に進めると言う喜びからか、サクラとモコナは嬉しそうな笑顔を浮かべながら思わずお互いを抱き締めた。そんな彼女とモコナの姿を見て、黒鋼はほっと一息付いていた。何だかんだ言って、一番心配性なのは彼らしい。レイノは小狼の側に立ち寄り、小狼の顔を覗き込んで笑みを浮かべた。レイノのそれを見た小狼も安堵の息を吐いて、嬉しそうに頬を緩めたのだ。
 レース後の盛り上がりの中、サクラと競い合った相手の女子は互いに握手を交わしていた。そんな様子にレンズを向けていた知世のビデオカメラの画面には嬉しそうに笑うサクラとモコナが居た。しかし、そんなサクラとモコナを見て浮かべた笑顔とは一変して、知世は煙の中の光の粉に視線を向け、採取、成分分析を指示したのである。


「レースに不正があったかもしれませんわ」