癒しの力
「炎を操る巧断か。俺は水でそっちは炎。おもしれぇ」
対立し合う、炎と水。前者にとって後者は弱点だが、その炎の様な熱い心が小狼をより強くする。そんな彼を見下ろすゴーグルの男は面白い、と言いたげな笑みを浮かべながら水の巧断を操り、水の塊を小狼にぶつけた。だが、それは小狼らに掛かる事は無く、手を広げた小狼の意志と炎の巧断によって防がれたのである。
「俺は浅黄笙悟だ。おまえは?」
「…小狼」
「――おまえ、気にいった」
煙が立ち込める中、笙悟は名を問い掛けた。それに対して一切視線を逸らさない小狼には、よほどの決意が見える。周りには煙が立ち込めており、二人の様子をレイノらはあまり見れないでいた。しかし、ゆっくりと煙が晴れてくると彼女らの視界も切り開かれ、そこには決戦の火蓋が切って落とされるのを今や今やと待ち望んでいる光景が広がっていた。――ピクリ、とざわめく気持ちは気のせいなのだろうか。
「笙悟! 警察だ!!」
「今からいいトコだったのによ。――ヤローども! 散れ!!」
『FOWOOO!!』
「次、会った時が楽しみだぜ!」
周囲に居た一人の男の一声に、笙悟は長い溜め息を吐いては面白くなさそうに顔を歪めた。そして、笙悟と仲間らは独特な掛け声を掛けながら建物を踏み潰し、この場を去って行ったのだ。もちろん壊した物を残して、である。――喧騒が過ぎ去ったそこでゆっくりと歩を進めれば、そこかしこからジャリ、と言った音が聞こえて来る。それの原因は今は居ないゴーグルの集団が壊して行ったそれらである。嫌そうな顔をするレイノの一方では、先程まで獣を象っていたものは炎の塊となり、それは小狼の体内に吸い込まれる様に消えたのだ。
「…おれの中に……入った?」
「さっきのは小狼くんが出したんですか?」
「今のも巧断か?」
「良く分からないんです。でも、急に熱くなって…」
レイノらと合流した小狼は、先程起こった出来事を彼女らに知らせていた。しかし、唐突に守った青年らを思い出し、勢い良く振り返ったのだ。その青年らは学生服を着ている青年と中国服を着ている、顔のそっくりなそれである。前者は涙目になりながらこくこく、と何度も頷いており、どうやら怪我は無かったようだ。後者にも視線を向けた小狼だったが、その青年は一礼してから風の様に消えてしまったのだ。
「消えた!?」
「あー、あの子も巧断なんだー」
「なんでもアリだな」
その様子にファイは特に驚いた様子もなく、なるほど、と言う様に手を叩く。驚いていたのは黒鋼と小狼だけだったらしい。小狼の巧断の様な獣を象ったものも居れば、目の前の青年のそれの様な人間を象ったものもあり、見た目は様々であるようだ。そんな中、レイノは手の平に黄緑色の光の球を浮かべており、その光が広がる度に周りの崩れた建物らは修復されて行く。ファイの呼び掛ける声にも反応を示さず、彼女は気持ち良さげに目を伏せていた。それが終わってからもう一度声を掛けようとするが、彼女の笑顔を見てしまえば何も言えなくなってしまったのである。
「そういえば、うちの巧断らしきものはどこに行ったんでしょうね」
「モコナ!」
「あー。大方、その辺で踏みつぶされてんじゃねぇのか? まんじゅうみたいによ」
「いやー。違うみたいだよー。ほら」
『モコナ、モテモテ!』
モコナの存在がない事に気付き、小狼は焦って辺りを見渡すが何処にも居ない。煙の事があってか、周りが見えづらくなっているのである。「めんどくせー」と言いながら、頭を掻きつつ今にも下宿屋に帰りそうな勢いの黒鋼を遮り、ファイが指差す先にはモコナが居た。しかし、その周りには女の子らが集まり、それの手触りを楽しんでいたのだ。
「モコナはどこにいたのー?」
『黒鋼の上にいた。そしたら落とされた』
「だめじゃないですか。保護者(黒鋼)さん」
「お前何と書いてそう読んだ?」
『そう! モコナさっき、こんな風に、なってたのにー!』
「さくらの羽根が近くにあるのか!?」
周りに居た女の子らと別れると、モコナは小狼の頭上に座り込んだ。どうやらそこが落ち着くらしい。そんなそれに、密かに起こっていた事故に目を光らせたレイノはにやにやとした意地の悪い笑みを浮かべながら横目で黒鋼を見上げた。素晴らしいネーミングセンスである。そうはしゃぐ二人の一方で、黒鋼の肩から落ちたその時、モコナの目は見開かれていたらしい。
『さっきはあった。でも、今はもう感じない』
「誰が持ってたか分かったか!?」
『分からなかった』
「わたしも、……何と言うか、何かに覆われてるようで感じ取りにくくて」
「何かに…?」
「うーん。さっき、ここにいた誰かって条件だとちょっと難しいなぁ。多すぎるし」
「…でも近くの誰かが持ってるって分かっただけでも、良かったです。また何か分かったら教えてくれますか?」
『おう! モコナ、頑張る!』
「わたしもすぐ知らせるようにしますね」
「有り難う御座います」
レイノとモコナの否定の言葉に、小狼は残念そうに眉を下げて瞳を揺らがせた。しかし、小狼は気をめげずに笑顔を浮かべ、それを目の前に居る仲間に向けたのだ。そんな彼を見て彼の頭を優しく撫でるレイノはゆるり、と頬を緩ませる。そんな光景を、ファイは微笑ましげに見つめていた。――そんなところに深く頭を下げるのは先程、小狼が助けた青年である。
