悔しさを隠して

「あの球体の中でキラキラしてるのかー」
『さあ! あのボールの中に煌めいているのが、第一チェック地点のバッジです!』
「どうやって取れってんだ!」
「穴とかあったら良いんですけどねぇ」
「とりあえず行ってみるかー」

 目の前の理解不能の物体に動きを止められても、後ろから迫り来る後続機に前進せざるを得なくなってしまうのだ。そんな事実に苛立ちながらも、レイノらは球体に近付いて行った。すると、それは急に音を発し、崩れたのだ。周りの支えをなくしたバッジ達は、風に流される他、術はない訳で。金色で埋め尽くされた視界に、僅かながらもレイノは眉を顰めていた。


「あっぶなかったー」
「ぼーっとしてやがるからだ」
「それにしてもあの仕組み、すごいですね。さすが知世ちゃん」
「取り損ねたヤツはそのままか」
「ってことはー、後になる程バッジの数が減って不利ってことかもー」

 それぞれ無事にバッジを手にしたレイノらは球体から離れて行った。機体が離れて行くと、バッジは再び球体に包まれて行き、支え切れなかったバッジはそのまま地面へと落ちて行く。その予測は後続機の操縦を上から見せてもらったので確証済みである。獲得したバッジを二の腕に巻いたバンドに貼り付け、彼女はちらちら、と後ろを見ながら機体を前進させたのだ。


「わたし達は最初の方だったから大丈夫だったけど、サクラちゃんとか大丈夫かな。もし取れなかったら…」
「大丈夫だよ。信じてあげようよー、サクラちゃんのこと。まぁ『神の愛娘』って言われてるくらいだし、大丈夫だとは思うけどねー」
「…そうですね」

 次々と人を落として行く方式のレースに知世の意図が何となく分かって来る。おそらく不正対策なのだろう。そして、両隣の二人はその事を理解している。――少しくらい言ってくれても良いのに。――そう心の中で小言を言いながらコースを進んで行くと、急に大きなアナウンスが耳に入った。先程の球体が急に破裂したらしい。小狼もバッジを手にし、ファイも笑みを崩していないようだし大丈夫だとは思うが、やはりサクラは心配だ。続行を決断した知世の判断は、果たして正しいのだろうか。




『サクラ、あれ!』
「あれは…!」
『引っかかっていたバッジまた落ちたー! まだ、三機残っていますがー!?』
「あれがバッジなの!?」
『あと2個しかないよー!』

 手の甲に付けられたコンパスが軽快な音を鳴らす。それに引かれて前方を見れば、先ほど破裂した球体に危なげながらも支えられているバッジらがあった。だが、走りながらの行動によるため、その衝撃により大半のバッジは重力に逆らわずに地面へと近付いている。これを取らなければ、サクラは前へ進めないのだ。


『バッジ残り一個ー!』

 アナウンサーの必死な声に思わず体を反応させたサクラは一瞬だけ後ろに目をやった。後ろには一機、迫って来るそれがあった。――ここは譲っちゃだめだ、取らなければいけない。――そう思ったサクラはアクセルを踏み、残っている唯一のバッジに手を伸ばした。だが、それは運悪くも自身の指で弾かれる。思わず漏れてしまった短い声は空気中に馴染んで行く。


「落ちた!」
『『ウィング・エッグ号』、ここまでかー!?』
(あきらめちゃだめ!)

 落ちて行ってしまった無機質なバッジはサクラの手からいとも容易く離れて行く。――終わりたくない。せっかく皆と練習したんだもん、勝ちたいよ。自分で決めたの、頑張るって。前で小狼くんが待ってる。貴方の隣にいたい、追いつきたいの。――そんなサクラの気持ちが操縦に表れたのか、サクラの機体は地面へと突き進んで行った。やっと届いたと思われたが、バッジはサクラの手には届かず、サクラの指によって弾かれてしまった。そのまま地面に激突すると思われたが、モコナが息を吸い込むと、サクラが追い求めていたバッジはモコナの口の中に入ってしまった。