「あの、あの! さっきは本当にありがとうございました! 僕、斉藤正義といいます。お、お礼を何かさせて下さい!」
「いや、おれは何もしてないし。ここを直してくれたのはレイノさんですから」
「え、いや、わたしもいまいち良く分かってなくて…」
「でも、でも!」
『お昼ゴハン食べたい! おいしいとこで!!』
「「え?」」
名は正義と言う、と教えてくれた。そんな彼と小狼との会話でレイノの名が出て来た事によって先程の緩やかな笑みはなりを潜め、その代わりに現れたのは苦笑だった。そんな謙虚な態度の二人に代わって声をあげて提案するモコナに、二人は咄嗟に声をあげたのである。
「これって…」
「僕、ここのお好み焼きが一番好きだから!」
「「おこのみやき」っていうんだ、これー」
「えっ? お好み焼きは阪神共和国の主食だし知らないってことは…」
場所は変わり、一行は阪神共和国32番街お好み焼き屋「風月」へと歩を進めた。鉄板の上で焼かれるのは、色々な具材が入り混じった円形の物である。正義は知らない人間と食事と言う事で緊張してるのか、どきどきと胸を高鳴らせていた。そんな隣で、小狼は初めて見た食べ物に興味深々で驚きの表情を浮かべている。ファイとレイノは何時もと変わらず、にこにこと笑っているし、黒鋼はよほど珍しいのか、じーっと小狼以上にそれを見つめていたのである。
「あ。外国から来たんですか?」
「んー、外といえば外かなぁ」
「いつも、あの人達はあそこで暴れたりするんですか? 帽子をかぶった人達と」
「あれは、ナワバリ争いなんです。チームを組んで、自分達の巧断の強さを競ってるんです」
「で、強いほうが場所の権利を得る。と」
「乱暴ですねえ」
正義からの問い掛けに曖昧な答えしか出せないファイだったが、この場合では仕方のない事だろう。――異世界から来たなどど言う非現実的な事を、誰が信じるのだろうか。その後に続く正義の話に、レイノは頬杖をつきながら眉を顰めた。と言うか、今のご時世にナワバリ争いとはあまり聞かないのだが。
「でも、あんな人が多い場所で戦ったら、他の人に迷惑が…」
「そうだねぇ。現に正義君、危なかったもんねぇ」
「あれは僕がどんくさいからです! あの…悪いチームもあるんですけど、いいチームもあるんです! 自分のナワバリで不良とか暴れないように見回ってくれたり、悪いことするヤツがいたらやっつけてくれたり」
「自警団みたいなものなんですね」
「さっきのチームはどうなんですか?」
「帽子かぶってたほうは悪いヤツらなんです! でも、あのゴーグルかけてたほうは違うんです! 他のチームとのバトルの時、ちょっと建物壊れたりするんで大人のひとは怒るけど、それ以外の悪いことは絶対しないし、すごくカッコいいんです! 特に、あのリーダーの笙悟さんの巧断は特級で、強くて大きくてみんな憧れてて!」
正義の話は先に進むほど熱が篭って行き、やはりそれは尊敬するが故なのだろう、と思う。彼の話曰く、笙悟のグループは私設軍隊と言うものだと言う。――だが、建物を壊すのはいかがなものか。けれど、そうしてでも貫く強さと言うものに憧れ、着いて行く者達が居るのだろう。そう思うと、目の前の青年の気持ちも分かる様な気がした。
「す、すみません!」
「憧れのひとなんだねぇー」
「は、はい! でも小狼君とレイノさんにも憧れます」
「え?」
「わたし?」
「特級の巧断が憑いてるなんて、すごいことだから」
「それ、何なんですか? 特級って」
勢い余って立ち上がってしまった正義は我に返り、かあっと顔を真っ赤にしながらすとん、とゆっくり、椅子に座った。ファイは頬杖をつきながら呟いては、ふむ、と頷く。――正義曰く、特級と言うのは巧断の等級の事らしい。四級が一番下で、三級、二級、一級と上がって行き、一番上が特級と決められているのだ。巧断の等級付け制度は遥か昔に国により廃止されているが、現在も一般人は使っているとの事である。
「じゃあ、やっぱりあのリーダーの巧断って凄い強いんですね」
「はい」
「小狼君とレイノさんもそうです。強い巧断、特に特級の巧断は本当に心が強いひとにしか憑かないんです。巧断は自分の心で操るもの。強い巧断を自由自在に操れるのは強い証拠だから…憧れます。僕のは…一番下の四級だから」
「正義君…」
悔しそうに目を固く瞑り、残念そうに正義は呟いた。ただひたすらに強さを求める彼の姿は、少し前の自身にそっくりだった。――何を捨てても、何を犠牲にしてもそれすらも強さに変えて行く。そんな人間だったから。けれど、客観的に見てどうだろう。ひどく惨めだと、顔を歪める。こくり、と水で喉を潤しては長く伸びた茶髪の一束を耳に掛け、揺らがる毛先を眺めた。あの子を踏襲するように伸ばした髪だけれど、…くるしい、ばかりだけれど。
「でも一体いつ小狼君に巧断が憑いたんだろうねぇ」
「そういえば。昨日の夜、夢を見たんです」
「待ったー!!」
真剣な話をしている横では黒鋼がヘラでお好み焼きの裏を見ようと、ひっくり返そうとしていた。そんなところにいきなり聞こえて来た、小狼には聞き慣れた叫び声に一行と正義は驚き、黒鋼が持っていたヘラはスカー、と変な方向に掠っている。――出てきたのは黒いTシャツに黒いエプロン、黒いバンダナを巻いた男二人だった。
「王様!? と、神官様?!」
「次元の魔女」さん。貴女の言っていた事って、これですか。