「――モコちゃん!」
『はい、バッジ! サクラ、あがって! あがって!! 地面にぶつかっちゃう』
「う…うん!」

 吸い込んだバッジを、モコナは笑顔でサクラの腕に付いているバンドに貼り付けた。悪である。これは良いのだろうか。反則じゃなかろうか。けれど、やってしまった事は仕方がない。そう結論付けた彼女はハンドルを上に持ち上げたのである。機体の後ろから出る気体の軌道を見るからに、地面すれすれである。あの一瞬ハンドルの切り替えが遅ければ、彼女のそれは地面と擦れて故障していただろう。


「あ、ありがとう、モコちゃん」
『モコナの秘密技、超吸引力(弱)が役に立ったね』
「い、いいのかな」
『うふふ、ナイショナイショ』
『という事で、バッジがなくなってしまった為、20位は失格となります!』

 一人で解決できなかった事への罪悪感は少なからずあるが、結果オーライと言う奴だろう。これでひとまずは安心だ。二の腕に増えたバッジを少し擦ると、僅かに質量を感じる。これまでの羽根集めは周りの人に任せてばかりだった。だからこの高揚感はきっと嬉しい、のかも知れない。

 ――これでまた一歩、貴方に近付ける。




 視点が第二チェック地点に変われば、見えて来たのは先頭集団に居るレイノらの機体たちだった。一位は「ダーツ号」、「ツバメ号」と変わらなかったが、後ろから迫って来た「イエロータイガー号」と「スノーホワイト号」の加速により順位が入れ替わった。それに対して無言で加速して行った黒鋼はやはり負けず嫌いなのだろう。


「やっぱり負けず嫌いだー」
「見てて本当楽しいですよねぇ……さて、ファイさん、行きましょっか」
「…レイノちゃんってば、最近本当に黒さまに似て来たよねぇ」

 負けず嫌いな黒鋼に触発されるレイノもレイノで、少しだけ妬けるけれども。そんな彼女に思わず苦笑を浮かべたファイだったが、再び鳴り響くコンパスの音に僅かに眉を吊り上げた。それぞれが各々の気持ちを抱きながら辿り着いたのは、ドラゴンチューブと呼ばれる場所だった。


『このリングを無事通過するとバッジが出現します! しかし!! このチューブは動きます! 要注意だー!』
「めんどくせー!!!」

 アナウンサーの第二チェック地点の説明と並行して、それぞれの機体らがドラゴンチューブの中に入って行く。それと同時にチューブがランダムに動き出したのだ。黒鋼が苦手そうなコースである。現に彼は至極嫌そうに顔を歪め、思わず叫んでしまっていた。チューブの太さはドラゴンフライ一機分程度なので、ここでは順位が大幅に入れ替わる事は無さそうである。リングを通過した上位2名の機体にバッジが貼り付けられる。バッジは特殊な液体にまみれていた。


「うねうねうぜーんだよ!!」
「でも、スピードそんなに速くないから、何とかなる…」

 チューブ内で機体を進める黒鋼は、苛立った声を荒らげていた。その後ろに居るレイノはランダムに動くチューブを予測出来ない為、彼をおちょくる事も出来ず、ただただ苦笑を浮かべていた。それに便乗する様に彼を宥めるファイだったが、いきなりチューブの動きが過激になったのだ。


「何!?」
「ファイさん!」

 間一髪で彼女は出て来れたが、ファイやその後に続く後続機は思い切り水に浸かってしまっている。チューブの素材をクッションにしていた事が唯一の救いだろう。水まみれになりながらも、ファイは「でも」と言葉を続けながら再びエンジンを鳴らしてみる。けれど、水中でくぐもった音がするだけで動く気配は無い。


「ダメかもー。動かないー」
『ああー!! 『ツバメ号』リタイアー!! 『デウカリオン1号・2号』! 『ウィザード号』もリタイア!』
「ファイさん!」

 腕で大きくばつ印を作ったファイの名を呼ぶレイノに、出来るだけ安心させる様に微笑んで進む事を促した。――悲しそうに目を細めるのと黒さまがレイノちゃんを呼ぶのは同時に起こった事で、少し迷ってたみたいだけど、少し微笑んでレイノちゃんは行ってくれた。今回は黒さまに感謝、かなぁ。最後まで隣にいれないのはちょっと悔しいけど。死ぬ訳じゃないんだし、ね。近くにいたから、もあったんだろうけどきみが一番最初に異変に気付いたこと、少しは自惚れても良いのかな。